鉄の救い
《王城・三階》
嗚呼、きっと私はここで死ぬのだろう。
無残に切り刻まれて死ぬのだろう。或いは陵辱されて殺されるのだろう。
嗚呼、きっと私はここで殺されるのだろう。
「手間ァ掛けさせやがって、この小娘ぇ……!」
汗に濡れた髪先を額に貼り付けながら、その荒くれ者は奥歯を剥く。
手に持たれた湾曲刀は眼前の人物の首など容易く跳ねるはずだ。
その荒くれ者もそれを理解しているが故に、憤怒の中に余裕を孕ませている。
「けっ……! 端した金の為にこんな手間ァ掛けるとはな。割りに合ねぇぜ。仲間にも恵まれないしな……。尤も、それはいつもの事ーーー……かッ!」
湾曲刀の刃先が衣服に引っかかり、跳ね上がる。
暗闇の中に桃色が霞み、荒くれ者はそれを愛おしそうに眺めて自らの口端を舐め上げる。
この華奢で脆い女を今から自らの手中に収めるのかと思うと、いきり立ちを抑えられないと言わんばかりにだ。
「…………っ」
あぁ、どうやら私は殺されるようです。
この荒くれ者に辱めを受けて、殺されるようです。
父のように刺されてではなく、母のように撃たれてではなく、兄のように毒を盛られてではなく、嘗て自分と仲の良かった人々のように戦争でではなく。
辱めを受けて、首を絞められて、死ぬようです。
「テメェみたいなのでも穴がありゃ上等だ……」
荒くれ者は自らの衣服も脱ぎ捨て、眼前の彼女へと迫っていく。
その目は獣と同じく欲望に全てを任せた目で。欲望に全てを求める眼で。
ゆっくりと、舐るような手付きで少女の太股に指を這わせる。
「これでッ……!」
私は殺されるのでしょう、死ぬのでしょう。
残した民はどうなるのでしょうか。この国はどうなるのでしょうか。
解りません。死んだ後の事なんで解りません。
きっと、解る必要性なんかもない。
私はここで、殺されるのだから。
「ハイどっせぇええええええええええええええええい!!!」
荒くれ者の頭は彼女から見て左方に弾け飛ぶ。
次に見えたのは綺麗な革靴。綺麗な黒いズボン。綺麗なスーツ。鉄の腕。見覚えの無い整った顔。深緑の頭髪。
見た事もない、男性だった。
「えっ」
「おーい、リドラぁ! この娘頼む!」
「白衣で良いか。それ以外、着れるような物もないのでな」
男に白衣を掛けられた彼女は、ただ呆けているしか無かった。
何があったのか、何が起こったのかも理解出来ない。
ただ、見た事もない男性が立っていて、また見た事もない人が白衣を着せてくれて。
それで、それで、それで。
「なん、何だテメェ等……! 何なんだ!!」
「テメェこそ何だ。何で屋敷内に誰も居ねぇ?」
「うるせぇえ!! 表の見張りはどうした!? アイツ等は何やってんだ!!」
「それってコレの事ですかね?」
「だろうな」
「コレが見張りか。笑わせる」
喚き散らす荒くれ者の前に、十数人の屈強な男達が放り出される。
彼等は等しく気絶しており、腹部や頭部に峰打ちによる一撃の痕が見て取れた。
荒くれ者はさらに現れた少女2人と獣人に目を見開き、憤怒に喉を震わせる事しか出来ない。
「ふざけんなぁあああああああああああああああ!!」
彼は気絶した仲間を踏み越え、湾曲刀を振り被ってゼルへと襲い掛かる。
素手の、それも義手の男相手だ。負けるはずがない。殺せないはずがない。
首を狩って済ませるつもりはない。手足を切り取って済ませるつもりはない。
惨殺だ。惨めに無残に、仲間の目の前で殺して---……。
「おい」
荒くれ者の視界を覆い尽くす鉄の掌。
掌握などという言葉では生温く、それは粉砕に近い。
メキメキという音は骨が軋む音でも亀裂が走る音でもなく、割れる音。
「この際、テメェが誰だとかはどうでも良い」
荒くれ者は決して小柄ではない。
それこそ、身長だけで言えばゼルより高いだろう。
だが、荒くれ者の両足はゆっくりと浮き上がっていく。
義手に掴まれた顔面に引っ張られるように、ゆっくりと。
「だがな」
直後、彼の全身は浮遊感に襲われた。
自分の頭が天井に剥いているのかどうかすら解らない、浮遊感。
そして続くように襲い来る激音と凄まじい衝撃。
それは割れた頭蓋骨をさらに砕き、荒くれ者の脳を骨の破片によって切り刻む。
即死級の衝撃だ。耐えられるはずなど、ない。
「ったく……」
地面にめり込んだ男の頭部から手を離し、ゼルは髪を掻き乱す。
もう頭髪が乱れるのも正装が崩れているのも気にしない。
彼の中では既に結婚だの見合いだのは関係なく、戦闘へと切り替わっているのだろう。
目付きなど、最早、戦人の物だ。
「ゼル、その目付きを止めるんだ。いつものだぞ」
「ん、あぁ……、そうだな。癖だ」
「直せ」
「無茶言うなよ」
ゼルはいつも通りボサボサの頭髪を指先で摘みながら周囲を見渡した。
彼はスズカゼとジェイド、そしてファナに気絶した連中を縛り上げるよう命令する。
スズカゼ達はそれに従って気絶した連中を縛り上げるべく、何か紐状の物を探しに行った。
リドラはその間、気絶した連中の見張りに着く。
さて、こうなれば残ったのはゼルと件の人物だけとなった。
彼は件の人物へと近付いていき、その前に屈み込んだ。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
ゼルは彼女へと、出来る限り優しく語りかける。
腰を突き、白衣であられも無い姿になった、その人物へと。
齢16程度の、銀に近いウェーブの掛かった長髪を持つ少女へと。
彼は優しく、語りかける。
「……あ」
少女からすれば、ゼルの姿はどう映ったのだろう。
自らに迫る死を払いのけ、手を差し伸べてくれたその男の姿は。
優しく微笑み、力という絶対の存在で守って見せてくれた、その男の姿は。
「王子様……?」
夢見る少女の、率直な感想。
夢見る少女の、初めての恋。
夢見る少女の、小さな希望。
「……うん?」
それは、鉄の騎士に全てを委ねられたのだった。
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