騎士団長の憂患
「第一部隊は前へ! 倉庫の右方に壁を作れ!!」
「「「了解!!」」」
髭を蓄えた初老の男が大声で指示を飛ばし、老若の兵士達がそれに従って走っていく。
お世辞にも完璧な隊列とは言えなかったが、それでもこの小国にすれば充分な練度と言えた。
現に隊長である髭を蓄えた初老の男はそれを満足に見ている。
「まさか東の大国の騎士団長であるゼル・デビット様に指揮を補助していただけるとは、光栄の極みでございます。私も安心して三部隊を指揮……、いえ、実際の指揮は貴方も同然ですな」
「まさか。他国の人間の命令に安心して従う者など居ませんとも。それこそ隊長殿のご采配があってこそです」
「いえいえ、ご謙遜を。……それに、貴方様もご令嬢の身が心配でしょうに」
「えぇ、全く」
外面では第三街領主の事を案じる忠義心溢れる騎士を演じるゼルだが、内心はそんな物ではない。
実際のところスズカゼが死ぬ可能性は、高くないはずだ。
と言うよりも、ほぼ無しに近い。
相手方もスズカゼの名は聞き及んでいるだろうし、本気で殺しに行こうとはしないはずだ。
そんな事をすれば東の大国を敵に回すのだから当然だろう。
と、なれば表面上はスズカゼの捜索を優先して行う事を名目にして手伝い、実行するのはーーー……。
「隊長殿、第二部隊を左方での壁に。第三部隊を後方よりの壁にしてください」
「全て壁ですか!? そ、それですと賊を討つ部隊がありませんが……」
「それで良いんですよ。トレア国王であるナランタ様が指名したのは人員の保護。つまり、相手を追い詰めるのは良いが相手を刺激はしない、と。そういう事です」
「保護を優先しろ、と」
「その通りです。……相手に好き勝手されて如何なのは存じ上げますが、ここは堪忍を」
「っ……、解りました。資源などまた作れば良い。何せ、我が国だけでなくこの辺りの国領域はそれが武器であり盾なのですからね!」
「その意気です、隊長殿」
得意げに胸を張る隊長に、ゼルは賛同する。
そうでもして煽てておかないと万が一にも海賊を討つなどと言い出しかねないからだ。
実際、ゼルが最も恐れているのはスズカゼどうこうではなく、この兵士達の動向である。
もしここで船でも沈めよう物なら、もしここで海賊達を追い詰めよう物なら。
今までじゃれ合いで済んでいた虎との戯れを殺し合いにしてしまいかねない。
ならば平穏に、どうぞお帰りくださいと門を開けて差し上げるのが礼儀作法という物だ。
「ゼルさん」
と、腹黒く考えていた男に声が掛かる。
先程まで空から少女の行方を捜していたハドリーが、彼の後ろへと降り立ったのだ。
その雰囲気と表情からしてスズカゼは見つからなかったのだろう。
ゼルはご苦労、という言葉を述べて眼前へ振り向こうとしたが、その違和感に気付く。
「随分と汗を掻いてるな」
「それが、火の回りが早いんです。私も危うく焼き鳥になる所でした……」
「お、おう……、お前でも冗談とか言うんだな」
「まぁ、周囲が周囲ですので。火の方は使用人の方々が消していますけど、思ったよりも大規模ですよ」
「ったく、資源奪盗に随分と手間暇かけやがって……」
本当に、手間暇を掛けすぎている。
略奪など人質一人取ってぎゃあぎゃあと喚けば良いのだ。
それを爆破までするというのは、度が過ぎているのではないか?
現にこうして火が広がりすぎている。消すのは手間だし、復興もままならないはずだ。
連中が資源だけを狙う賊ならば、ここまで被害は広げないだろう。
何せ作物の採れる畑を潰すような物だ。人員的被害が出ないようにしてまで手間を掛けた畑を。
果たしてそれが、海賊という名の農民のする事か?
「……何を企んでやがる?」
「ゼルさん?」
「気にするな。それより、スズカゼ捜索を続けてくれねェか? 見つけたら声は掛けなくて良いし放置して良い。まず俺に報告するんだ。……まぁ、死にそうだったら助けてやってくれ」
「はい、了解しました」
「おう、頼む。……さて」
今はこれで良い。
この先、いや、もしかすれば現在かも知れないが。
恐れるべき事態は先に述べた海賊が手抜きを止めること。
そして、もう一つーーー……、スズカゼがカイリュウ海賊団に関わっていることだ。
関わっていれば必然、自分達もこの事態に巻き込まれるし、スズカゼ・クレハの性格からして解決まで持って行かされる事になる。
面倒事一つで済むはずもないし、これだけは是非とも避けたいが……、多分、と言うか間違いなく無理だ。
となれば当然の摂理になるが、防ぐべきは海賊団が手抜きを止める事になる。
だから、こうしてトレア王国の兵隊に付き合っているという訳だ。
「それに、今は人手が欲しいんだが……」
ゼルの思考に微かに映える一人の男。
言わずもがな、それは食事が終わるなり外へと飛び出したアホだ。
人手が欲しいのだから、あんな男でも役に立つというのに。
当の本人は何処に居るかも解らない。
全く、本当に役に立つときは役に立つが役に立たないときは役に立たない男だ。
「……面倒事になってくれるなよォ」
降り出した雨に土砂降りになってくれるな、と願うが如く。
望みなど殆どない願いを持って、ゼルは双眼を強く閉じる。
瞼裏には闇しかないが、そう遠くない内に面倒事が次々と映ると思うとーーー……。
「憂鬱だ」
その言葉しか、出て来なかった。
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