黒を切り裂く白
「……それでは種明かしといこうか」
リドラは歩みを止め、酷く曲がった背筋のまま説明を始める。
黒尽くめの男達からすれば、それはまるで死神のようにも見えるだろう。
「何、明かしてしまえば簡単な話だ」
「何っ……!?」
「貴様等が外部の人間であった事は既に予想が付いていた。だからこその矛盾が生まれたのだよ。そう、入国記録が無いという矛盾がね」
リドラがハドリーに頼み、調査した入国記録。
そこには男達の入国記録は無かった。
当然だろう、その程度の偽装はしてもおかしくない。
そう、その程度の偽装はするだろう。
何らおかしい事ではない。
「偽装が丁寧すぎるのだよ」
入国記録に武器持ち込みの印はなかったし、何人も入ってきたという記録もなかった。
余りに丁寧すぎるのだ。
国家の外部から来た者が、ただの殺し屋集団が、闇夜にしか動くことの出来ない者達が。
「可能だと思うか?」
否。出来るはずが無い。
なればこそ導き出される答えは一つ。
「内通者が居る。それも、この国の相当な権力者だ。入国記録という、治安に関する物さえ弄れる程のな」
「何を根拠に……!!」
「根拠? それは今し方説明しただろう。まぁ、内通者というのも必然的に解ってくる。獣人否定派で権力を持つ人間……、自然と限られてくるだろう」
「っ……!」
「その点については敢えて今は言及しないがね」
「だが、それでも……! 我々がここに居る事の種明かしにはならないはずだ!!」
「そもそも、貴様等がただの殺し屋であるという前提が崩れたのだ。となれば第三街内部だけという前提も崩れる。いや、貴様等が最大の盾としていた先入観は最大の導き手となった、と言った方が良いかね?」
強固に固めた壁は進路を塞ぐ厄介な障害だ。
だが、一度それを超えてしまえば壁は自分を守る守護物となる。
今回のそれも同様で、第三街という一つの空間に目を背けさせようとした黒尽くめ達の計画は、看破されると同時に自分達は第三街に居ないという表示になったのである。
「そして何よりの決め手はそれだ」
リドラが指差したのは、黒尽くめの男達の足下で気絶している獣人の少女だった。
一体、彼女が何だと言うのか。
そうとでも言いたげに眉端を下げる男達にリドラの言葉の追撃が行われる。
「ここに来るまでに門を素通りする事は出来ない。となれば貴様等はごく普通に門を通ってきたのだろうな。人間だからこそ、署名さえすれば旅人でも門は通れる。人間ならば」
「獣人は違うのかっ……!!」
「その通り。大方、少女が持っていたカードをこれ幸いと見せたのだろう? 結果的に足が着く決め手となってしまったようだな」
「くそっ……!!」
「そうなれば居る場所も限られてくる。住人の目に留まらず、かつある程度なら騒いでも問題ない場所。さらに貴様等が使用し、その少女の通行形跡の残る門に一番近い場所。……それがここだった、という訳だ。さて、種明かしは以上だ。貴様等に組した者、貴様等が何者なのかは後で聞くとして、今は…………」
リドラが右手を掲げると同時に、両端に居たゼルとジェイドが刀剣を構える。
その合図が意味する事は例え黒尽くめの者達でなくとも理解出来るだろう。
だからこそ、足掻く。
「動くなぁあああっっ!!」
何も持たない黒尽くめの者は、その場に微かに残って居た静寂にトドメを刺すかのように大声を張り上げた。
彼の手にはいつの間にか魔力が収束されており、今の拳撃ならば鉄筋すらも砕けるだろう。
だが、実際の所、彼は[拳闘士]ではなくファナと同種の[魔術師]である。
属性は違えども遠距離の攻撃は可能だろう。
しかし、それでも現状を打破する手段には成り得ない。
その手元に何も無ければ、だが。
「……人質とはな」
その者の手には、呻く少女の姿があった。
無論、魔力を収束した手も少女の顔面へと向いている。
今、何らかの動作を行えばその者の手に広がるのは血と肉となるだろう。
「動くな、動くなっ……!」
喚きを必死に抑えるような声。
それは彼の精神状態を表しているにも等しかった。
動けば自分達の安全など顧みずこの子供を殺すぞ、と言わんばかりに。
「……そういう事だ、[鑑定士]リドラ」
中央に立っていた鋼鉄を拳に纏った男は得意げに笑みを見せる。
人質と言ってもただの人質では無い。
獣人で、しかもここが第二街という事が問題なのだ。
もしここで彼等を取り逃がせば真実は永遠に闇の中となる。
だが、もし人質である少女を無視して突っ込もう物なら、間違いなく少女は殺されるだろう。
獣人を守るべき存在である第三街領主の仲間と、民を守るべき存在である王国騎士団長が少女を見殺しにした。
これは間違いなくこの国に、それこそスズカゼという人物に亀裂を生むだろう。
だからこそ、手は出せない。
今、目の前に居る黒尽くめの者が行っている行為はそういう事なのだ。
「……阿呆か? 貴様等」
だが、ゼルやリドラ、ジェイドの表情は何ら変わらない。
生け簀の中の魚を捕まえるのでは無く、生け簀の中の死骸を拾い上げるように。
ただ坦々と、粛々と、堂々と。
「二人だ」
「……あ?」
廃墟の壁は脆い。
長く雨に打たれて腐ったり、害虫により内部から食い荒らされる事もある。
それが廃墟ならば尚更だし、当然だろう。
「二人、忘れて居るぞ」
だからこそ気づけなかった。
黒尽くめの男達は、気づけなかったのだ。
光速で街を駆ける白が、彼等の会話の終わりまでに炎上する邸宅に着くのは当然だ。
そして、そこで待つ少女に内情を聞く事も、必然なのだ。
「……は?」
まず、その疑問を口に出したのは何も持たない黒尽くめの者だった。
彼の腕の先にはあったはずの物が無くなっていたのだ。
それは少女ではない。
自らの、手だった。
「ぁぁああぁああああぁあああああ゛あ゛あ゛ぁ!?」
廃墟の壁を貫通し、その者の手を吹き飛ばした魔術大砲。
廃墟の壁を破壊し、その者を無慈悲に全力で殴り飛ばす木刀。
それらはほぼ、同時だった。
「っしゃぁあああ! どんなモンじゃぁあああ!!」
「うるさい。貴様はさっさと残る二人を殺れ」
余りに一瞬。
まるで、初めから計算されていたかのように。
いや、実際の所されていたのだろう。
生け簀の中の魚? 死骸? いいや、違う。
餌でしか、なかったのだ。
「ーーーー……よく聞きなさい、真っ黒軍団」
前門の虎後門の狼ならぬ。
前門の剣後門の炎だ。
虎と狼相手ならば勝てたかも知れない。
だが、剣と炎に勝てる道理は無い。
「ここは私の街。皆が暮らし、笑い会える街」
黒鉄と白銀は月光を反射し。
黄金と白銀は闇夜に唸り。
紺藍と曲がった背筋は口端を緩め。
桃色と白炎は暗闇を切り裂き。
「私の仲間に、民に手を出したことはーーー……」
黒尽くめの者達に、それはどう映ったのか。
ただの暗殺対象か、それとも自らを追い詰める獰猛なる獣か。
否、そのどちらでもなくーーー…………。
「地獄の果てで後悔しろ」
ただ、恐怖の対象として。
第三街の守護者として。
己等の命を狩る者として。
「ーーーーーーーッッッ!!」
即座に、逃亡することを選んだ。
鋼鉄を拳に纏った者は何も持たない者を抱き抱え、魔法杖を持つ者へと飛びついたのだ。
それと同時に彼等の姿は歪み、蜃気楼が如く消えていった。
かなり高技術な魔法なのか、それとも追う必要がないと判断したのか。
その場に居る誰一人として、彼等の行く先を追う素振りは見せなかった。
「……追わなくて良いんですか?」
「解りきったこと聞くなよ、スズカゼ。今、追って何になる? 奴等は手練れだ。全員で追い詰めて、やっと逃げさせる事が出来たぐらいなんだぞ」
「その獣人の少女を置いてけぼりにする訳にもいかない。……かと言って手分けすればどうなるか。説明は不要だろうな」
「はぁー……。街にあんなのを放っておく方が不安ですけど」
「第三街の壁は囲んであるし、任務に失敗した暗殺者が生きていられるほど裏世界というのは優しい物ではない。その点に関しては心配無用だ、姫よ」
「……ファナさんが居ませんけど」
「放っとけ。どうせ見つからずに帰ってくる」
「空き地に?」
「あ?」
「南部の空き地に?」
「……そりゃ、そーじゃないの?」
「私、思うんですけどね」
真っ先に駆けだしたのはファナだった。
多分、彼女は獣人が大嫌いなのだろう。
いや、それは確信の上での言葉だ。
彼女は言葉を聞けば不快感を示し、顔を見れば嫌悪感を示す。
それ程までに獣人が嫌いなのだ。
「あの人は獣人が嫌いなんです」
「……今更だな」
だけれど。
「だけど、あの人は獣人を見つめ直してる」
ファナは、獣人の少女を救おうとした。
どうして嫌っていたのかは解らない。
だから、どうして見つめ直そうとしているのかも解らない。
けれど、彼女は獣人の少女に算数を教えていた。
救おうとしていた。
そして現に、救った。
「だから、私はあの人を仲間だと思います」
少女は屈託の無い笑顔でそう呟く。
闇夜の静寂の中では、その呟きは余りに確かで、大きかった。
ゼルやリドラ、ジェイドはその言葉に反論するはずはなく。
ただ呆れたような、だけれど何処か嬉しそうな笑顔で頷いていた。
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