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獣人の姫  作者: MTL2
四つの国を結ぶもの
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騎士と少女

「それでは試合を開始します」


騎士の一人が審判となり、スズカゼとゼルの間に立つ。

ルールは単純な物で、相手に参ったと言わせれば勝ち。

スズカゼの体調面も考慮して直撃させず寸止めする事も付け加えられている。

とは言え、模擬刀と真剣だ。

危険性の面も考慮して審判は武装、基、防具を万全の状態で装備している。

それは万が一の場合に、彼等の間に割って入るためであり、審判の騎士も骨肉隆々な、鉄で殴り飛ばしてもびくともしないような人物が行っているのである。


「ルールは先程説明した通り。双方、正々堂々勝負を行ってください」


「はい」


「おう」


スズカゼもゼルも、迷い無く返事こそ返したが、そんなつもりは毛頭無い。

彼等の内心は単純な物で、暫くの間は試合を続けてある程度の時間が経てばスズカゼの体質を理由に試合を中断させるという事だ。

そもそもこれはバボックの戯れ言によって始まった試合。

真面目にする謂われなどなく、適当にやり過ごせば良いだけである。


「……では」


重甲冑を纏った腕が振り下ろされ、試合は開始される。

本来の騎士同士の模擬戦ならば、状況にも戦法にも寄るが、基本的に一気にぶつかり合う。

近接戦が役目である騎士には相応の適応力が求められるからだ。

だが、騎士団長であるゼルはそんな事はせずに適度な距離を取ってじりじりと均衡させている。

それが指し示すのはスズカゼに斬りかかってこい、という事だ。

より場を制するためには守護に回った方が都合が良いと判断したのだろう。


「……ふーっ」


だが、ゼルの予想は大きく裏切られる事となる。

いや、ある意味は予想通りで、ある意味で裏切られたのだ。

スズカゼは確かにゼルへと斬りかかったが、その一撃が彼の予想を裏切ったのである。


「ッ!」


その紅蓮の刃による斬撃はゼルの持つ模擬戦用の刀を容易く切り裂いた。

鉄により作られたその刀を、容易くだ。


「この馬鹿ーーー……!」


スズカゼの目に、遠慮や手加減という言葉は無かった。

その一太刀は確実にゼルの首を跳ね飛ばす為に放たれたのだ。

純粋な殺意を持って、戦場と同様に殺す為に。


「……」


ゼルの持つ模擬戦用の刀は、先の一撃によって刀身を半としている。

それは最早、刀と言うよりは棒でしかない。

高が棒で最上級の刀を持つ戦人を相手に勝てるはずがないのだ。

しかも、その戦人は元の打ち合わせなど無視して自分を殺しに来ている。

勝負所の話ではない。これでは、殺し合いだ。


「おい、スズカーー……!!」


ゼルの喉元を狙って放たれる一撃。

紅蓮は空を切り裂き、紅色を広げるがべく男の堅い皮膚に向けられる。

音と共に迫り来る一撃を、ゼルは棒でどうにか弾き飛ばした。

金属音と火花が飛び散って彼の視界を点滅させ、少女の姿を眩ませる。


「まだですよ」


ゼルの頬先に逸れた切っ先。

彼女はそれを翻し、ゼルの顔面へと向ける。

腕の向きからして振り切れない位置ではあるが、そのまま引けば耳ぐらいは削げるはずだ。


「ちぃッ!」


彼はそれを回避するのでは無く、むしろスズカゼへと突っ込んでいった。

額が激突しそうな距離まで詰めた彼は鉄の棒を、彼女の持つ[魔炎の太刀]の柄に叩き付ける。

そのまま叩き落とす算段だったのだが、彼女も負けじと柄でゼルのそれを迎撃し、金属音が鳴り響かせた。

柄同士の衝突は互いに震動こそ与えれど、的確な被害は無い。

それでも拮抗は拮抗だ。先に弾かれた方が隙を作る。


「おい、何してる……!」


だが、ゼルはそれ幸いとスズカゼに口を近付けて囁き出す。

本来ならば馬鹿らしい手抜き試合だったはずだと言うのに、今のスズカゼは間違いなく本気だ。

自分を殺すべく、何の迷いもなく刃を振り切っている。


「何って、試合ですが?」


「テメェの太刀筋は間違いなく本気だろうが! 何を考えてる!?」


バボックに届かないような小声で、ゼルは彼女に訴えかける。

それでも返ってくるのは普段と変わらない間抜けた声と表情だけ。

異変ではない異変にゼルが気付くのは、そう掛からなかった。


「……馬鹿野郎が」


ゼルは自ら柄を弾き飛ばし、後方へ跳躍する。

スズカゼもそれに合わせるようにして体制を整えた。

彼等の間には再び間が開き、緊迫した空気が張り詰める。


「あ、えっと……」


その緊迫した、模擬戦では有り得ない空気を感じ取った審判の騎士は戸惑う。

この試合は止めるべきではないか? このままでは、どちらかが取り返しの付かない傷を負うのではないか?

そんな思考が彼の脳裏をぐるぐると周り、自然と唇を震わせる。


「そ、そこまでーー……」


対峙した空気を打ち壊そうと一歩を踏み出した騎士だが、直後にそれを感じ取る。

この間に入れば死ぬ、と。

寸分狂い無く、自分は三等分されて死ぬ、と。

ただ純然に、しかし確実に。

彼はそれを感じ取った。


「ッシ!」


微かな空気を吐き出し、ゼルは地面を蹴り飛ばす。

スズカゼも彼に会わせるように疾駆し、刀剣の切っ先を地へと指し示した。

それは剣道で言う脇構えであり、逆袈裟斬りを放つ為の物だ。

下方から斜めに振り上げられる斬撃。普通ならば腕を切り飛ばされるだろう。

だが、ゼルも伊達に騎士団長を務めてはいない。

無論のこと彼はその構えなど知らないが、刀身の向きから太刀筋を予測していた。


「甘いですよ」


にぃ、と歪むスズカゼの口端。

ゼルがそれを視界に映した時、既に彼女の姿は無かった。

瞬間移動や幻術の類いでは無い。

彼女は単に、太刀を支えに膝を折り曲げたのだ。


「なっ……!」


だが、ゼルからすれば彼女が一瞬で視界から消え失せたようにしか見えない。

視界から敵を見失うという行為は、余りに大きな隙を生む。

スズカゼはそれを見逃さず、ゼルの片足へと脚撃を撃ち込んだ。

鈍々しい音と共にゼルの身体が前のめりに倒れ込み、スズカゼの構える刃が彼の眼球を待ち受ける。


「ちぃっ……!」


片目の視界に迫り来る紅蓮。

視界全てがスローになり、塵一つ、刃の煌めき一つが鮮明に刻まれていく。

太刀の切っ先がゼルの眼球に触れるか否かの瞬間。

彼は刀身を義手で握り掴み、乱暴に振り払った。


「っ!?」


それはスズカゼも予想だにしていない事だった。

完全に自分の掌で踊っていたはずのゼルが、たった義手の一つで全てをかき乱したのだ。

無論、突き立てる為に握っていた刀が放り投げられたのだから、刀剣は無様に地面を転がっていく。

対峙するのは戦人と騎士ではなく、ただの小娘と騎士に成り果てたのだ。


「……終いだ」


ゼルの持つ鉄の棒が少女の柔肌に食い込み、微かな赤みを含ませる。

ただの鉄の棒とは言え、彼女の喉元を捻り潰すぐらいの事は可能だろう。

スズカゼもそれが解らぬほど馬鹿ではない。

彼女は両手を挙げて参りました、と小さく呟いた。


「……あっ、そ、そこまで!」


呆気にとられていた審判が手を振り下ろして試合は終了する。

彼等に送られるは数多くの拍手と歓声。

素晴らしい試合だった、だとか、流石は騎士団長、だのという歓声が拍手と共に飛んでこようとも、ゼルは見向きもしない。

彼の視線はただ、審判の手を借りて立ち上がる少女に向けられていた。


「……もし」


もし、これがただの試合ならば自分は負けていただろう。

スズカゼがしゃがみ込んだ時点で一撃を入れられて終わりのはずだった。

だが、彼女は刀剣の一撃を入れるよりも前に、自分を殺すための一手を打った。

だから自分は勝ち、彼女は負けた。


「え? ゼルさん、何か言いました?」


「……いや」


平然と言葉を返すスズカゼに、ゼルは何も言えなかった。

この少女はただ、当然のように自分を殺そうとしたのだ。

その異質さは言葉にするまでもなく、骨の髄まで切り込むようによく解る。


「何でもない」


ここで言葉を掛けることは出来ない。

せめて、もう少しだけ時間が必要だ。

この状況が理解出来るまで、もう少しの時間がーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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