トレア王国へ
【トレア平原】
「……それで結局」
見慣れない兵士が引く獣車の中。
座席に座る一人の男が顔を押さえながら深くため息をついた。
そんな男と違って、他の面々は彼の気苦労など露知らずと言った風に満面の笑みを浮かべている。
「このメンバーに落ち着いたのかよ」
「えぇ、まぁ」
鉄の腕を持つ男の言葉に同意したのは、紅と白の入り交じった斑色の卵を持つ少女だった。
少女はまるで宝物のように卵を抱えており、表情はとても明るい。
それに反するように暗く沈んだ男は、少女の左右に座った獣人の女性と枯れ果てたように腹を押さえて椅子に沈む男へそれぞれ視線を向けた。
「で、ハドリーとメタルもか」
「ハドリーさんは私のマナーだとかを注意してくれるそうです。メタルさんは暇と言えばこの人しか浮かばなかったので、つい」
「確かにそうだが言ってやるなよ……。って言うか、何で沈んでんだ?」
「何も食べる物が無かったそうで、この有様に……」
「いや、何か食わせてやれよ」
「卵食おうとしたんで蹴り飛ばしました」
「これ腹減ってるから腹部抑えてんじゃないのかよ!? お前何してんだ!!」
「いや、それを言うならどうしてゼルさんは来てるんですか? ジェイドさんは海賊騒ぎがあるから別荘に残るそうですけど」
「俺は海賊騒ぎについてトレア王国の王に色々と聞きたいんだよ。それに、トレア王国でお前が女性を襲いだしたら止めなきゃならんだろ」
「私、女なんですけど……。何言ってんですか……」
「お前この前の自分殴って来い」
トレア王国より正式に使わされた獣車は騒ぎ立てる室内とは関係なく平原を進んでいく。
別荘を出て既に数時間。もう暫くもしない内に目的地に到着するはずだ。
それまでに室内の喧騒が止むかどうかは解らないのだが。
【トレア海】
「……ふー」
蒼快な海の中、空に浮かぶが如く渚を生む一つの船。
その船上では海と対を成す蒼快を眺める男の姿があった。
男の口に咥えられた萎び筒からは白煙が立ち上っており、微かな煙は風に攫われていく。
「船長。準備、出来ました!」
「おう」
船長と呼ばれた男は萎び筒を口から外し、手元にある銅皿の上に押しつけた。
ベルルークのは美味いが高いのが玉に瑕だ、と愚痴を垂れながら。
青と翡翠の入り交じった頭髪を掻き上げ、群青色の瞳を細めて。
銀鮫に×印が刻まれた手袋を填めながら、立ち上がる。
「行くぞ、テメェ等」
男の声に、十数人の屈強な男達が応と声を上げる。
船は波を荒立たせ、その進行方向を糸穴ほどにしか見えない島へと向けた。
【トレア王国】
《正門》
「よぉーこそいらっしゃいましたぁーーーー!!」
仰々しく手を広げた男の声に合わせて豪華絢爛な楽器が鳴り響き、可憐な女性達が薄絹を纏って踊り舞い、兵士達が銀箔の槍を地面に突き立て敬礼する。
美しい花吹雪の舞う道の中を進むのは引き攣った表情で卵の入った木箱を抱える少女と、気まずそうに眉根を寄せた男と、両肩を窄めた女性と、左右を見回す余裕すらなく頬を痩けさせた男だった。
少女はつい数時間前に自分の言っていた言葉を思い出し、さらに頬端を引き攣らせる。
「何が大した物じゃないやねん……。大した物やないか……」
「おい、喋り方が変になってるぞ」
「ほなって、そうやろ!? どうなっとんのコレぇ!!」
「大国の伯爵だぞ。クグルフ国みたいな余裕の無い場合ならともかく、海に面して資源も多い国なら当然の対応だ。俺も居るしな」
「そう言えばゼルさんってサウズ王国騎士団長でしたね……」
「人を何だと思ってんだ、テメェ」
「覗き魔」
「お前それいつの話だよ……」
周囲とは隔絶した温度差で話す彼等に、一人の男が近付いていく。
その男は頭に黄金の輪を通しており、体型は中背中肉のごく普通の物だ。
優しげな表情と丸渕の眼鏡がよく目立つ、三十代らしきその男。
一言で言ってしまえば人の良さそうな中年男性という印象だ。
彼はゼルとスズカゼに一礼し、彼等が自分の方を向くのを待って挨拶を始めた。
「ようこそ、サウズ王国第三街領主様、王族騎士団長様! 私はトレア王国、国王のナランタ・トレア・シンチューです。ナランタとお呼びください」
「どうも、ナランタ様。私はゼル・デビット。先にご紹介していただきました通り、サウズ王国で騎士団長を務めています。こちらは同じく紹介していただきました第三街領主のスズカゼ・クレハ。この度はお招きいただき、誠に嬉しく存じます」
「いえ、こちらも休暇中の皆様をお呼び立てして申し訳ない。お詫びと行っては何ですが、相応の持て成しをさせていただきますので」
「メシかぁ!?」
「黙ってろメタル。……それはそれは、有り難い事でございます」
「ど、どうやら、道中お疲れの様子。まずはお休みになって……」
「メシだなぁ!?」
「黙ってくださいメタルさん。……いえ、お気遣い無く。大丈夫ですよね? ゼルさん」
「あぁ、大丈夫だ」
「そうですか! では、すぐにでも」
「メシだなぁ!?」
「「黙れっつってんだろ」」
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