朝となりても暗雲消えず
【サウズ王国】
《第三街北部・ハドリー家》
「……ふぅ」
朝日の差し込む執務室に彼女、ハドリーの姿はあった。
いや、執務室というよりそこは彼女の私室なのだが。
連日の資料作成や整頓が終わらず、自宅に持ち帰っていると、資料の山々が自宅の私物すら圧迫し、まるで執務室のようにしてしまったのである。
いや、それが今回は功を奏したのだが。
結果的に言えば。
今回の事件の被害は一部を除き、ほぼ皆無だった。
黒尽くめ集団が闇夜に暗躍していた事と廃墟街に逃げ込んだ事が住民達の注目を集めるに至らなかったのだ。
その為、後処理も殆どする事無く、微かに立った噂の蛍火をジェイドが消して回っている所である。
演習とでも何とでも言い訳はつく、だとか。
「……だけど」
最も不安材料である件も残ってしまった。
それは例の黒尽くめ集団の事でもあるしーーー……。
……つい今朝、判明した事件の事もある。
王城の地下牢にて、第二街で強奪を働いた者が死亡したのだ。
それは死刑や刑罰による物ではない。
ただ、首元を裂かれて牢獄内部での死亡……、恐らく口封じだろう。
一件、強奪者の件は何ら関係ないようにも見える。
けれど、もし少女のカードが強奪されて、それを利用されていたら?
カード制度どころか獣人の第二街入街すら危ぶまれる事態となっていただろう。
あくまで予想でしかない。
けれど、今回の件はどうにも、獣人を追い込もうとしているようにすら見える。
黒尽くめ集団はスズカゼの事を狙っていた。
それは権力者としてではなく、第三街領主として。
「問題は山積みですね……」
王国に居るであろう内通者。
逃亡した黒尽くめの集団。
未だ続く、獣人と人との問題。
「はぁ…………」
全く、ため息しか出ない。
これから一体、どうなってしまうと言うのだろうか。
《第二街東部・旧ゼル男爵邸宅》
「いや、本当にどうなってんのコレ」
そう呟いたゼルの前にはがらんとした懐かしき部屋があった。
ここは第二街東部にある、旧ゼル邸宅である。
どうしてこんな所に居るのかというと、第三街にあるゼル邸宅が炎上してしまった為だ。
とは言え、あくまで燃えたのは表面上だけで中身は殆ど無事らしい。
一週間もあれば再び元に戻る、との事だったのだがーーー……。
「俺が言いたいのはこの資料の山だよ!!」
ゼルの前に広がるがらんとした懐かしき部屋。
いや、訂正しよう。
ゼルの前に広がるがらんとした懐かしき部屋を埋める資料の海、山、束。
本当に何があったのかと思うほど、と言うよりは資料収集家ですか、と効きたくなるほどに。
がらんとしたはずの、それこそ人を押し詰めれば十数人は入りそうな部屋は全て資料で埋まっているのだ。
正しくは資料と猫背の男で、だが。
「邸宅焼失による資料の再編成……。また、無断で騎士団を動かした事による始末書に近隣住民への無断演習の謝罪書。また旧邸宅使用許可書に上への事実を報告する資料にーー……」
「もう良い。言わないでくれ、リドラ。頭痛い。割と物理的に」
「軽い物だろう。本当ならば野ざらし青空執務室か、王城でバルドと二人ゆっくりやる事になって……」
「野ざらし青空執務室を選ぶな、俺なら間違いなく。アイツと二人きりは死んでも嫌だ」
「結構な事だ。流石に燃えた邸宅を見た時のような悲鳴は上げないと思うがな」
「……築数週間だぞ」
「……気持ちは解らんでもない。それはそうと、さっさと資料を仕上げてしまえ。私が手伝っているのだって本来ならば金を取る所だぞ」
「お前、ハドリーとやってた時は金取ってたじゃん……」
「仕事だからな」
「あぁ……、色んな意味で頭痛い……、いや割と本気で」
「顔でも洗ってきたらどうだ? まだここには生活に必要な機能は通っているのだろう」
「……それもそうだなぁ」
余談だが、現世と違ってこの世界での水道などは全て魔術と魔法の混合物によって賄われている。
下水道などの設備も充実しており、第二街の一部住宅や第一街のそれらには水道も通っているのだ。
尤も、水道などの生活機能は非常に高価な物で、裕福層しか持てない物でもある。
なので第三街や第二街の殆どの住宅には設備されておらず、未だ井戸を使っているのが現状だ。
「……そう言や、スズカゼとメイドはどうしてる?」
「下で我々の軽食を作ってくれているはずだが。……どうかしたのか?」
「いや、普通に入浴場でバッタリなんてしたくないんでな。あんなの見て変な誤解生みたくないだろ?」
「あぁ、全く。見るならばもっとまともな物を見たいな」
「……」
「あの、スズカゼさん? 包丁持ったまま上に行こうとしないでくださいよ? やめてくださいね!? 目が血走ってますけど!?」
「あ゛ぁー……、頭痛い」
ゼルは現在、数日ほど徹夜している。
件後の騎士団の指揮もあったし、あの資料の山だ。
これから暫くは眠れそうに無い。
それを考えると尚更頭が痛くなってくる。
「……こっちだっけか」
しかし、数週間離れていたとは言えやはり自分の家だ。
構造は良く覚えている。
調理場の場所も、入浴場兼手洗い場の場所も。
懐かしいと言うよりも慣れ親しんだ感覚の方が強いかも知れない。
遠征後に帰ってきて、入浴場で一杯。
これがまた美味い酒なのだ。
そうだ、序でに顔を洗うだけじゃなく風呂も入っておこう。
酒は勝手に出すとメイドに怒られるから……。
……仕方ないが、風呂に入るだけで我慢するとしよう。
頭痛にしても疲れにしてもそうだ。
風呂に入れば一気に吹き飛ぶ物でーーーー……。
ガチャッ。
「…………」
「…………」
ゼルの視界に映るのは肌色。
肌色、肌色、肌色、桃色、肌色、肌色、桃色、肌色、桃色、肌色。
と言うか裸。
桃色の髪に雫を滴らせ、豊満な胸を揺らして。
蛇すらも睨み殺すかのような眼光を持って。
「……ファナ?」
「死ね」
「……何でガッツポーズしてるんですか、スズカゼさん」
「まな板嘲笑いし者、巨丘に潰される……! これぞ天理なり!!」
「スズカゼさん? スズカゼさん!?」
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