適材適所
【大森林】
「ふー……っ」
上半身を外気に晒しながら、彼は深く息を吐いた。
生温い風が露わになった素肌に伝う汗を攫っていく。
その感触が不快ながらも、生温い風が心地よいという、何とも言えない物だった。
「……どうなってるかな」
切り株の上に木材を乗せ、彼は刀剣を握り治す。
白銀を陽の光へと向け、一直線に振り落とした。
カコンッ、と小刻み良い音が響き渡り、眼前には二つの薪が出来上がっていた。
「大丈夫、でしょうか」
切り株の上の薪木を退け、ハドリーは新しい木材をそこに置く。
メタルと彼女はスズカゼの治療で手伝える事はない為に、こうしてここで薪を作っているのだ。
ハドリーならばある程度の知識もあるし、出来ない事がない事はないのだが、リドラが入室を拒否したのである。
気絶されては堪らないからな、との事だった。
「わ、私だって手伝える事ぐらい……」
「スズカゼの中身ブチ撒けてるみたいだけど、見てくる?」
「ぅっ…………」
そう、現在はリドラとイトーによりスズカゼの治療を行っているのだ。
イトーの家の奥で、彼女の肉体に型を填め込み肉体を形成しているのである。
無論、その為には彼女の肉体を開かねばならず、当然のこと血も臓物も出る事になる。
確かにハドリーも獣人暴動時での仲間の手当など経験はあるが、流石に人体を開いた事はないだろう。
「イトーの実力は本物だ。俺だってアイツに何回も治療して貰ってるんだから間違いねぇ」
「……解ってます。リドラさんだって着いてる。心配はないんです、けど」
「何もしないのは不安か?」
気まずそうに顔を伏せ、ハドリーはメタルから視線を逸らす。
何もしないというよりも、結局のところ自分は不安でしかないのだ。
こうして薪を作るのだって所詮は不安を紛らわす為の一時凌ぎでしかない。
自分はスズカゼのために何かをしたいのだ。
例え、それが手を握って上げているだけでも構わない。
何か、何かを。
「適材適所って言葉があんだろ?」
「……え?」
「俺がこうして薪割ってんのも、アイツ等がスズカゼ治してんのも、適材適所だ」
「それは、そうですけど」
「俺はよぉ、馬鹿だからな。お前みたいに[もしかしたら]なんてねぇんだ。俺がアイツ等手伝ったって、何も出来ねぇんだからさ」
彼は自虐するように、かっかっか、と乾いた笑いを零す。
事実その通りではあるけれど、彼のそんな様子を見てハドリーは何も言うことが出来なかった。
「俺ぁ単純な作業しか出来なくてな。こんな性分だから友人知人は多いけどよ? だからって取り柄と言えば剣を振るえる事と、しょーもねぇ力と腕輪のこれだけだ」
「で、でも貴方はここまで案内してくれましたし、材料だって」
「それが適材適所、ってな。……俺は前準備しか手伝えなかった。リドラとイトーは今やってる。じゃぁ、お前はどうなんだ? ハドリー」
自分に出来ること。
適材適所として、案内も材料集めも治療も出来ない、自分に出来ること。
力も無く知識も無く人脈もない、自分に出来ること。
「……私」
「決まったらそれで良いだろ。充分だ」
カコンッ
軽快な音が鳴り響き、切り株の上には薪が生まれる。
彼は微かに深く切り込んだ刀身を引き抜き、それを肩へと担ぎ上げた。
作った薪を退けるのを待っているのだとハドリーは気付き、急いでそれを退ける。
「こりゃー、長く生きた俺の持論だが」
そう前置きをして、彼は切り株の上に木材を乗せる。
他のよりも無様な形のそれは中々安定せず、仕方なくメタルはそれの一部を切り取って立たせた。
そして、間もなく彼は刀剣を振り下ろす。
カコンッ、と軽快な音が鳴り響き、切っ先は切り株へと軽く切り込まれる。
「人生ってのはどうにも馬鹿馬鹿しいぜ? 望むことが叶うのなんて滅多に無いし、楽しいことより辛いことの方が遙かに多い。……望んでない事だって起きる」
ハドリーは彼の話を聞きながら、薪を隣に退ける。
メタルはまた新しいのを切り株に乗せて、カコンッと軽快な音を放った。
「だけどよぉ、そんな人生の中で数少ない嬉しい事の為に生きてるんだろ? だけど、それだって何にもしてねぇのに来る訳じゃねぇ」
「……どういう、意味ですか?」
「嫌なことは勝手に来るくせに、良いことは勝手には来ねぇって事さ」
彼の笑顔には、何処か物寂しい色が混じっている。
この人物はメイアの友人である事以外、何も知らない。
過去に何があったのか、その腕の魔具は誰から授かったのか、どうしてそんなに人脈を持っているのか。
謎多き人物で各国を渡り歩く程の事をしているというのに、実力は模擬戦でスズカゼに負けるほどだと聞く。
だと言うのに、彼の瞳は達観しているような、遠く淡い物で。
何処かで見たような、酷く悲しい色だ。
「だから、その良いことを招き寄せるにゃぁ、きっちり目標や意思を持つことが大事なんだよ」
「……目標や、意思」
「持ってる奴は強いのさ。それを貫き通してる限りな」
あぁ、そうだ。
目標や意思を持っている奴は強い。
そうだ、この言葉だ。
彼の瞳は彼に似ているのだ。
[闇月]ことジェイド・ネイガーに。
「ま、何を決めたかは知らねぇが……、貫き通してみろよ」
何かを含んだ悲しい色も、寂しそうな色も。
ジェイドと同じで、儚くて。
けれど何かを持っているから力強くて。
「……あの」
「ん?」
「ありがとうございました」
気にすんな、とメタルは笑んで見せる。
とても無邪気なその笑顔は子供のそれにも見えた。
彼がこんな笑顔を浮かべられるのなら、いつしかジェイドも、同様に。
そしてジェイドが笑ってくれるなら、きっとスズカゼも。
「……彼女が起きたら」
「起きたら?」
「お帰りなさい、って」
「……そうか」
メタルは先程とは違う、嬉しそうに優しい笑みを浮かべる。
ハドリーもまた、そんな彼に応えるように照れ隠しの笑みを浮かべていた。
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