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獣人の姫  作者: MTL2
彼女と獣人
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街駆ける白き炎

【サウズ王国】

《第三街南部・空き地》


「姫……!」


第三街南部の空き地には、棒きれを地面について膝を折る少女の姿があった。

目立った外傷こそないが酷く息切れしており、彼女の持つ棒きれには幾十もの傷が走っている。

ジェイドとゼルは彼女へと駆け寄り安否を確認するが、ファナだけはその場に留まって周囲を見渡していた。

見当たらないのだ、何処にも。

いつも自分にくっついてきた少女の姿が。


「……スズカゼ。あの子は、あの子は何処だ?」


ファナの問いに、スズカゼは汗に塗れた面を上げる。

その表情は疲労困憊の物ではなく、無念を痛感するような様子だった。

多くを語らずとも、鈍い光を宿す瞳。

ファナは彼女のその眼光から一つの事実を読み取った。


「連れ去られたのか……!」


スズカゼは項垂れるようにこくりと頷いた。

ゼル達が爆発源へと走り出してから数分もしない内に彼女達は襲撃を受けたのだ。

黒尽くめの、三人組の男達に。

スズカゼは落ちていた棒きれで二人を撃退することには成功した。

しかし、残る一人。

鋼鉄を拳に纏った男に勝つことは出来なかったのだ。


「あの男は強くて……、私は防戦一方だった……! その隙に残る二人があの子を……!!」


「……ゼル」


「解ってる。ファナ、お前は姫を……、ファナ?」


ゼルの言葉に応える者は居ない。

先程まで四つあったはずの人影は、既に三つとなっていた。

その代わりに残るのは、焼け焦げたかのような地面。

それこそまるで、その場に存在していた何かを掻き消したような痕だった。


「あの馬鹿ッ……!!」


月が雲に隠れ、闇が増す頃に。

第三街には一閃の白炎が飛影していた。

星々の光すらも蹂躙しかねない、目映い白炎。

その先に至るのは、一人の少女だった。



《王城・女王私室》


「……随分と、城下が騒がしいみたいだな」


「うるさいわね。少し静かにしてくれる?」


月光の照らす、豪華絢爛な室内。

そこには衣服を脱ぎ捨ててベットに横たわる女王、メイアの姿があった。

彼女は硝子窓となった天井から差し込む月光を眩しそうに腕で遮っている。

妖艶なその姿に目もくれず、別の、第三街までをも見渡せる窓際に立った男は透明の水が入ったグラスを片手ににやりと口端を緩めた。


「お前がバッペル酒飲み過ぎるからだ。ザマーミロ」


「貴方が土産だと嬉々とした表情で持ってくるからよ……、あぁ、頭痛い」


「バッペル酒は常人が飲めば酔い死ぬんだけどなー。その点は流石か」


「そんな事はどうでも良いのよ……」


「そりゃ失礼したな」


窓際にもたれ掛かった男はケラケラと軽快な笑い声をあげる。

メイアは至極不機嫌そうに男を睨むが、彼は特に自重する様子は見せない。

それどころか、彼女のそんな様子を見てさらに笑い声を上げた程だ。


「あはー、笑った笑った! ……えーっと、それで、だ」


男はその手に持っていた透明の水を、常人が一滴飲めば酔いつぶれ、一杯飲めば酔い死ぬというバッペル酒を。

一気に喉へと流し込み、再び器にそれを見たし、同じ行為を繰り返した。


「国に寄生してる虫ケラをまだ生かすのか?」


今までと何ら変わらない声で、彼はそう呟いた。

メイアも自らの肌を覆う白布を首元まで引き上げて、彼の言葉に同意するように顎を引く。

男は彼女のそんな反応を見て、詰まらなさそうに血のような、紅黒い瞳を細めた。


「国の長ってのは解らないね」


「貴方のように放浪しているなら気は楽でしょうけれどね」


「おいおい、放浪人だって目の前で起きてる問題は放っておかないぜ?」


茶化すような男の言葉に、メイアは口元まで引き上げていたシーツを放り投げた。

芸術という言葉ですら物足りないような、彼女の美しい曲線美の描かれる裸体。

世の男性がそれを見たならば、劣情を抱くよりも前に、余りの美しさに絶句することだろう。

だが、男はそんな彼女の姿を見ても眉一つ動かさなかった。

いや、それどころか彼女の反応を嘲笑うが如く口端を吊り上げたのだ。


「……別に、貴方の思ってるような事はしないわよ」


「何だ、詰まらんな」


「この程度の事を乗り越えないようじゃ、権利剥奪するだけよ」


「……おぉ、怖い怖い」


男は嘲笑うように肩をすくめ、細めていた眼を嬉しそうに歪める。

メイアは彼の反応など関係ないかのように、手元にあった薄絹の衣服を身に纏った。

男もまた立ち上がり、バッペル酒の瓶口を鷲掴みにして口付けし、一気に飲み干した。


「ぷはーーーっ! 効くねぇ!!」


男は満足そうに声を上げ、空となった瓶を机に落とすように置いた。

それと同時か、それとも少し後か。

窓の外、男の視界に映っていた白き光はその輝きを消し、闇の中へと消えていった。


「……乗り越えて見せろよ、獣人の姫様?」



《第二街西部・廃墟街》


崩壊仕掛けの、柱や土台が剥き出しとなった廃墟。

第二街の最端にある境界壁建設のために作られた、臨時の街。

そこは既に使用済みとなって解体を待つのみなのだが、最近の暴動によって延期されている、という所だ。

そして、そこには複数人の者達が居た。

彼等は皆、等しくその身を黒に包み、そして等しく常人とは違う雰囲気を放っている。

また、彼等を包む静寂の中には一つの吐息の音色が混じっていた。

黒尽くめの者達の足下に転がった少女は、寝苦しそうに吐息を漏らしているのだ。

しかし、そんな静寂すらも切り裂くように、廃墟へと黒尽くめの者が飛び込んでくる。


「隊長、例の女が……!」


黒尽くめの男が最後まで言葉を吐くことは、最期まで無かった。

顔面の八割、即ち下顎より上部全てを吹き飛ばされたのだ。

人間の発するべき声ではない声を漏らし、垂れ流しながら地面へと沈んでいった。


「思ったより遅かったな、王城守護部隊副隊長、ファナ・パールズ」


その場に居たのは、五人の黒尽くめの者達だった。

拳に鋼鉄を纏った者、魔法杖を持つ者、背に棍を背負う者、何も持たない者、眼鏡を掛けた者。

彼等の中心に座った者を除き、他の面々は特に物言わずファナへと視線を向けてきている。

五人の者達に視線を向けられているというのに、ファナは一切動じず、彼等の背後に注視していた。


「あの子は、何処だ?」


「無事だ。勿論、手も出していない」


「返せ」


「返すとも。その代わり、第三街領主スズカゼ・クレハの身柄を預かるがな」


「結構。三分後にまたここに来る」


月光の差し込む屋内でファナは踵を返して外へと歩み出した。

黒尽くめの者達は驚いたようにざわざわと声をあげるが、拳に鋼鉄を纏った男はそれを制し、静かに唇を開く。


「……驚いたな。まさか承諾するとは思わなかった」


「あの程度の小娘、幾らでも代えは効く」


「では、我々の後ろに居る少女は代えが効かないのかね?」


男の言葉に、ファナは何も反応を示さない。

ただ男の条件に応えるように、スズカゼを迎えるべく。

月夜の道を歩き始めていた。


「あぁ、全く。ただの暗殺仕事が、どうしてこうも被害が出る事に……」


頭を抱えた男の頬先を削り、その両端に居た者の顔面を貫く閃耀。

額から鼻先に掛けてまでを銀色が分断し、血肉の飛沫が男の衣服へと飛び散った。

男はそれを理解する事も出来ず、理解しようともせず。

いいや、理解することすら拒んでしまうほどに。


「何が結構、だ! 良いワケあるか!!」


「何、構わんさ。どのみち、取引など応じる必要はないのだからな」


その男達は。

片腕に黒金を眼には深緑を。

その眼に黄金と手には白銀を。


「……馬鹿な」


早すぎる、幾ら何でも。

依頼者からの情報通りならば、連中が到着するには数時間の時間が必要だったはずだ。

自分達の行いによって第三街と外部への道が防がれるのは承知済み。

だからこそ、奴等は生け簀の中の魚を捕まえるように、第三街を探し回るはずだった。

それこそ、ファナという人間がスズカゼを連れてきていることにも気付かずに。


「ーーーーーッッ!!」


魔法杖を持った者と何も持たない者、そして鋼鉄を拳に纏った者は全力で後退し、仲間の屍に剣と刀を突き立てる二人から距離を取る。

ゼルとジェイドは肉塊から刀を引き抜き、再び自分の前へと構え出した。


「あの女が……! ファナ・パールズが喋ったのか……!?」


「まさか。あの単独馬鹿がそんな事するか」


「だとすれば何故! こちらに来れた!? 我々の潜入先を、予め知っていたとでも言うのか!?」


「それこそ[まさか]だな。種明かしが必要かね?」


ゼルとジェイドの間から、のそりと姿を現した紺藍の長髪を揺らす男。

彼は得意げに口端を歪ませて、濁った眼で黒色に視線を向ける。

即ち彼、リドラは。

今回の一件全てを解き明かした彼は。

のそり、のそり、と。

生け簀の中の魚を追い詰めていく。


「[鑑定士]、リドラぁっ……!!」


「ハロウリィ、諸君。それでは、種明かしといこうか」



読んでいただきありがとうございました

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