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獣人の姫  作者: MTL2
鉄の王子様
203/876

平和な朝に木々は割れる

【リドラ別荘】


「……平和だ」


「平和だな」


感慨深そうに紅茶を嗜むゼルと、それに応えるリドラ。

彼等は早朝の暖かい木漏れ日を眺めながら、静かに息をつく。

例のトレア王国での一件が終わってから既に数日が経過しており、彼等の疲労も漸く息を落ち着けてきた所だ。

こうして平和な日々が何事も無く過ぎ去っていけば良いのだが……。


「早起きだな」


「ハロウリィ、ジェイド。寝癖が立っているぞ」


「……む、そうか?」


と、そんな中に寝起きらしきジェイドが入ってくる。

彼の頭はぴょこんと跳ねた黒毛があり、それは手で押さえられても直らない。

何度も押さえつけてみたジェイドだが、直らないことが解ると台所へと歩先を変えた。


「何か変わった事はあったか」


「いや、得には。精々、メタルが寝惚けてスズカゼの卵を調理しようとして首の角度が数十度曲がっただけだ」


「そうか。平和だな」


「あぁ、全く」


ジェイドは台所に置かれたままの珈琲粉末を手に取り、器へと注ぐ。

そこに残った湯を入れれば安物の珈琲の完成、という訳だ。

彼はそれを飲みながらゼルとリドラが座す元へと腰を掛けた。


「……平和なのか? それは」


「慣れだろ」


「慣れだろうな」


もう上階が爆発しても驚かないと言わんばかりに落ち着いた様子のゼル達。

今まで数々の苦労を経験してきた彼等からすれば、その原因である少女が何を起こそうとも驚かないだろう。

いや、驚く気力すらないと言った方が正しいかも知れない。


「で、結局、トレア王国の一件についての交渉はどうなったんだ?」


「シャガル王国にあのまま直行してな。シャーク国王に会ってきた。俺とハドリーだけで」


「そうか、では交渉は」


「成功だよ。物凄い嫌そうな顔されたけどな」


「言ってしまえば問題総投げだからな。当然だろう」


「まぁ、シャーク国王も流石に条約内に亀裂を走らせたくない旨を説明すると理解してくれたけどな。その点はハドリーの補助だぜ」


「優秀だな、彼女は。こちらもカード登録では非常に助かっている」


「文官の鏡だぜ。それにスズカゼの制御機能まで付けば文句ないんだがなぁ」


「貴様、ハドリーに何という物を任せるつもりだ」


「お前こそ姫を何つーモン呼ばわりしてんじゃねぇか」


「むしろ、何という物程度で済めば良いのだがなぁ……」


「それは無理だろう」


「だな」


会話を終えると共に皆が無駄に濃い安物の珈琲を啜る。

言いしれぬ苦さが口内に広がるが、それは決して珈琲の味だけでないはずだ。

そして、それを吐き出そうと着いた息がため息になったのも。

まぁ、珈琲のせいだけではないだろう。



《庭園》


「ふー……」


「精が出るな、デイジー」


軽甲を身に纏い、ハルバードの素振りを終えたデイジーに掛かる声。

汗の伝う額を粗布で拭いながら、彼女はその声の主に視線を向けた。


「よっ」


「いや、普通に挨拶してますけど首が妙な方向に曲がっていらっしゃるのだが!?」


「あ、マジで? 治ってなかったか……」


妙な方向に曲がった首を治しながら、その声の主であるメタルは悩むような声を上げる。

若干引き気味のデイジーは取り敢えずその悩み声の意味を聞いた。


「いやなぁ、最近、訓練も何もしてねぇんだよ。前にスズカゼに負けたから剣術訓練積んだりしてたんだが……」


「は、はぁ」


「訓練しねェ? 訓練」


彼は腕輪を光らせて木刀を一本召喚した。

下手をすればゼル達が飲んでいる珈琲よりも安そうな木刀だった。

と言うのも刀身は荒削りだし、柄は木材そのままという、如何にも手作り感溢れる物だからだ。

制作費用10ルグ以下と言われれば思わず信じてしまいそうな程に鈍らのそれは彼の掌中でくるくると踊る。


「く、訓練自体は歓迎ですが、生憎と今は訓練用のハルバードが」


「あー、それで良いぜ。その代わり俺は木刀使いまくるけど良いよな?」


「え、えぇ、はい」


メタルが木刀を構え、デイジーがハルバードを構える。

一見すれば荒くれ者と兵士の戦いに見えるだろうが、これは訓練だ。

その言葉通りに彼等の目に殺意は無いが、決して手を抜くつもりもないのだろう。

その点ではある意味、戦闘とも言えなくはないはずだ。


「始め、だ」


メタルは自身の言葉と共に地面を蹴り飛ばす。

地草を弾き飛ばす程の加速はただの木刀に鉄剣なみの威力を加える。

現に風切り音は棒振りにそれではなく、剣太刀のそれと化す。


「甘いです」


だが、彼の一撃は宙を舞うことになる。

いや、正確にはその刀身が、だ。

木刀の刀身とハルバードの鉄刃が衝突すれば必然の結果だろう。

本来ならばそれで終いだ。訓練は終了する。

だが、メタルは宣言通り第二の木刀を[深淵の腕輪]から取り出した。

先と同じ荒い木刀だ。形は変わって先よりも無骨な物だが、木刀なのは変わらない。


「まだまだァ!」


叩き付けるような一撃はデイジーの返し峰で弾き返される。

メタルの腕は自らの力によって弾き上げられて大きく天を仰ぐ形となった。

それ程までに隙だらけならば返し峰を再び刃とすることも不可能ではない。


「何本でも、だぜ?」


技術力の差を埋めるように、メタルの逆手には木刀が持たれていた。

体躯の駆動を無視した一撃はデイジーの脇腹に直撃する物の、大したダメージはない。

それ故に彼女は微かな痛みなど無視して全力でハルバードを振り切った。


「それを待っていた!!」


メタルの叫びと同時に、デイジーの視界は大量の木々で覆い隠された。

その木々は全てが木刀であり彼女の強力な一閃はそれらを狂い無く両断していく。

木の、正しくは木刀の盾は彼女の一閃に容易く切り裂かれたのだ。

無論、無骨な木刀を切り裂いただけでデイジーの一撃は止まらない。

ハルバードという武器の特性上、高が木風情を切り裂いても止まるはずなどないのだ。


「……っ!」


このまま振り抜けば広がるのは血となる。

それこそ、訓練どころの話ではない。

彼女は必死に刃を止めようとしたが、そもそも振り抜き終わる直前の一撃を止める術など無いのだ。

デイジーは目を瞑り、歯を食いしばり、聞こえて来るであろう悲鳴から必死に意識を逸らすことしか出来なかった。


「おーい、メタルさーん! 巻き木、まだですかー!!」


「おー! 今行くー!!」


しかし、聞こえてきたのはいつもと変わらない軽快な声だった。

恐る恐る目を開けた彼女の瞳に映ったのは地面に落ちた、大量の木刀だった物と平然と腰に手を着くメタルだった。


「よし、OK! ご苦労様だったな、デイジー」


「……はへっ?」


間抜けな声も出るという物だ。

察するに、恐らく自分は利用されたのだろう。

あの木刀は木刀ではなく、ただの棒きれだ。

それも巻き木になる予定の棒きれ。


「……メタル殿?」


「よっしゃ、罰当番終わり! もっかい寝るぞぉー!!」


その後、室内で珈琲を嗜むゼル達の耳に悲鳴が聞こえてくるのだが、彼等は相変わらず落ち着いたままだった。

あぁ、何と平和な日なのだろうか、と。


読んでいただきありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 巻き木ってもしかして薪木??? そんな言葉があるのかとググッた時間を返してくれぇ…… 絶妙な誤字しやがって
2023/11/06 05:40 退会済み
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