蟻を倒す為に
「帆を張れェ! 錨を上げろォ!! モタモタすんなァ!!」
カイリュウの怒号が飛び交い、海賊船は着々と出発の準備を整えていく。
先程まで漆黒の宝石の中に留まっていた異点は次第に海を行く船と化していった。
やがて船が動き出し、宝石の中に波紋を作り出した頃。
全ての指示と作業を終えたカイリュウは甲板の中心、帆柱の下辺りに居たスズカゼ達の元へと歩いてきた。
「悪ィな、待たせた」
「…………」
「……ンだよ」
「何か船長っぽいですね」
「元から船長なんだよ!! 喧嘩売ってんのかクソガキィ!!」
ぎゃあぎゃあと喚く二人にため息をつきながら、ゼルは遙か遠くに視線を向けた。
あの話し合いの後、彼等はトレア王国に向かうことで合意した。
ゼルが立案したのはカイリュウ海賊団と共にトレア王国を襲撃し、件の主要人物だけを迅速に捕らえるという物だ。
捕らえてしまえば後はサウズ王国の名の下に幾らでも誤魔化せるし、無駄な被害も出さない。
カイリュウや海賊達にも、誰一人として殺さないよう固く約束させた。
不安が残らないと言えば嘘になるが……、それでも、大分マシにはなるだろう。
「ったく……。で、改めて自己紹介するが、俺はカイリュウ・ジレンターラ。このカイリュウ海賊団の船長をやってる」
「第三街領主、スズカゼ・クレハですぅ~……」
「拗ねるな、スズカゼ。……サウズ王国騎士団長、ゼル・デビットだ」
「第三街領主秘書のハドリー・シャリアです」
「暇人のメタルだ」
「……約一名、おかしくねェか?」
「ツッコまないでやってください」
甲板の端っこで膝を抱えるメタルを放置して、一行はこれからの計画について話を進める。
恐らく武力的に制圧自体は難しくないこと。
城外の構造はカイリュウが、城内の構造はハドリーがある程度、記憶しているということ。
基本戦力はゼルを筆頭にスズカゼとカイリュウが続き、メタルと海賊達は船の警備を続けることを話し合った。
ここまでに不備は無く、大きな介入がない限りは失敗しないだろう。
「問題点があるとすりゃ、トレア王国に入るまでだ。配置上、あの国は軍艦を持ってる。この船よりも数倍頑丈な船をな」
「それの心配はない。入るまでは俺が案内するよう指図するし、お前達は縛られてる振りをしておけば良い。そして、代表者としてカイリュウを尋問する形で王城内に侵入する、っつー算段だ」
「頭が回るみてェで何よりだ。……だとすりゃ、俺の能力も教えといた方が良さそうだな」
そう言うと、カイリュウは周囲を見渡して海賊の一人が咥えていた煙草を分捕った。
部下はお頭ぁと情けない声を出すが、彼はそれを気にも留めない。
その部下は結局、肩を落としてメタルの隣で膝を抱え出すが、カイリュウは当然のように無視してスズカゼ達の元へ戻ってくる。
「俺の掌握せし流脈はこの掌に展開した領域に触れた物の流れを操る能力だ。魔法なんだが、馬鹿の一つ覚えでこれしか使えねぇ」
彼の言う通り、煙の[流れ]は掌上でぐるぐると回っている。
ゼルの両手の動きを止めたのも、剣を手放せなくしたのもこの能力の一環だろう。
そして、ニョーグの頭を潰したのも、また同様に。
「……1対1では凶悪な能力だな」
「応用の利く能力だからなァ。無論、実力差が埋まるわけじゃねェが……」
彼は掌で泳がせていた煙を握り潰し、煙草を放り投げた。
甲板の上を擦れるように転がったそれは、やがて風に流されて闇夜へと消えていく。
星明かりが照らす夜の海とは言え、海賊船の光以外は何もない世界だ。
光があるが故に、影が濃さを増す。
漆黒の宝石は最早、単なる闇でしか無い。
水面を跳ねる魚も、水中を泳ぐ魚も。
見ることも、聞くことでさえ不可能な世界。
「……不気味ですね」
ふと、スズカゼはそんな感想を零した。
皆が一度彼女を見るが、周囲を見渡して同意の意味を込めて吐息と共に声にならない声を零した。
「慣れなきゃ、そりゃそうだろう。昼は何もない無の世界。夜は何もない虚空の世界だ」
「虚空……」
確かに、その通りだ。
何も障害物が無いと言うのに数十メートル先は闇夜その物。
いや、虚空と言うべきか。
本当に虚ろな空のように、何も見えないのだ。
「まぁ、岩礁の位置はある程度把握してる。近くに来れば確認できるしな」
彼はそう言い残し、掌で未だ渦巻く微かな白煙を掻き消した。
同時に鼻先を突き出すように空を仰ぎ、潮の香りを大きく吸い込む。
髪先の揺れや皮膚を撫でる潮風、波音までを危機ながら。
虚空の中に輝く宝石を探り、潮の流れを読む。
「……西だ。西に舵を取れ!」
「西? 方角的にはあっちだから、北じゃ……」
「潮の流れ的には西の方が早く着く。海の上じゃ潮が道……」
微かな揺れだった。
白煙は一縷の流れではなく、幾多にも別れる有象無象と化す。
潮の薫りも薫りも風も波音も。
全てを掻き消し、宝石を蹂躙するが如く。
その鉄塊は、轟々と砲門を開いて。
「……違う、南だ。南に舵を取れェエ!!!」
彼の叫び声に、一瞬だけ船内は静寂に覆われる。
しかし数秒後には船は大きく旋回し、南に進行し始めていた。
先程言っていた方向とはまるで違う向きに、流石のスズカゼ達は困惑を隠せない。
彼等の視線に気付いたカイリュウは海賊達に指示を出しながらも、スズカゼ達へ現状の説明を始めた。
「船が近付いてきてる。それも、こんなボロ船じゃねェ。この揺れのデカさは鉄だ。鉄の……、軍艦だ!」
「軍艦ン!?」
「間違いねェ! これはトレア王国の……!!」
轟音は水飛沫と共に、会話という微かな糸を弾き飛ばす。
鉛の砲弾は宝石を破壊し、かき混ぜ、砕き割る。
もし、ほんの数秒でも南に舵を取るのが遅れていれば、破壊されかき混ざれ砕き割られていたのはこの船だっただろう。
「トレア王国が襲撃してきたっつーのか……!?」
「恐らく、接触してきた時点でお前等を切り捨てたんだよ。海の上なら骸も残らねぇ!!」
飛び散った水飛沫が雨となって降り注ぎ、彼等の衣服と頭髪を濡らす。
虚空は闇の塊ではなく、全てを隠す闇となる。
無論、トレア王国の軍艦も同様に。
「……どうすべきだ?」
「この船の装備じゃ軍艦相手に勝てる訳ァねぇ……。しかも、相手は少なくとも三隻はあるはずだ」
海上の船を統べる男は直感と感覚により、そう判断した。
事実、撃ち込まれている方角は全てで三つだ。
自船を三角形の中心とするように、囲んでいる。
「打ち倒す方法は一つ」
脱出する事は出来ない。
下手に逃げようとすれば二隻により挟撃され、残る一隻にトドメを刺される事だろう。
かといって、こちらに迎え撃つ術はない。
ならば、この場を打開する術は一つしか無い。
「乗り込むぞ」
読んでいただきありがとうございました
新年明けましておめでとうございます!
今年も誠心誠意、執筆していきますので、ご期待ください!
編集「……因みに、元日の予定は?」
作者「初詣行って餅食って執筆!」
編集「あ、初詣は行くんだ……」
作者「いや、去年のアレは事故だから……」
編集「投げた賽銭が神主の鳥帽子撃ち落としたんだっけ? スゲーな」
作者「事故だって言ってるじゃないですかァーーー!!」
まぁ、今年も相変わらず続けていきますので……
何はともあれ! 皆様、本年もよろしくお願いします!




