お持て成し
《王城・広間》
「おぉ……!」
両拳を握り締め、メタルは感激の涙を零す。
彼は自らの前に並んだ豪華な食事に手を付けるよりも前に、余りの豪華さを前に感嘆しているのである。
「食って良いのか!? これ全部!!」
「え、えぇ、どうぞ……」
若干引き気味なナランタが許可すると共に、メタルは凄まじい早さで食料を掻き込んでいく。
その早さたるや、他の面々が呆然としてしまう程である。
「すいません、ウチの馬鹿が」
「い、いえいえ! お気になさらず! ゼル様こそ、どうぞお召し上がりに」
「では、遠慮なくいただくとしましょう」
会話もそこそこに、彼等はお持て成しの料理を食し始める。
スズカゼとハドリーもまた、遠慮がちに料理に手を付けていた。
食べてみると、どうだ。野菜は甘く、良い具合に苦みがある。
ただ甘いだけではない味というのは、如何様にも美味ではないか。
肉も肉で甘いだけでなく蕩けるように柔らかいのに、しっかりとした歯応えがある。
柔らかいのに歯応えがあるとは、また不思議な味わいだ。
「良い肉ですな。こんな肉、私とて数度しか食った事がありません」
「今日のために急ぎ仕入れましてね。お喜びいただけて何よりです。……しかし、サウズ王国と言えば東の大国。資源も豊富なはずである四大国の騎士団長様が数度しか食べた事がないとは……」
「まぁ、大層な肩書きはあっても結局は男爵ですからな。質素倹約が我が家のモットーなのですよ」
「そう言えばそうでしたね。何でも獣人を庇ったが為に地位を落とされたのだとか?」
「後悔はしていません」
「流石です。我が国ですと人も獣人も差別をする事はありません。貴方のような思想を目指して日々を過ごしているのです」
「はっはっは、これは有り難い。誰も彼もがそうだと嬉しいのですがね」
彼は真っ赤なワインに口を付ける。
味からして恐らく数百万は下らない、凄まじく高価なワインだ。
資源豊富な国とは言え持て成しにとんでもない費用を掛けたらしい。
そこまでの余裕があるとは、資源様々と言った所だろう。
いや、それにしても流石に費用を掛けすぎだ。
「……大国、か」
「ん? どうかしましたか?」
「あぁ、いや、何でもないですよ」
再びワインに口を付け、ゼルは思案を中断させる。
持て成しは持て成し。有り難く受けてしまえば、それで終いだ。
面倒事の種娘を引き連れさせられた代金としては充分だろう。
「……何か難しそうな話してますねー」
一方、こちらはスズカゼとハドリー。
彼女達は遠慮がちに料理を摘みながら、横目にゼルとナランタを観察していた。
料理は美味いと言えば美味いのだが、この度が過ぎていると言える程の持て成しに緊張して、それどころではないのだろう。
「一国の王と騎士団長として色々と話しているのでしょう」
「っぽいですけど……。これマナーどうこう以前に食べるのが憚られますよ」
「わ、私もちょっと……。あそこで馬鹿食いしてる人はどんな精神してるんですか?」
「馬鹿の精神だと思います」
真顔で答えたスズカゼに苦笑しながらも、ハドリーは心を落ち着かせる意味も込めて周囲を見渡した。
室内はサウズ王国には劣る物の、それでも充分なほどに豪華な装飾が施されており、それら一つ一つは美しく磨き上げられていて眩しいほどに光輝いている。
自分達の来訪により清掃を施したのだろうが、相当な手間暇が掛かったはずだ。
相当、歓迎されているようだが、当の本人は緊張でそれ所ではないーーー……。
「……あれ? スズカゼさん、卵はどうしたんですか?」
「預けましたよ。荷物と一緒に」
「あ、あんなに大事そうに持ってたのに!? 意外ですね……」
「盗られましたよ。荷物と一緒に」
「何で訂正したんですか!?」
スズカゼが言うには荷物を預かられる時にこちらも、と言われて断ったのだが、ゼルが預けとけ、と彼女から卵を取り上げたらしい。
流石に荷物を持ったままというのも無礼に当たるだろう、と付け加えられたので彼女も仕方なく預けたが、内心、卵のことが気が気では無い状態だ。
「凄い拘りようですね……」
「あの卵抱えてるとほんのり温かいんですよ。生命の息吹というか、本当に安心する心地良さで……」
「中毒症状じゃないですよね……?」
スズカゼから返事が返ってこない事にハドリーが冷や汗を流している頃。
白銀の食器を置き、メタルはふぅと一息ついた。
彼の前に会ったはずの数人前の料理は始めから存在していなかったかのように消えており、代わりにメタルの顔のやつれは無くなっている。
よくもまぁ、この数分の間に全て食べ尽くした物だとハドリーが感心していると、その男はぐーっと背を伸ばしてゼルとナランタの元へと歩き出し、何か言葉を交わし始めた。
それも数十秒ほどで、二人が納得したように軽く頷くと、次はこちらに歩いてくる。
「食い終わったから外歩いてくる! もう許可貰った!」
「……そんな外に遊びに行く子供が母親に許可を求めるみたいな」
「強ち間違ってもないって言うね。良いんじゃないですか? 別に止める事もなし……」
「おっしゃー! じゃ、ちょっと遊んでくる!!」
そう言うと彼は近場の扉を力強く開いて、そのまま飛び出していく。
元気が良いですねぇ、とハドリーは微笑んでいたが、スズカゼはふとここに来るまで登った階段の長さを思い出す。
……まぁ、彼女がメタルさんだし、という結論に至るのにそう時間は掛からなかったのだが。
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