倉庫への襲撃
「あの方向には何があるのです!?」
「倉庫と使用人待機室が! 恐らくまた資源を狙ったのでしょう……!」
悔しそうに奥歯を噛み締めるナランタ。
ゼルもそんな彼に掛ける言葉が見つからず、眉根を寄せる事しか出来なかった。
その間も、彼は微かながらに思考している。
今から行動を起こすべきか? いや、奴等は何故か人に手は出さない。
ならば事を荒立てる結果になるであろう自分は行くべきではないのだろうかーーー……、と。
そんな風に思考する彼とは違い、ゼルの捕まえた使用人は、かなりおどおどした様子でナランタへと言葉を向け始めた。
「な、ナランタ様! あちらには御客人のお荷物が……」
「構いません。まずは避難を優先してください! 決して一人として怪我人を出さないように!!」
「は、はい!」
飛び上がった様に姿勢を正した使用人は、直ぐさま左右どちらに進めば良いのか解らないように慌てた後、急いで黒煙の元へと走っていった。
彼に指示を出し終えたナランタは一息つくと、ゼルの方へと体を向け直し、深々と頭を下げた。
「誠に申し訳ありませんが、皆様のお荷物より私の部下達の安全を優先させていただきます。この保障は必ず……」
「要らん。物は作れば良い、金は稼げば良い。……だが、人は作れも稼げもしないのだからな」
ナランタの言動に眉根を寄せたままそう言い放ったゼルは数秒後に、失礼、素が出ましたと謝罪の言葉を述べる。
驚愕に目を見開いたナランタは彼の謝罪に返事にならない返事を返すことしか出来なかったが、それでも落ち着きを取り戻すとありがとうございます、と率直に礼を言った。
「ゼル様、こちらは……」
「えぇ、解っています。私達が行ってもろくな事にはならないでしょうから。未だ人員被害無しのそちらを信じますよ」
「ありがとうございます」
ナランタは礼を述べ終えると、大きく息を吸い込んで背を軽く仰け反らせた。
人間拡声器が如く、彼は凄まじい大声で逃げ惑う人々、黒煙へ向かう兵士を一喝する。
「皆の衆! これ以上、我が国の俗物を、賊物共を蔓延らせるな! 迎え撃つぞ!!」
彼の声に呼応するが如く、全ての使用人や兵士達が出来る限りの声で了解と答える。
皆が皆、彼の一言で落ち着きを取り戻し、各方向へと走り始めたのだ。
ナランタが命令を下したわけではない。
彼等が自己で判断をし、自己で動いているのだ。
「……成る程」
ゼルは納得したように唸り、顎を引く。
成る程、道理で死者が出ないわけだ。
この国の兵隊は[逃亡]の二文字を背負うことは無い。
危なくなったら逃げるし、限界まで到達する事がない。
言ってしまえば兵隊と言うよりも自警団だ。
成る程、平和な国の兵隊としては上等ではないか。
見ての通り自衛力など無くとも、人員を失えばさらに資源を失う事になりかねない。
人員とて資源なのだから。
「ま、何はともあれ俺達は待機だな。無駄に手を出したら何があるか解ったモンじゃー……」
「ゼルさん!」
「どうした、ハドリー」
「スズカゼさんが卵ぉぉおおお! と叫びながらあちらに走ってきました!!」
ゼルは両掌で顔を押さえ、その場に蹲る。
ほんの数秒の静寂の後、彼は涼やかな顔で、と言うよりは何処か達観したような表情でさらりと述べた。
「聞かなかった事にして良い?」
「駄目だと思います……」
《王城・倉庫》
「ひっ……!」
若い女の使用人は、業火を背に腰を抜かしていた。
彼女の視界の先に映るのは、青と翡翠の入り交じった頭髪を火炎に照らしながら自らへと近付いてくる、男の姿だった。
男の表情は焔の影によってよく見えないが、その背に背負われた大きな荷物からして、何者かを判断するのは難しくないだろう。
前門の賊、後門の焔。
彼女に逃げ道は、ない。
「はい邪魔ァアアアアアアアアアアアッッッッッ!!」
女性の視界に映ったのは。
男、靴、足、尻、背中、腕、顔。
まるで写真でも見せられているかのように、遅々と。
少女が両足で男を蹴り飛ばす姿が、刻々と視界に映ったのである。
「大丈夫ですか!」
「えっ、えっ?」
「何もされてませんか!?」
「えっ、あっ、はい」
「じゃあ、逃げて! すぐ火が回ってきますよ!!」
少女の急かしに女性も誘われ、彼女は抜けていた腰を必死に立たせて、その場から這うようにして逃げていく。
彼女の背中が見えなくなったのを確認し、少女はゆっくりと眼前へと振り向き直した。
そうして視界に入ってきたのは、自らの蹴り後を袖元で拭うの男の姿。
「名前は何だ、ガキ」
「スズカゼ・クレハ」
「スズカゼか、スズカゼ……。何処かで聞いた……。あぁ、そうだ。東の大国のお偉いさんだったな。獣人の姫、だっけか?」
「えぇ、まぁ。そういう海賊さんのお名前は?」
「カイリュウ・ジレンターラ。カイリュウ海賊団船長だ」
「へぇ……、海賊団は女性に手を出すんですか。しかも船長が」
「無知だな、ガキ。黙ってろ」
「黙りませんよ」
スズカゼは紅蓮の刃を鞘より引き抜き、焔光の元に晒し出す。
刀を抜いた彼女の豹変振りにカイリュウも気付いたのか、先程とは打って変わって真剣な眼光を唸らせる。
彼は指の出た手袋を前面に構え、スズカゼと対峙した。
「上等だ。その偉そうな鼻面、へし折ってやる」
「折れる鼻なんてありませんけどね……!」
読んでいただきありがとうございました




