会議終わりて帰路につく
【リドラ別荘】
「……何してんの、お前」
広間の机に突っ伏していた少女に、メタルは何処か怪訝な声を掛けた。
模試、その少女が何事もなく突っ伏していたのならば、彼とて得に気にはしなかっただろう。
ただ、おっぱいと呟きながら机に伏す少女を無視できるほど、彼は太い精神は持っていない。
「放っておいた方が良いですわよ、メタルさん。スズカゼさんは少し疲れてるんですの」
「いや、少しってレベルじゃねぇだろ。今すぐ治療が必要なレベルだろ」
「先日からそうなので我々は諦めました……、どうかお引き取りください。今ならタダです」
「[お引き取り]が別の意味に聞こえるぞ、おい」
「ゼルさんに相談しても苦笑いで返されました……。ジェイドに至っては聞こえない振りして全力で逃げたんですよ」
「それが普通の対応だよなぁ……。つーか、よく大人しく出来たな」
「ファナ殿の胸を揉みに行って魔術大砲を放たれ、避けたら壁に頭を打って気絶しました」
「気絶してんの!? 気絶したままおっぱいとか呟いてんの!?」
「メタル殿、これの解決方法は……」
「俺の知る限りねぇよ!!」
遂にスズカゼが取り返しの付かない状態となって周囲を巻き込んだ現在。
この時間は四大国の代表が帰国した数時間後でもある。
無論のことスズカゼも少しの談笑混じりに見送りはしたし、他の面々もそうだ。
その後の彼女は、まぁ、見ての通りの結果な訳だが。
鬱憤が溜まったという訳ではないのだろうが、バボックの顔を見て良い表情をしていなかったのは確かだろう。
尤も、それを同姓の胸を揉んで晴らすのはどうかと思うあ。
「何か嫌な奴を思い出しそうだ……」
脳裏にちらついた少女の、いや、実年齢は遠く離れては居るが、少女の姿のその人物を思い出す。
森の中だからまだ我慢できた物を、こう外にまで分身体を作られては堪った物では無い。
流石にそれは被過妄想であると信じたいのだが……。
「それはそうと、メイアも連中と同じく帰っちまったのか? お前等、女性陣以外の姿が見えねぇんけど」
「メイアウス女王はバルド王城守護部隊隊長と共にご帰還なさいました。私達はスズカゼ殿の護衛として残り、ゼル団長も同じく護衛という口実でサボるそうです」
「何なのこの国、第三街勢ふざけ過ぎだろ」
「いえ、誤魔化すように言われたので実際は違うと思いますわぁ。何か調べ事をしたい、と……」
「実際に言った訳じゃねぇんだろ……、と言いたトコだが、お前等は見抜いてんだろうなぁ。解るモンなの?」
「「解りやすい人なので……」」
「……騎士団もご苦労なこった。ジェイドとハドリーはどうなんだ?」
「第三街のことは気がかりですけど、私は残ります。多分、ジェイドも残るでしょう。スズカゼさんを置いては帰れませんよ」
「ふーん、そうか……。ファナも残ってんだよな?」
「あの方は元よりスズカゼ殿の護衛ですし、恐らくはバルド王城守護部隊隊長に命令されたのでは?」
「なるほど」
メタルは思案するようにうんうんと言いながら顎を撫でるが、そんな彼を見てはハドリーはある事を思いつく。
いや、或いは思いついて当然というか、思いつくべきだったと言うか。
そもそも根本的におかしな点だったと言うか。
「メタルさんは帰らないんですか……?」
「四天災者連中に振り回されて海に浮かんでたのを、さっき救助されてな。戻ってきたらこの始末だぜ」
「お、お疲れ様です……」
【トレア平原】
集合場所のリドラ別荘より幾分か離れた平原。
そこには一台の獣車を引く行商人の姿があった。
行商人とは言ってもその姿は少女のそれで、顔もかなり強張っている。
当然と言えば当然だろう。彼女が引いているのは一国の主なのだから。
「……あ、あのゥ」
その行商人は酷く気まずそうに一国の主へと語りかける。
心地よい風を頬に浴び、艶のある長髪を揺らしていた一国の主。
彼女はその行商人の声に、ゆっくりと瞼を開いた。
「何かしら」
「お、お連れの方は乗らなくても良かったんですカ? あの辺りは滅多に獣車は通りませんし、通ったとしてもサウズ王国まで向かうのは無いかト……」
「良いのよ。彼はサウズ王国には戻らないから」
「も、戻らないんですカ!?」
思わず声を荒げてしまった行商人は、しまったと言わんばかりに口へ手を当てた。
だが、一国の主はそれを気にした様子はなく、変わらぬ様子で呟くように言葉を紡ぐ。
「戻らないのよ」
彼女の言葉には他を寄せ付けない、独悦的な物がある。
行商人のレンでは一国の主と言葉を交わすこと自体、希有な行為だと言うのに、こんな雰囲気まで纏われたのでは話を続けられるはずもない。
レンは仕方なく、獣車の操縦へと意識を戻す。
これ以上の会話に意味は無いだろうし、それに。
これはきっと、自分が踏み込んではいけない事だろうからーーー……。
【トレア森林】
「ふむ」
ギルド統括長の一人、ヴォルグ。
彼はメイアのように獣車で移動はせず、徒歩で森の中を抜けていた。
その理由としては単に彼の思惑による物なのだが、それを理解しているのは本人だけである。
現に彼の付き人よろしく三歩後を歩くヌエは何が何だか理解出来ずに、しかし何も言う事無く着いてきていた。
「思いの外、遅かったな」
彼は歩みを止めると、踵を返すように背後へと振り向いた。
緑々と広がる森の中に立つ一つの影に、彼は何処か嘲めいた笑みを示す。
一つの影、バルドはその笑みに答えるように、いつもの仮面のような表情で一礼した。
「それは申し訳ありませんね、ヴォルグさん。何分、徒歩だった物で」
「……何だ貴様、随分と丁寧な言葉遣いをするのだな」
バルドの言い訳など聞こうともせず、ヴォルグはそう述べる。
彼の表情から嘲めいた笑みは既に消えており、何処か怪訝そうな表情となっていた。
「その仮面のような顔で、その言葉遣いか。本来の物ではなかろうに」
「何処で誰が見ているのかなど、解らない物ですから」
ほんの一瞬、バルドから殺気が放たれる。
それは一呼吸にすら満たない刹那ではあったが、ヌエを臨戦態勢にするには充分だった。
だが、ヴォルグは彼女の反応を見越していたかのように、ヌエが歩み出すよりも先に腕を突き出して行動を制す。
「用件を聞こう」
「少し、お話を……、ね」
「話だと?」
「えぇ、そうです。……ギルドの膿について、ね」
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