小国を襲う理由
《王城・庭園》
「助けてくれ、ファナ」
「諦めろ」
「助けてくれ、リドラ」
「24か。まぁ、適齢期だな」
「馬鹿野郎、スズカゼ」
「何で私にだけ助け求めないんですかぁああああ!!!」
「誰のせいだと思ってんだ馬鹿野郎がァアア!!」
顔を両手で押さえながら、ゼルは叫ぶ。
現在、彼が置かれている状況はとんでもない物だ。
そして、そのとんでもない状況が一人の少女の手によって作り出された物で。
まさか騎士の正体が知られていて、彼が逃げられない状況にある[騎士物語]など、何と言って良い物か。
「ジェイドは未だ捕らえた盗賊の尋問か」
「私が獣人風情の事など知るか」
「これは失言だったな。で、どうなっている」
「…………盗賊は口を割らないそうだ」
「感謝する」
さて、これはどうするべきか、とリドラは椅子に深く腰を鎮める。
現在、自分の座している円卓に座っているのはゼル、スズカゼ、ファナ、そして自分。
そう、この場にジェイドとミルキーの姿はない。
ジェイドは先に言った通り捕らえた盗賊の尋問中。
ミルキーは盗賊の頭か、少なくとも幹部辺りの人間に裂かれた服を着替えに私室へ。
部屋前に護衛を付けようかというスズカゼの提案はゼル様なら! という彼女の元気な一言で全て無に帰すことになった。
「ジェイドの尋問で口を割らないか……」
そして、現在の問題はこれだ。
ジェイドが[闇月]と呼ばれた存在であった事は、最早、一部とは言え周知の事実でもある。
暗殺者と言えばそれまでだし、戦人と言えばそれまでだ。
だが、戦場におけるその二つが重なったとき、導き出されるのは全くの別物である。
各国で諜報活動に近い、暗躍者として動いていたが故の[闇月]。
それは尋問などお手の物だろう。それこそ朝飯前ではなく、夜食前である程に。
まぁ、言ってしまえば専門家だ。その専門家の術で口を割らないとなると、終ぞどうしようもない。
またしても、どうしようもない。
「少し、様子を見てこよう。ゼルとスズカゼはこの場で待機していて欲しい。ファナはーーー……、好きにしてくれ。お前ならば追撃も防衛も自己判断で動けるはずだ」
「……ふん」
リドラは円卓に手を着いて立ち上がる。
その姿を目で追うのはスズカゼだけであり、明後日の方向を見るファナと相変わらず顔を両手で押さえて嘆く男は視線も向けない。
まぁ、別に構わないのだが、この状況を打破する一言ぐらい置いて行くべきだろう。
「…………」
どうしようもなかった。
《王城・三階》
「どうだ、ジェイド」
光を背負い、暗室の中に足を踏み入れた彼の目に映ったのは紅色だった。
壁や床にべったりと塗りつけられた紅色と、悲鳴の痕。
そして、それらを支配するように黄金の隻眼を唸らせる獣人の姿。
彼の手には同じく紅色に染まり悲鳴の痕が刻まれた刃があった。
「駄目だな。口を割らん、と言うか口を割れないらしい」
「……どういう事だ?」
「この連中は傭われのようだ。むしろ、拾われだ」
「意味が解らんが」
「その辺の放浪者や傭兵崩れを拾い集めたらしい」
「……実行した、あのミルキー様を襲った男は?」
「そう、その男以外が拾われらしい。ファナが殺したのは解らないが、恐らく同じだろう」
「つまり男が実行犯だ、と?」
「その男に聞ければ良かったのだがな」
ジェイドの視線の先にあるのは陥没し亀裂を走らせた床面。
荒くれ者の男の頭蓋骨が砕き割られた地面だった。
「他の連中は何も吐かなかったのか」
「出てくるのはゼルが殺した男の名前だけだ。……単独犯と言えばそれまでなのだろうが、そうは考えにくい」
「盗賊団が集団でこの王城を狙った」
「と言えば、それまでだがな」
ジェイドは刃を翻し、踵を返し、背を向ける。
彼の言葉通りならば盗賊団連中は何も知らない、ただの拾われ物なのだろう。
だが、かといって生きて帰す訳にもいかない。
この場で、処分する他ないのだ。
「何かあると見た方が良い。こんな何も無い王城を襲った……、いや、それだけではない。町で強奪すらしていないのだから、何かあって当然だ」
「……この城では何が得られると思う」
「ほんの少しの金と資材。後はミルキー女王本人……?」
「それならば町を荒らした方が……。いや? ミルキー女王の身柄を求める理由は何だ?」
「そういう趣味の人間も居るし、売れば高いという訳だ。トレア王国での話からして直ぐに出て来たんだが」
「強ち否定できない辺り、何とも言えないな……」
だが、有り得ない話ではない。
女王などそういう市場に出せば100万ルグは下らないだろう。
だとすれば町で強奪するよりも暗密に女王を攫った方が良い。
こんな小規模の町で得られるのは30万そこらだ。
100万と30万。リスクを考えても前者を取るのは明白だ。
「……だが、だ」
ここはギリギリではあるがサウズ王国の国領域だ。
小国とは言え一つの国だ。そこの頭が居なくなれば国領域であるサウズ王国は黙っていない。
さらに、ここは中央よりでもある。
中央と言えばギルド本部があり、もしこの国の人間が依頼を出せば、その盗賊団連中は大国一つと中立組織一つを敵に回す事になる。
果たして、そんなリスクを犯すような事を一盗賊団風情が行うだろうか?
「狙いは別にある……? いや、そうでなくとも現在で既にリスクは犯しているではないか。なれば、そのリスクよりも上の存在がある?」
「思案は結構だが、答えは出そうか?」
「出ない。今暫く調べる必要がありそうだ」
「……そうか」
ジェイドは闇の中へと足を踏み入れていく。
その手で煌めく刃が指し示すのは死の一文字。
それはスズカゼがこの場に居ない理由ともなる。
彼が誰一人としてこの場に近付けなかった理由にも。
「スズカゼ達は今暫く広場に集めておく。早急に頼む」
「……手間を、掛けるな」
「気にするな。……それに、それはこちらの台詞だろうからな」
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