連れ行く者は
【トレア海岸線】
《海の家》
焦げ茶色の香ばしい小麦の麺が湯気を立て、香ばしい薫りが鼻先をくすぐる店内。
その店先で腕を組む海の家の主人の背中は、何処か沈んでいた。
「カイリュウ海賊団?」
焼きモーイを頬張った男から聞き返された言葉に、主人は沈んだ声で相づちを言った。
彼の視線の先にあるのは青々と広がる蒼快の海で、沈んだ様子などとは相容れない程に美しい。
だと言うのに、やはり主人の様子は何処か悲しげだった。
「カイリュウ・ジレンターラっつー男が居てな。昔はトレア王国の外れにある貧困街の喧嘩自慢程度だったんだが、成人を迎える少し前に海で消息を絶って……、次に見つかった時には海賊さ」
「消息を絶った?」
「珍しい事じゃねぇさ。あの辺りは治安が悪くてな。今でも盗みや人攫いが絶えねぇ。……最近は潤ってきて治安も少しはマシになったらしいがよ」
「ふーん。……って事は最近の海賊騒ぎの原因はそいつなんだな?」
「あぁ。昔から喧嘩自慢だけあってチンピラみたいな奴でなぁ。確かに悪さはしてたが、海賊なんてするような奴じゃなかったのによ……」
「良い奴だったのか?」
「まさか! 町中じゃ嫌われ者で、好いてたのは精々、不良だの何だのに憧れてる悪ガキ共ぐらいだ」
「ふーん」
主人の話を聞いていた男は一気に焼きモーイを掻き込んで、水を飲み干した。
そして、ごっそうさんという言葉と共に金を起き、席を立つ。
「おう、毎度。兄ちゃんも気を付けなよ? 野郎共、海だけじゃなく陸に乗り込んでくることもあるからな」
「大変だなぁ」
男は背伸びしながら店外へと出て、その蒼快な海を瞳に映す。
海賊などと言う俗物とは無縁な美しい蒼は太陽の光を反射して宝石が如く輝いている。
果たしてこの海に奪う事を食い扶持にする海賊が居ると言われて、自分は信じられているのだろうか。
「海賊ねぇ」
その男は灰黒髪を掻き分けて背筋を伸ばしきった。
まず奪うならこの視界に広がる宝石を奪えば良いのによ、と思いながら。
今回の食事でなけなしの財産が全部ぶっ飛んだな、と思いながら。
また乞食みたいな生活に戻るのかなぁ、と思いながら。
働き口探さないとマジでやばいかなぁ、と思いながら。
その男、メタルは浜辺を歩き出した。
【リドラ別荘】
「招待、ですか」
「そうだ」
目頭を押さえながら呟くリドラとは真逆に、スズカゼの表情は何とも楽観的だった。
本人は彼等の気苦労を知る由も無いのだから当然と言えば当然だが、それにしても余りに酷ではないだろうか。
親の心子知らずならぬ、保護者の心娘知らずと言った所だろう。
まぁ、そもそも娘に知る気がないのだから当然なのだが。
「何で私なんかが? 普通は首脳会議の時に来る物じゃないんですか?」
「それは極秘だからな。後日、新聞でも発表されるだろうが場所は伏せられるはずだ」
ここで少し話題はそれるが、新聞について説明しておこう。
現世における新聞とは違い、この世界の新聞は大きな出来事のみを報道するのだ。
無論、一国家だけで個別に行っている場合もあるが、殆どは世界共通で情報が流れたり東西南北の国領域だけで発行される物である。
例えばスズカゼがベルルーク国に与えた[しゃぶしゃぶ]の一件など良い例だ。
まぁ、今回の首脳会議で決まった事は元の目的からして世界中に発表されるだろう。
「……で、何で私?」
「お前は正式にサウズ王国の伯爵だ。現在は名目上、慰安旅行となっている。国の近くに伯爵位を持つ人間が来ているのだから招くのが自然という物だろう?」
「要するに私凄いんですね」
「……妙に癪に障る言い方だが、それで合っている」
「まぁ、流石に冗談ですけど。……招待と言っても大した物じゃないんですよね? そんな緊張しなくてもぉ!」
冗談っぽく笑うスズカゼに対し、リドラは遠い目と共に乾いた笑みを浮かべる。
酷い猫背の男が顔に影を作りながらそんな表情をした物だから、スズカゼは小さな悲鳴を上げざるを得なかった。
そのショックで固まった男がさらに猫背を深くしてしまったので、説明はジェイドが受け継いだ。
「まぁ、それは見てみれば解るだろう。しかし姫、多くで行くわけでもないので何人かは選抜していかなければならない」
「あー、それもそうですね。どうしましょうか」
「トレア王国、と言うよりは南の国領域は差別が少ないが、その分だけ治安が悪いと言われている。現に海賊事件が起こっている始末だしな」
彼は少しの間、思考するように顎先を抑えて首を捻ってみせる。
取り敢えず人選を悩んでいるのだろうが、スズカゼにはそれ以上の何かを悩んでいるようにも見えた。
まぁ、実際、ジェイドはスズカゼを守るだけでなく、彼女を充分にフォロー出来る人間と、いざというときに抑えられるという名目で悩んでいるのだが。
「あ、あの! だったら私が行きます!!」
そう言って名乗り出たのはハドリーだった。
彼女にしては珍しく、おどおどした様子もなくピシッと真っ直ぐ手を上げている。
一応理由を聞こうか、と述べたジェイドに対し、ハドリーは自分ならある程度のマナーは学んでいること、獣人の姫という異名の着いたスズカゼなら自分を連れていても何ら問題はないという旨を述べた。
確かに理に適っているな、という頷きと共にジェイドはそれを了承する。
「構わないか、姫」
「勿論! それじゃ、後の数人は……、ジェイドさん、お願いできます?」
「悪いが俺は行くことが出来ない。海賊騒動の事もあるし、こちらに残った方が良いだろう。今回はあくまで招待されて少しの話をして帰ってくるだけだ。……色々と不安はあるが、ハドリーが着いていくならば心配はあるまい」
「それじゃ、そうですね。暇そうな人を適当に連れて行く事にします」
「そうしてくれ。……呉々も問題は起こさないように」
「やだなぁ! 私が問題なんて起こしたことがありますー?」
あははははと笑う彼女に向けられるのは三つの冷ややかな視線。
ありますよね、すいませんと少女が謝罪するまで、そう時間は掛からなかったんだとか。
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