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獣人の姫  作者: MTL2
四つの国を結ぶもの
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豹変への対策

《王城・王座謁見の間》


「それで、俺を訪ねてきたという訳か」


杯を傾け、バッペル酒を喉奥に流し込みながらイーグは坦々と述べる。

彼の前に跪き頭を垂れたネイクは、はいと静かに返事を返した。

その返事を受け、イーグはふむと唸り、杯の雫を舌先で受け取る。


「あの小娘がな」


その場に居るのは相変わらずの面々と、新たにネイクとバルドだ。

元居た面々は当然として、尋ねて来たネイクに警戒としてバルドが着いているのである。

戦力的には必要の無い警戒ではあるが、一応は立場上の問題もあっての事だそうだ。


「す、スズカゼがゼルを殺そうとしたぁ!? 有り得ねーだろ!」


「メタル。ここで彼が嘘をつく理由も利益もないのよ」


「そりゃそうだろうけど、だってあのスズカゼだぜ? 確かに西じゃアルカーを一掃したと聞いちゃいるが、人を殺したなんて聞いたことがない!」


「聞く聞かないではないだろう。御伽噺でもあるまいに」


「……人が人を殺すのなんて、言うほど難しくないわ。そんなの、私達ならよく知っているでしょう」


彼女の言葉に反する者は、誰一人として居ない。

四国大戦という修羅場を超えてきた彼等にとって、生死与奪など余りに初頭の話なのだ。

それこそ彼等、四天災者にとっては羽虫を潰すような物でしかないのだろう。


「問題点はスズカゼ嬢の殺生感ではなく、彼女の豹変振りでは? 彼女が第三街領主に成り立ての頃にあった[黒夜]の一件。自らの命が狙われているというのに、そこでもスズカゼ嬢は誰一人として手に掛けなかったと聞いていますがね。……尤も、他の面々が[掃除]したようですが」


「だが、あの小娘が第三街領主となってからかなりの年月が経っているのだろう? その間に、何か論理感を変える出来事があってもおかしくはあるまい」


「他国で何か吹き込まれたりとか、かしら?」


その言葉にネイクの首筋を一筋の汗が伝うが、イーグは依然として表情を変える様子はない。

メイアとしてもただの嫌味だったのか、それ以上の追言を吐き出す様子は無かった。


「……何はともかくよぉ、スズカゼが何でそんな状態になってるか、だろ? 最近は変わった事はあったか?」


「変わった事と言えば、どうやらあの小娘が重傷を負ったと聞いたが。バボックはそれを入国の理由としているがな」


「死を感じて危機感を持ち、力を欲るようになった……」


「それが最も考えられる可能性ではないですかな」


「確かに有り得なくはねぇだろうけど……。だからって、ゼルを殺そうとするかぁ?」


「私怨の線は無いのか」


「私も調べましたが,その点は薄いかと。慕われている人物のようですし同棲までしているようですから」


「ふむ。益々解らん」


メイアもメタルもバルドもイーグもネイクも。

彼女の豹変の真相が掴めず、ただ首を捻るばかりだ。

死の危機感から自衛の力を欲す事は解らなくはないが、それがゼルを殺そうとする理由に繋がるはずはない。

詳細不明。

ただ、今はそれだけしか言えないだろう。


「何にせよ、女王。スズカゼ嬢を暫く戦場から離すべきです」


「バルドの言う通りだな。理由はよく解らねーけど、刀を握ったら豹変しちまうんだろ? たぶん」


「刀、ねぇ」


「……何だ?」


再び視線を向けられたイーグは不満げに反応を示す。

先の解りきった問答結果ではなく、今の彼女の言葉は些か癪に障ったのだろう。

彼女の言いたい事はつまり、スズカゼの豹変は[魔炎の太刀]が原因ではないのか、という事だ。


「有り得んぞ、それは」


「例の件を知り得ているのは本当に貴方だけかしら? そこの男の知り得てるんじゃないの?」


「俺を疑っているのか」


「当然でしょう。私達は敵同士よ」


「だが、これから仲間になる。……無論、表面上でしかないが、それでも信頼関係は必要だろう?」


「その信頼関係はどうやって……、スズカゼ・クレハ豹変の原因が貴方の与えた[魔炎の太刀]ではないと、どうやって証明するのかしら?」


「随分と、疑われた物だ」


イーグは立ち上がり、メイアもそれに呼応するように席を立つ。

先程まで議会の場だったそこは刹那に戦場の場へと変貌する。

一触即発所ではない。今すぐにでも双方が刃を交え出してもおかしくない雰囲気だ。

バルドもネイクもそれを感じ取ってか、背筋に一筋の汗を伝わせながら、生唾を喉奥へと押し込んだ。

四天災者の二人がここで争えば、この場に居る自分達は勿論、下手をすれば国すら滅びかねない。

人の身で在りながら天災を起こす程の力を持つ彼等は畏怖される存在だ。

それは彼等の部下であるバルドやネイクでも変わりはしないのである。

ただ、一人だけ例外を除けば、だが。


「何やってんだ、馬鹿野郎共」


ゴンッ、ゴンッと。

鈍い音が二つ、王座謁見の間に鳴り響く。

その音源はメタルの拳とメイアとイーグの頭であり、詰まるところ彼が二人に拳骨を喰らわせたのだ。


「なっ」


「えっ」


ネイクもバルドも、その様子には、ただただ呆然としていた。

先も言ったように彼等からすればメイアとイーグは四天災者であり、畏怖すべき存在だ。

メタルはそんな彼等に迷い無く拳骨を撃ち込んだのだから、困惑するのも当然という物だろう。


「今はスズカゼの話だろーが! お前等が言い争ってどうする!!」


メイアとイーグは冷めた目付きに戻った後、互いを見なしてすごすごと再び席に戻っていく。

ふん、と腕組みしたメタルは息を吐き出し、一件落着だなと言わんばかりに気張っているが、バルドとネイクからすれば憂愁さが心の中を掻き毟る思いだ。

彼等の友人であるメタルでなければどうなっていただろう、と思うと背筋に氷柱が刺さったような思いになる。


「……話題は逸れたが、結局はスズカゼ・クレハをどうするか? だろう」


「戦場に近付けなければそれで良いでしょう。どうせ、一時的な昂揚よ」


「あ、余り安易な決めつけは良くないのでは?」


「暗中模索するより余程マシでしょ。……何か異変があるなら対策を取るし、無ければ何も無いで良いわ」


「何つーか、いつも通り後ろ向きな策だな……」


「御伽噺じゃないのよ。的確な方法なんて、取れる事の方が少ないんだから」


呆れ顔でそう述べたメイアは杯に注がれたバッペル酒により唇を潤す。

傍目には妖艶な姿に映っただろうが、それに反応したのは精々、ネイク程度だった。

とは言っても、彼は美しいなと思っただけで特に劣情は抱かない。

言うなれば美術品や骨董品に向けるそれであり、女性に向ける物でないことだけは確かだった。


「……暫く見張りを付けましょう。休暇中の王城守護部隊副隊長ファナ・パールズに命令を下しておきます」


「そうして頂戴」


彼女の命令を受け、バルドは一礼と共に王座謁見の間から身を引く。

彼の後ろ姿を見送りながら、メタルは気難しそうに唸ってから眉端を吊り上げる。


「……面倒な事になってきたな」


「前からよ。今の私からすれば条約の方が遙かに面倒だけれど」


「条約かぁ。……結ぶのか?」


「条件次第ね。まずは各国首脳会議でも開くべきでしょう」


「それは面白い。何処で開くつもりだ?」


メイアは微かに思考するように、杯を傾けて酒の水面を揺らして見せる。

それは微かな時間だったが、メタルやネイクの額に一筋の汗を伝わせるには充分な時間でもあった。

やがて、数十秒下の地に彼女は思いついたかのように、にやりと笑む。


「良い場所があるわ」



読んでいただきありがとうございました

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