閑話[鉄を覆う皮膚は]
【大森林】
《森の魔女の家》
「イトー殿、少し相談がある」
スズカゼが治療される前の、ある晩。
皆が寝静まり森の中も静寂に現を抜かす頃に。
リドラは木机の前に腰掛け、イトーと対峙していた。
「何かしら? ……と言いたいところだけど、まぁ、解るわ。ゼルね?」
「あぁ、サウズ王国騎士団長、ゼル・デビットについて相談がある」
「皮膚は不要。以上」
「……それは解っている。私が相談したいのは、そこではない」
「彼の義手について?」
「そうだ。アレを造ったのも、貴方だろう」
「正しくは私とメイアたんの合作だけどね」
夜食の、ノーライ茸で作ったクッキーを囓り、イトーは遠く思いを馳せる。
少し苦々しい表情だった彼女の顔も段々と緩んでいくところから見て、どうやら思いがメイアに移ったらしい。
「メイアたんの白肌舐めたいわぁ……」
「戻ってきてくれ、頼むから」
「おっといけない。今からネタを潰しちゃ、今晩どうしようもないわね」
「……深くは聞くまい。それで、ゼルの鉄縛装の状況はどうなんだ?」
「放っておけば冷めるわよ。連続して使用しなければね」
「……連続して、か」
「あの子の、スズカゼたんの話も聞いたけれど……、本当に対応すべき事柄はあの子のそれだけなのかしら」
「何が言いたい」
「クグルフ国でも大きな魔力反応があったでしょう。その魔力の大半があの子に流れ込んでるけれど、あった魔力反応はそれだけじゃないわ」
「……ファナも上級魔術を使ったようだが、そうではないな」
「へぇ、上級魔術ね」
そもそも、魔術と魔法の差は属性の物か、それ以外の物かに分かれる。
さらに区分すれば通常と上級と,それ以外に分かれる訳だが、通常と上級の差は威力だけで無く[詠唱]にある。
ファナの[真螺卍焼《トーティクル・デストラクション》]や四天災者であるイーグの[灼炎の猟犬《フレイド・ハンティクズ》]にもある物だ。
「特定言語を唱えることにより魔力収束や魔力発生を短小化させる……」
「それこそが[詠唱]ね。無詠唱で使ったりすればタダじゃ済まないでしょうけど。……で? 今はその話じゃないでしょう」
「あぁ、そうだったな……。だが、実際のところはどうしようもないのだ。対戦が終わり,既に10年が経っている。確実な終了からは5年か、そこらだがな」
「で? それがどうしたの」
「それほどの時が経った。戦乱は終わり、平和が訪れた。……例え、それが仮初めだとしても、もう終わったのだ」
「だけど、それは再び戦乱が訪れない確証ではないでしょう」
「そうだが……。それでも」
「裏役目の人間は平和思想で良いわねぇ。戦場に立つ人間はそうもいかないでしょうけれどね」
「……動きを察している、と?」
「勘でしかないのでしょうけれど。メイアたんもメタルもゼルも、戦場に立つ人間は少なからず不穏を感じているんじゃないかしら」
「それは貴女も、か」
「別に? 森で静かに過ごすだけの私はなーんにも知らないわ」
恍ける彼女の姿は、何処か面倒くさそうだった。
いや、事実、面倒なのだろう。彼女が森に居ると言う事は俗世との関係性を絶った、ということ。
別世界の事を言われたとて、そもそも関係性の無い事だ。
関わりはないし、関わろうともしない。
そんな事柄を聞かされても面倒以外の感情を抱く事はないだろう。
「……ただ、大きな何かが動いているのは間違いないわよ」
「解っている。解っていても、解らないのだから……、どうしようもないだろう」
「そうね。……で? 用件は以上?」
「少し話が逸れてしまったが、私の用件はゼルについてだけだ。……やはり、皮膚は」
「諄いわよ。不可能だし不要。どうしても、と言うのならハドリーたんかスズカゼたんを襲う許可を頂戴」
「何と言うか、魔女と言うより痴女だな」
「誇りよ」
「誇るなよ……」
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