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獣人の姫  作者: MTL2
鉄の王子様
205/876

百股男爵

《広間》


「団長、裾が乱れてますわぁ」


「ん、すまんな」


広間に居るゼルの姿は今までの無精さが信じられないほどに、きっちりと正された物だった。

普段はボサボサの頭髪も固められてオールバックとなり、衣服も軽甲ではなく黒のスーツだ。

オマケに靴まで高級な革の物であり、その姿は高位家の紳士と思える程だ。

いや、実際は最下位とは言え貴族の当主だ。

この姿が当然なのだが……、騎士団長という荒っぽい地位故か、慣れないその姿は酷く窮屈そうだ。


「慣れねェなぁ、この姿は」


「慣れても良いのですよ?」


「勘弁してくれ」


サラに片手を下げながらも、彼は襟を正し直した。

その様子を見詰めるジェイドとハドリーは納得と感嘆の声を上げる。

いつもの無骨な男が、まさかこんな姿になるとは。


「ゼぇええええええええええええええええええええルぅううううううううさアアアアアアアアアアアアアん!!」


彼等の声を塗り潰すような少女の絶叫と共に、彼女は部屋に猛ダッシュで飛び込んでくる。

その速度や走った後に白煙が立つほどだ。


「お見合いィイイイイイ!? お見合いって何ですかァアアアアア!?」


「ちょ、うるさ」


「お見合いって何ですか! お見合いって!! 結婚!? 結婚するんですか!!」


「だから」


「赤飯や! 赤飯炊けぇえええええええええええ!!」


「ジェイド、止めてコレ。頼むわ」


「無理ではなかろうか……」


結局、スズカゼが落ち着くまで数分の時間を要した。

いや、正確に言えばジェイドにより一度気絶させられて再び復活するのに数分の時間を要した、なのだが。

復活した彼女は数度辺りを見回して、再びゼルの姿を発見した。


「誰? ……あぁ、ゼルさんですか」


「誰ってお前。つーか、うるせぇ。静かにしろ」


「し、静かにって! 結婚ですよ、結婚!! ゼルさんが!!」


「しねぇよ」


「えっ」


彼女の疑問の声にジェイドとハドリーまで同調する。

彼の言葉の理由を知っているサラは可笑しそうに笑うが、他の面々はそれ所ではない。

折角の結婚話を断るとはどういう了見だ、と彼等は口々にゼルへ浴びせ掛ける。


「これ断るの何回目だ?」


「数十を超えた辺りからは覚えてませんわぁ」


「え? それは……」


「まず、貴族ってのは後継ぎを作らなきゃならん。代を継いでいくモンだからな。だから普通、俺の年ぐらいにゃ側室作っててもおかしくねェんだよ」


「ジェイドさん、側室って何ですか」


「一言で言えば愛人だな」


「へぇー」


ここで愛人という言葉を聞いて微かに頬端を染めたのはハドリーだけである。

へぇーという反応を示す辺り、スズカゼも子供では無いのだろうが……、女性としてはどうなのだろうか。


「で、俺ァまだ独身だから騎士団だのバルドだの女王だのが婚約話を持ってくるんだよ」


「……でも断るんですよね?」


「当然だろ。別に嫁とか要らん」


女性から聞けばとんでもない発言に聞こえるが、実際はそうだ。

彼は心の拠り所を求めるようなタチではないし、家事に至ってはメイドが全て行っている。

その他にも数え切れないほどの利点があるのだろうが、要らないと言っている以上、それら全ての利点も要らない、という事だろう。


「……じゃぁ、その正装は?」


「断りに行くんだよ、流石に言伝じゃ失礼だしな。……まぁ、今までの連中も現党首の親に決められたり望んだ物が無かったりした事が多かったから、断れてきたしな。今回もそうだろ」


「じゃあ、今から断りに?」


「行く。その為の服装だしな」


ゼルは面倒くさそうに髪を掻こうとしたが、髪型が崩れるのを嫌ったのか、止めた。

相変わらず雰囲気的に黒スーツの似合わない男の、普段と変わらない様子を見てスズカゼは安堵に近いため息をついた。

あぁ、やはりこんなのと結婚するような人は居なかったか、と。


「なぁ、何かお前メチャクチャ酷ぇこと考えなかった?」


「いえ、別に」


明後日の方向を向いたスズカゼに細い視線を送りながらも、ゼルは服装を再び正し直す。

恐らく、その相手に持っていくと思われる手土産を持って、彼は周囲を見渡した。


「何だ、すぐに行くのか」


「ジェイド、留守の間は頼んだぜ」


「何?」


「え?」


「そんな面白そうな事があるのに置いて行けというのか」


「ちょっと待ってお前何言ってんの」


「あ、私も着いていきたいです」


「姫も着いていくそうだ」


「おいサラ、この二人止めろ」


「うふふ。楽しいですわぁ」


「サラ? ねぇ、ちょっと聞いてる?」


流石にハドリーは遠慮したが、ジェイドとスズカゼは着いていく気満々である。

当の本人であるゼルの制止など聞かずに、遂には旅荷物の用意まで始めてしまった程だ。

彼は再びサラに助けを求めるように視線を向けたが、彼女がスズカゼの荷造りを手伝っているのを見て全てを諦めた。


「団長ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! ご結婚とはどういう事ですかぁあああああああああああああああああああああ!!!」


「また来たよ、うるさいのが……」


「団長!! 教えてください!! 何時ご結婚など決まったのですかぁ!!」


「いや、いつものだから……。何でお前知らないんだよ……」


「いつも結婚なさっているのですかぁあああああああああああああ!?」


「あ、駄目だコイツ面倒くさい。サラー」


「そうですわよ、デイジー。団長は既に百股してますわぁ」


「だ、団長……」


「おい馬鹿止めろ、コイツは本気で信じるぞ。おい、聞いてるのか。おい、無視るな。スズカゼの荷造りを手伝い始めるな。おい」


「団長、軽蔑します……」


蔑むようなデイジーの目付きにゼルは鉄の拳を握り締める。

取り敢えずこの馬鹿の訓練量を数倍にすることを心に決めた彼は、落ち着いて三度目の襟元直しを行った。

そうだ、この馬鹿さ加減は今に始まった事ではない。

前に何処ぞの大総統の前で模擬線をする填めになった事もあったではないか。

そうだ、この馬鹿さ加減など前からのーーー……。


「ゼル! リドラから聞いたぞ!! お前結婚すんの!?」


「メタル殿、しかも百股らしいです」


「屑だわー! マジ屑だわー!!」


「百股とか足何本あるんでしょうね……」


「舌は二枚以上あるだろうけどな!」


「あぁ、なるほど!!」


「「はっはっはっはっは!!」」


坦々と用意を進めるスズカゼの耳に鈍い音が二つ響くが、彼女は気にしない。

まぁ、流石に鉄の塊で殴られるのは痛いだろうなぁ、とか考えつつ。

数枚の衣服と布地で包んだ卵を鞄に詰めていった。


「……二枚舌か!」


「ジェイドさん、その納得は要らなかったと思います」



読んでいただきありがとうございました

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