蒼快の宝石
《海賊船・船長室》
「これから、どうするつもりなんだ?」
未だ降り止まない雨を眺めながら、ゼルは背後の男に問うた。
その男は船長の椅子に深く腰を掛けながら背を伸ばしきって天井を眺めていた。
ゼルの質問を聞いてから、彼は数秒経って部屋全体をじっくりと見回す。
彼の視界に映るのはこちらを見る少女と獣人、そして物珍しそうに音を眺める一人の男だった。
「……そうだな」
たっぷりの間を置いてこそ居るが、男は別に思案している訳でも戸惑っているわけでも無い。
単純に早く的確に答えるような気分ではないだけの事だ。
「海賊業でも、続けるかなァ」
「だったら、お前はこの部屋に居る全員を敵に回す事になるが」
「冗談だよ、冗談……。実際、俺達もどうすりゃ良いのか解ってないのさ」
「なら、俺に良い考えがある」
「ほう、聞かせてくれ」
「シャガル王国の、シャーク国王を頼れ」
ゼルの言葉に、先程までだらけていた男、カイリュウは目を丸くさせた。
スズカゼからすればゼルの言葉は至極当然で何を驚く事があるのか、といった風に感じる。
ここは南のシャガル王国の国領域だ。ならばシャガル王国に頼るのが道理。
その事に、いったい何を驚くというのか。
「……このまま国に帰れば、混乱した国一つぐらい毟り取れるんじゃねェの?」
「……?」
カイリュウが驚愕の理由を述べても、やはり解らない。
毟り取る、とはいったいどういう事だろうか。
「ハドリーさん、説明プリーズ」
「……えーっとですね、要するに現在、トレア王国は国内の主要人物が殆ど居ない状態なんです。軍艦に乗り込んでいたのもありますし、城内で始末されたのもありますから」
そう、例の奴隷売買にはトレア王国の重鎮達全てが関わっていたのだ。
考えてみれば奴隷売買を国王が秘密裏に認めているような国なのだから、解らないでもない。
だが、それは如何に腐敗しきった事であろうか。
スズカゼは不快感で眉根に僅かな皺を作りながらもハドリーの言葉に耳を傾け続ける。
「だから、この国は現在、もぬけの殻に近いんですよ」
「……あっ、だから毟り取れる!」
「そういう事です。サウズ王国がこの国に手を伸ばせば領土を広げられます、が……。どうしてゼルさんがそうしないか解りますか?」
「……さ、さぁ?」
「条約ですよ。ほら、この前結んだ」
「条約の中にそういう規約があった、とか?」
「いえ、条約を結んで国同士の友好をアピールしたのに、直ぐ後で国境問題なんか起こしたら意味が無いってだけの話ですよ」
「あぁ、なるほど! だから手を出さずに南のことは南に任せろ、と」
「そういう事です」
説明の礼をハドリーに述べ、スズカゼは再びゼルとカイリュウの会話に意識を戻した。
とは言え、彼等の会話は既に終わっているような物で、殆どが確認事項になっている。
まず、現在のナランタ国は国としての機能を一時凍結すること。
そしてシャガル王国と提携し、自ら傘下に入って機能を全委託すること。
国民や何も知らなかった臣下には急ぎ事情をゼル自ら説明すること、等だった。
「付け加えてくれ」
だが、カイリュウはそこにさらに条件を付け加える。
貧困街を廃止し、トレア王国に組み込むこと。
トレア王国の行っていた悪事を正式に発表し、シャガル王国に対策を取らせること。
そして我々をトレア王国より指名手配犯として任命すること。
ナランタを国王とし、彼は海賊騒ぎに掛かり切りになった隙を突かれて内部の裏切り者により抹殺されたという事にすること。
カイリュウはこの4つを提案した。
「良いのか? 居場所が無くなるんだぞ」
「部下とも話し合って決めた事だ。[奪った]俺達に居場所は居らねェ」
「ナランタを正義の国王にする事になっても、か?」
「偽物の正義を知る人間が一人でも居りゃ、それで良い。俺達が死んでもお前等は死なねェだろ?」
「文字には拘らず真実に拘る、か。……ま、当事者がそう言うのなら俺達に口を出す権利はないな」
「そういう事だ」
と、彼等の会話が終わると共に、外を眺めていたメタルが短い歓声を上げた。
彼に連られて外を見たゼルも、微かながらに歓声をあげる。
メタルを押しのけて窓外を覗いたスズカゼとハドリーが見たのは、紛う事なき蒼快の宝石だった。
太陽の光を反射して美しく照り輝くその姿は、正しく宝石。
それ以上に、それ以下に、それ以外に表しようのない美しさだ。
「……なぁ、カイリュウよ」
「何だ、ゼル・デビット」
「お前が海賊を止めない理由……。それだけじゃないだろ?」
彼の問いにカイリュウが返すは笑み。
その笑みは全ての答えで、全ての理由だった。
例え汚泥に劣る罪を背負おうと、国史に残る悪役にされようと。
己の嫌う行為に手を染めようと、懐かしき故郷に帰れずとも。
この無限に広がる蒼快の宝石のためならば全てを捨てよう。
彼等は、そう心に決めて全てを被り。
そして、全てを手に入れた。
「……なぁーにが[奪うのは嫌い]だ。独占じゃねェか」
「俺達ァ海賊だぜ? 奪いはしなくても独占ぐらいするさ」
カイリュウはそう述べて、大きく両腕を突き上げた。
メタルやハドリーからすれば、それは大きな欠伸にしか見えなかっただろう。
「……強欲ですねぇ」
「だから、海賊なんだろう」
だが、ゼルとスズカゼには、それは欠伸などでは無く。
全てを手に入れた男の歓喜にしか、見えなかった。
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