目覚めは木造の家の中で
「ーーー……!」
少女の意識は一気に引き戻され、全身が跳ね上がる。
ベッドで寝かされ、腹部から胸部を包帯で覆い尽くした少女は。
全身のバネに電流を流されたかのように、ばちんっと跳ねたのだ。
「ーーーはぁっ!」
全身の欠乏した酸素を取り込み、枯渇した水分を空気中から摂取するかのように全力で呼吸を行う。
今まで自分は死んでいたのでは無いかと錯覚してしまう程だ。
「起きたわね」
そんな、必死で呼吸する彼女の隣では見知らぬ少女が本を読んでいた。
眼鏡を掛けて読書する彼女のそれは酷く大人びて見えたが、それ以上に少女の姿は摩訶不思議な雰囲気を放っている。
「……あの」
漸く呼吸が落ち着いて来た時、彼女は貴女は誰か、と問おうとした。
しかし、その質問よりも前に彼女の脳裏には新たな疑問が浮かび上がる。
-----自分はこの問いを、先程、誰かに投げかけなかったのか、と。
そして返ってきた答えは覚えていても、自分が誰にそれを投げかけたのかという事は覚えていない。
この異端なほどの、穴が開いてかのような感覚。
それはスズカゼに困惑と疑惑を齎すには充分だった。
「動かないでね。今はまだ繋がってないから」
彼女の言葉通り、自身の胸部には酷く不安定な感触がある。
ぐずぐずと、腐った肉のような感触。
そこに精神を集中させていれば意識も腐ってしまいそうな程に気持ち悪い。
「っ……」
「スズカゼ・クレハ。色々と面白くて恐ろしくて悍ましいわね。その身体には本当に異端で異質で異常だわ」
「……こ、これは」
「貴女の年齢でその胸は最早、天然的に記念物よ」
「テメッ……! うげぇほぉっ!?」
「動くな、って言ったのに」
じわり、と血がにじみ出し。
彼女の胸に巻き付いた包帯は段々と紅色に染まっていく。
そんな様子を見て少女は仕方ないわね、とため息混じりに新しい包帯を手に取った。
「私はイトー・ヘキセ・ツバキ。貴女には[森の魔女]とでも言った方が良いかしら」
「……[森の魔女]」
嘗て、何処かで、微かに。
その言葉は聞いたはずだ。どうでも良いと聞き捨てた物だろうけれど。
嘗て、何処かで、微かに。
都市伝説だとか眉唾物だとか、そういうニュアンスで聞いたはずだ。
嘗て、何処かで、微かに。
「……え、っと」
「困惑するのは解るけれど、それを私が説明しても仕方ないわ。……入ってきなさい」
彼女の言葉を合図に、木造の扉がぎぃと開き、その人物は姿を現した。
目に涙を浮かべ、両腕の羽毛で口を押さえ、全身をふるふると震わせる彼女。
ハドリー・シャリアが。
「は、ハドリーさん……?」
幾つもの言いたい言葉を呑み込んで、たった一言を述べるために。
彼女はぐっと息を呑んで、涙を抑えて、微笑んだ。
「お帰りなさい、スズカゼさん」
「……えぇ、ただいま」
彼女の悲しそうで、嬉しそうな笑みに応えるようにスズカゼもまた、にっと頬端を上げる。
彼女の健気なその笑顔とハドリーの笑顔に、イトーは微かながらに微笑みを見せていた。
「目覚めたか」
「おーおー! 生きてる生きてる」
ハドリーに続くようにして、リドラとメタルも入室してくる。
珈琲片手に、いつも通りの猫背で、疲れた眼で。
上半身全裸で、いつも通りの軽快さで、はきはきした様子で。
彼等はわいわいと、今までの雰囲気をぶち壊すかのように入ってくる。
「……チッ」
「え? 今舌打ちした? 今イトー舌打ちした?」
「別に何でもないわ。そのまま黙ってりゃスズカゼたんとハドリーたんでラブラブちゅっちゅな感じで美しい花を咲き乱れさせるはずだったのにコノヤロウとか思ってないわ」
「いや、それは無いだろう……」
「無いですね」
「うん、無い」
「私を交えても良いのよ?」
「「だから無い、って!!」」
ぎゃあぎゃあと喚き出したが為に再びスズカゼの傷口が開き、彼女の口腔からどぼっと血が溢れだす。
ハドリーとメタルは家中を揺るがす悲鳴を叫び、リドラとイトーは呆れ気味に大きくため息をついていた。
「……えーっと、要するに私は撃たれて、その治療のためにこの[森の魔女]ことイトーさんの家に来た、と」
「撃たれた事にすら気付いてなかったのか……」
「いや、前後の記憶も曖昧で……、ただ」
「ただ?」
「……あぁ、いえ、何でも」
この事は言うような物でもないだろう。
だが、何故だか、それは自分の中にしっかりとこびり付いている。
-----強くなれ。
誰かに言われたその言葉が、自分の中にしっかりと、くっきりと。
「まー、何にせよ無事に済んで良かったじゃねぇか!」
「はい! スズカゼさんの傷も治療できましたし……」
「……感謝する。イトー殿」
各々が各々に喜び、各々が各々に感謝する。
イトーも彼等のそんな様子を、子供達を見守る年長者のように笑顔を浮かべて見詰めていた。
「さて、これで治療は終了。2日ほど慣らす期間を置けば充分よ」
「あ、あの」
「……何?」
「治療していただいて、ありがとうございました! このお礼は必ず返します! 例え働いてでも!!」
スズカゼの礼に、イトーは気恥ずかしそうに手を伏せる。
森の中に籠もっていた彼女は今まで人と接する機会が少なかったのだろう。
その照れ具合も納得がいくという物だ。
「お礼は体で、って。最近の子は大胆ね」
「ぶち壊しだよ馬鹿野郎……」
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