海賊船対軍艦
《海賊船・甲板》
「スズカゼとハドリー、ゼルは行ったか」
轟音のみが響く虚空を見詰め、カイリュウは確かな声を持ってそう述べた。
事実、現在のトレア王国第一艦軍隊と第三軍艦は悲惨な状態となっているだろう。
一つはたった一人の少女に制圧され、一つはたった一人の男により蹂躙されているはずだ。
と、なれば残るは第二軍艦ただ一つ。
「どうすんだ? 主戦力、全部行っちまったけど」
思案する彼に声を掛けたのは、漸く立ち直ったメタルだった。
彼の言う通りスズカゼは第一軍艦にハドリーと共に、ゼルは第三軍艦に木舟で突っ込んで。
それぞれ、各方向に行ってしまった。
となれば残る第二軍艦はどうするのか。
彼の質問の意図はそういう事だろう。
「残る一隻は俺が沈める」
「お前が行ったら誰がこの船を指揮すんだよ……」
「俺の仲間は放っておいても船は持つ、が。流石に対艦戦闘の経験はねェ」
「いや、だからお前が指揮するんだろ。何だ? 俺が突っ込んでこようか」
「どうやって脱出するつもりだ? スズカゼにはハドリーが、ゼルには船がある。お前はそのまま泳ぐのか? 瓦礫の中で」
「無理だな!」
「だろうなァ。と、なりゃァ……、もう一つの主戦力に動いて貰うしかねェだろ」
「……もう一つの主戦力?」
カイリュウは手袋を填め、踵を返す。
メタルの隣を通り過ぎて彼が歩き行く場所は船底だった。
そこにあるのは倉庫やいくつかの砲台、果ては海底を見る海視場などだが、一体、そこで何をしようというのか。
「この船だ」
《トレア王国軍第二軍艦・船長室》
「第一軍艦と第二軍艦との通信が途絶えたって言うの?」
「えぇ、妙ですね」
この第二軍艦の船長である初老の女性は部下の報告に頭を抱えていた。
第一軍艦はともかく、第三軍艦にはトレア王国の特殊部隊が乗船しているはずだ。
そう簡単に何かあるとは思えない、が。
相手にはサウズ王国騎士団長が居る。何があってもおかしくはない。
「こうなれば海賊船だけでも確実に沈めるわよ。帰る船がなければ戦場で沈むしかない。後はこちらも脱出すれば……、ね」
「第一軍艦と第三軍艦は如何するつもりで?」
「乗っ取られてるようなら沈めるしかないわ。損失は大きいけれど、我が国の[産業]を考えれば復興はそう難しくない」
「際ですか」
部下は報告を終え、彼女の命令を伝える為に甲板への道へ踵を返す。
相手は型落ちのボロ船一隻。沈めるのはそう難しくはない。
後に問題が残るとすればサウズ王国騎士団長、ゼル・デビット。
聞くには国一つを一人で落とせるほどだと言われているが、果たして四国大戦の生き残りはそれ程の実力を有しているのか。
「船一つと国一つ。果たして、どちらが強い物か……」
尽きぬ興味に部下の男は笑み、甲板への扉を開く。
そこから見えるのは愚かにも虚空の中で存在を確立させる灯火を点した船だった。
右往左往、まるで地面を走り回る子供のように高速で走り回る、船だった。
「……えっ」
船の動きだとか、そんな次元ではない。
空中を人の手から逃れるために飛び回る羽虫、と言えば解りやすいだろうか。
右往左往、縦横無尽。
こちらの砲弾を避けるために前後左右に優々と、早々と逃げ回る一隻の船、
幻覚でも見ているのかと誤認してしまうほど、余りに異質な動き。
「あ、当たりません! あんなの船の動きじゃないですよ!!」
そんな物、見れば解る。
砲弾の間を縫うように、というか物理的に縫って移動する物質。
船が出せる速度でも船が行える旋回でもない。
何が、どうなっているのか。
「う、撃てるか……?」
「無理に決まっているでしょう! 何故かこちらの足場も安定せず……!!」
部下の言う通り、第二軍艦の足下の海流は嵐にかき回されたが如く歪んでいる。
いや、違う。
あの海賊船を中心として、一帯全てがかき回されているのだ。
「どうでも良い! 何十発でも消費しろ!! あの船さえ沈めてしまえば……!!」
部下の男が指差した先に、海賊船は無かった。
あるのは渦巻く海流だけで、先程まで暴れ狂うが如く運行していた船は忽然と姿を消していたのである。
最早、疑問の声を出すことすら諦めた男は自らの足下で蠢く影に気がついた。
現実だの常識だのと、そんな物さえ無視して。
もう有り得ないという摂理を諦めた男は、ゆっくりと上空を見上げた。
「……こんな、馬鹿な」
彼が見たのは海視場から少し引き攣った顔でこちらを見下ろす、カイリュウ・ジレンターラの姿。
そして、直下に向けられた幾つもの大砲の砲門だった。
「船が、空を飛ぶなんて」
その船は漆黒の空と重なりながら、自船の帆柱を船頭でへし折って。
幾十の鉛玉を垂直に撃ち込みながら、轟音と黒硝煙を吐き出して船は着水する。
凄まじい水飛沫は船を覆い隠すほどに跳ね上がり、背後の爆炎に包まれた船共々降り注いだ。
「何だ、案外行けんじゃん」
着水した船の船底、海視場で海水塗れになったメタルは納得と満足の入り交じった表情で頷いた。
その横っ面をカイリュウの拳が駆け抜けたのは言うまでもない。
「テメェの案なんざ真に受けるんじゃなかったよ!!」
「えぇー……、だってお前も乗ったじゃん」
「俺の作戦は掌握せし流脈を使って回避行動を取って!! 大砲で的確に沈めるだけの作戦だったんだよ!!」
「それで軍艦の装甲破れるのか、って話になって、お前が俺の案に賛成したんじゃん」
「背面から攻めるはずが何で上空から攻めてンですかねェ!?」
激しく言い争う二人の口喧嘩を遮るように爆音が鳴り響き、船の海底を激しく揺らす。
彼等はそれを合図にして即座に口喧嘩を止め、甲板へと駆け上がった。
「……流石だな」
カイリュウの感嘆の言葉が向けられたのは虚空に、ではない。
虚空の中に灯る、新たな二つの火柱に向けてだった。
突入から物の十数分にして、彼等はトレア王国軍艦三隻を壊滅させたのである。
「舵を切れ」
カイリュウはその光景を見るなり、部下に指示を出し始めていた。
先の行動と今の光景に驚いた部下達だが、彼の言葉を聞き、彼の表情を見ると困惑など捨てて、迅速に行動に移る。
それまでに、その男の表情は険しかったのだ。
「本丸に乗り込むぞ」
読んでいただきありがとうございました
因みに何ですが、海視場なんて物は現実の船にはありません
今作での海視場というのは魚釣りや海流を読む為にあると考えていただければ幸いです




