街行く暇人と海賊の現状
《城下町》
「……んー」
城下町を歩くメタルの表情は、嬉々としながらも何処か不安げだった。
尤も、本人もその不安の理由をわかっている様子はなく、解らない気持ち悪さに近い物を感じているようだ。
その気持ち悪さが何なのか。
何か違和感を感じているからなのか、それとも先程、食べ過ぎたせいなのかは解らないが。
取り敢えず、感じていた。
「良い街、なんだけどなぁ?」
嘗てこんな風に一人で街を歩いたこともあった。
確かあの時はクグルフ国だったはずだ。
あの時は感じなかった不安が今はあるのだが、その原因は何だろうか。
不安と言えば、メイドの代わりにゼルが居るのだから戦闘面での不安はないはずだ。
その代わり、別の面では大いに不安なのだが。
「……んー?」
もう一度、懐疑の声を出して彼は周囲を見渡した。
街は非常に良い雰囲気だ。
活気ある商店街に、良い風貌のにこやかな人々が通り過ぎる大通り。
商品も資源豊富な南国らしく煌びやかに飾られているし、親子連れやカップルの表情に不幸の二文字は無し、身形も良い。
ならば、この不安は何だ?
自分の直感は信じるタチだが、こうも理由が判明せず不明瞭では、その[直感]ですらも疑いたくなってくる。
「フェイフェイ豚の焼き肉が800ルグ。……安いな」
流石は資源豊かな南国。色々な物品が安い。
ついつい財布を取り出したくなるが、腕輪の中に眠る布袋の中には6ルグしか入っていない。畜生。
「まぁ、さっき腹一杯食ったし!」
自分に言い訳をしながら、彼は街を歩いて行く。
一人旅をしていると、どうにもこういう時間が多くなってくる物だが……、やはり飽きない。
一度一度の景色が全て変化するのだから、相当な急ぎ人でなければ飽きるはずもないのだ。
その点、暇人というのが別名に近くなっている自分は飽きる事もない。皮肉かよ。
「……しっかし、何だかなぁ?」
本当に、何だと言うのか?
この不安というか不穏というか。
心の中の端っこに靄が掛かったこの様子。
果て、如何とすべきか。
「取り敢えず散歩しようか」
その結論に辿り着くのだから暇人と呼ばれている。
彼がその事に気付くのは、果たしていつなのだろうか。
《王城・広間》
「あの、あの方……、飛び降りましたが」
「大丈夫ですよ。アレですし……」
遠い目のゼルに対し、ナランタは微かな苦笑を漏らす。
それはそうと、と話を置き換え、ゼルは視線を彼へと戻した。
「昨今の海賊騒ぎ、御国はどうご対応に?」
「……あぁ、耳の痛い話になりそうですね。その通り、我が国は現在、海賊騒ぎに悩まされています」
「その件なのですがね、私達もこの国の領地に滞在している身。いつ被害に合うかも解らないのは面倒ですし、私達が……」
「いえ、それには及びません」
「……何故です? 今回、私達を招待したのは」
「いえ、それは単純に私達の親愛の証です。礼儀とも言い換えられますね」
「では、海賊騒ぎはそちらだけで終結させると?」
「はい。残念ながら決定的な手はありませんが、こちらも対応はしています。資源的な被害は痛いですが、人員的な被害は全く無し! これはもう奇跡と言えるでしょう」
「それは相手の力不足なのか、それともそちらの実力なのか」
「お恥ずかしながら相手の力不足、でしょうね。こちらも常備軍は備えていますが、実力は大国軍には大きく劣ります。それに、事実、資源的被害は出ていますしね」
「……そうですか」
違う。資源的被害が出た上で人員的被害が出ていないという事は、相手の力不足が原因ではないのだ。
むしろ真逆。相手の力不足が原因ではなく、相手の力加減が原因だ。
そんな器用な真似が出来るのは相手を一回り、二回り以上の実力を持っている者だけだろう。
「ふむ……」
つまり、海賊はトレア王国を遙かに上回る実力を持っている。
確かに資源に頼る一国なのだから軍事力は少なくとも無理はない。
常備軍と言っても、所詮はサウズ王国騎士団の一割にも満たないだろう。
まぁ、普通はその程度の力さえ持っていればある程度の自衛は出来るのだから問題はないはずだが。
と、なれば相手の海賊団は一般的な略奪団であるはずもない。
「相手の情報は?」
「少なくとも十数人以上でしょうね。海賊団船長はカイリュウ・ジレンターラ。この国の出身者で、昔は悪ガキ程度だったそうなのですがね……」
「そうですか。なるほど」
ゼルは微かに眉端を動かすと、ワイングラスを傾ける。
光に照らされ美しく輝くワインは、まるで宝石のように見える。
だが、その輝きはどうしても海の輝きには劣ってしまう。
「まぁ、今はじりじりと追い詰め始めています。そう遠くない内に解決しますよ」
「ほぅ、では安心……」
だが、ゼルの微かな安堵は一瞬で断ち切られる事となる。
城内に女性の絹を裂くような悲鳴が響き渡り、彼等の耳を劈いたのだ。
それが異常な事態の幕開けのベルであると気付かない者がどうした居ようか。
ゼルは扉を突き飛ばすようにして部屋から退出し、スズカゼとハドリーもその後に続く。
全員が部屋を退出して数秒後、ナランタは遅れるわけにはいかない、と慌てて駆けだし始めた。
《王城・正門》
「おい、何があった」
ゼルは逃げ惑う人々の一人、恐らくは使用人らしき人物を捕まえた。
その男は額に冷や汗を浮かべて顔を引き攣らせており、言葉の一つ一つが不明瞭だったが、後ろから走ってくるナランタを見るとある程度は落ち着いたようだ。
彼は大きく一度深呼吸をして動揺を消し去り、事情を説明し始める。
「う、海からカイリュウ海賊団が……!」
その名を聞いた途端、ナランタは顔色を変えて後方へ視線を向ける。
それと同時か、それとも数秒前か。
彼が視線を向けたその先からーーー……、爆音と黒煙が弾けだしたのは。
「……安心出来そうな雰囲気ではないですな」
「えぇ、全くです……!」
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