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獣人の姫  作者: MTL2
四つの国を結ぶもの
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会議も終わって


「……何だ、これは」


いつもは客間、先程までは会議室として使われていた部屋。

その部屋のある家の持ち主は唖然として、開いた口を塞げないで居た。

つい数時間前までは苦労して後片付けしたはずの部屋が、今や燃え屑と焦げ跡の群となっている。

思い出されるのは悪いねぇ、と申し訳なさそうな笑みを浮かべながら自らの肩を叩いて広間に戻っていったバボックの姿。

この光景と彼の言葉から予想するに、これは恐らく四天災者のイーグの仕業だ。


「部屋が吹っ飛ばなかっただけ、……マシ、か?」


しかし、[鑑定士]の名に掛けて選んだ紅茶の杯や木机や木椅子、窓硝子に窓枠まで全て破砕してしまっている。

別荘を貸し与えるんじゃなかった、と彼は両手膝を突いて後悔していた。



【トレア海岸】


「うぅん、海というのは……、やはり泳ぐべき物だねぇ」


「……海水浴など、身体鍛錬の一環だろう」


「ちょっと静かにしてくれる? 私は別に泳ぎに来た訳じゃないんだけど」


「いや、お前等が静かにしろよ。存在を静かにしろ。周囲の奴等が一瞬で居なくなっちまったぞ、おい」


普段は触れない幻想に触れるが如く、しみじみと海を眺めるダーテン。

鍛え上げられた肉体を日の元に晒し、不機嫌そうに遠目で海を見るイーグ。

強い日差しを遮る真っ白な日傘の下で、美麗で妖艶な肉体を白木のベッドに凭れさせるメイア。

誰も居なくなった砂浜で体育座りのまま、顔を両手で覆い尽くすメタル。

周囲を気にしない異質な三人と共通の知人という事で巻き込まれた憐れな男。

これでは海水浴ではなく怪水浴である。


「イーグ……。お前、ナンパぐらい無視れよ。何でマジで睨むの? 相手が泡吹いて倒れちまったじゃねーか」


「相手がもう少し鏡を見れる人間ばかりならば、俺も考えたかも知れんな」


「一人は可愛かったじゃない」


「他二人がフェイフェイ豚だった上に、その小娘を杜撰に扱っていたがな」


「いや、そりゃまぁ、そうだけどよォ……。メイアもメイアだ! ナンパぐらい手ェ振り払ったら追い返せるだろ!?」


「吹っ飛ばせって? 中々良いこと言うじゃない」


「誰が魔力使えって言ったァ!? 普通に追い払えって言ってんの!!」


「まぁまぁ、言い争うよりも先に泳ごうじゃないか」


「ダーテンもダーテンで、普段見ない海だからってはしゃぎ過ぎだろ! 止めろよ唯一の良心!!」


「嫌だなぁ、良心は人殺しなん泳ぎたいなぁ」


「最後まで言い切れよ馬鹿ぁあああああああああああ!!」


憐れな男の叫び声が砂浜に響き渡るが、それを聞き届けて手を差し伸べる物は誰一人として居ない。

広げ過ぎた手は、いざ転んだときに受け身を取る事が出来ない。

そんな言葉を思い浮かべながら、メタルは瞳に薄らと涙を浮かべていた。



【リドラ別荘】


「チェック」


「……あら」


雑多的に溢れかえるリドラ別荘の広間には、チェスに興じるバボックとフェベッツェの姿があった。

盤上の駒は非常に複雑に動いており、素人目にはどの駒がどう動いたのかすら解らず、キングを隠せばどちらが勝ったのかすら解らない程だ。

その激戦を勝利で終えたバボックは清々しい笑顔を、敗北で終えたフェベッツェは何処か悔しそうな笑みを浮かべていた。


「悔しいわねぇ、負けちゃったわ」


「はっはっは、何を仰る。これで私の1勝16敗ではありませんか」


「私、スノウフ国じゃ負け知らずでしてよ? ……あぁ、けれど、最近はダーテンが良い勝負をするようになってきたわねぇ」


「私はベルルーク国ではロクドウ以外には負けた事がなかったんですが……。いやはや、たった1勝でも雪辱を果たせた思いですよ」


「あら、そのロクドウさんはお強いのかしら?」


「私よりも強いですが、ゲームを放り出して行く事もしばしばで……。フェベッツェ殿が勝つよりも、彼の首を不敬罪で跳ねる方が早いかも知れません」


「あらあら、問題児揃いなのねぇ」


「えぇ、私を見習って欲しい物です」


「ふふっ、久々に面白い冗談を聞けたわ」


全く目が笑ってない談笑を経て、彼等は次のゲームに移っていく。

チェスの一駒一駒を戻す動作さえゆっくりとした物だが、その一手すらも彼等の腹探りの一つでしかない。

何と恐ろしい光景であろうとも、彼等以外、それを理解する人間は居なかた。



「……あんなチェスゲーム、何処が楽しいのだろうかね」


「隊長が言えた事ではないと思いますが」


一方、こちらはバボックとフェベッツェのチェスゲームとは別の意味で冷めたお茶会。

バルドとファナは実際のところ、割と久しぶりに顔を合わせていた。

暴動時にスズカゼの護衛に任命されてからという物、彼女は滅多にバルドに会うことはなかった。

あるのは精々、貴族のパーティーぐらいだ。

それも挨拶を交わしたぐらいで終わったので、こうして直に顔を合わせるのは久々になる、という訳である。


「どうなんだい、調子は」


「いつも通りです」


「海水浴を楽しんできたようだね」


「はい」


「獣人嫌いは治ったかな?」


「……黙秘します」


「結構。全て殺せば好き嫌いもないなんて行ってた頃とは大違いだ」


にっこりと微笑んで紅茶を嗜むバルドに対し、ファナは酷く不機嫌そうに眉根を寄せた。

この男は前からそうだ。心の内も腹の内も見せようとしない。

だと言うのに実力と人を見る目はあるから、こうしてメイアウス女王の元にいる。

自分が解るのはこの男の恐ろしいまでの忠誠心のみ、という事だ。


「ネイク君。今は国どうこうなど関係ない時間なのだから、こっちに来て一緒にお喋りでもしようじゃないか」


「……いえ」


バルドの呼びかけに、ネイクは読みかけていた本を閉じた。

彼が読んでいたのはリドラの集めている書物であり、暇潰しには丁度良かったのだろう。

それよりバルドとの腹探りを選ぶほど、彼も廃れていない。


「遠慮してきます」


「それは残念だ」


かちゃりとティーカップを置いた彼は途切れた会話の限りに周囲を見回した。

見えるのは腹探りよりも深い何かに興じるバボックとフェベッツェ。

積み重なった本を黙々と読みあさるネイク。

目の前で不機嫌そうに紅茶を啜るファナ。


「……平和だねぇ」


何処が!? と。

この場にスズカゼかゼルかメタルが居ればツッコんでいた事だろう。

尤も今、この場に彼等は居ないのだが。


読んでいただきありがとうございました

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