少女の治療のために
「……[霊魂化]に[魔炎の太刀]ね」
カップの中に注がれた、透明に近い緑の水。
イトーはそれを飲み、ごくりと喉に通し、体内へ吸収していく。
透き通るように冷たい緑茶は彼女の心を落ち着かせる。
「少し、この事態を飲み込むのには時間が掛かりそうね」
「無理難題を言っているのは解る。……だが、メイア女王曰く、貴女でなければスズカゼを治すことは」
「いえ、治すこと自体は難しくないわ。魔力を使わずに人体を蘇生させれば良いんでしょう? 時間さえ貰えれば可能よ」
「おぉ! マジか!!」
「で、あれば、序でにゼル・デビットの腕の皮も……」
「あぁ、彼。まだ生きてたの」
「実は大分前に腕の皮を損失してしまってな。近頃は[鉄縛装]を解除したらしい」
「……そう。西の方で彼の魔力を感じたわけだわ」
「ま、魔力を感じた、って……」
ぱりんっ
木の実のジャムが乗ったクッキー。
メタルの歯により砕かれたそれは、微かに零れて机の上へと落ちる。
ハドリーは、いや、少なからずリドラも。
非常に驚いた色を、表情に浮かべていた。
「……森の中で触手が居ただろ? 虫も、鳥も」
「あ、あぁ」
「アレ、イトーの使霊だ」
彼の言葉に、リドラとハドリーの驚きの色は逆転した。
リドラは目を見開いて顎を落とし、ハドリーは困惑気味に小首を傾げて見せた。
当然だろう。
その意味が理解出来るのは、少なからず魔力や魔術や魔法に精通した人間だけだからだ。
「あの数を……!? いや、いつからだ! あんな、質量を、数量を、物量を! 維持し続けているというのか!?」
「伊達に[森の魔女]なんて呼ばれてないわよ。……まぁ、あんなのは放し飼いにしてるような物だし」
「触手に制御付けて女襲わないようにしてたのも、自分の楽しみを取られないようにするためだろ?」
「まぁね。女の子ぺろぺろするのが私の楽しみだもの」
顔を覆い尽くしたハドリーと、その肩を優しくぽんぽんと叩くリドラ。
この変態は一体何がしたいのか。そう言いたげに彼等は気怠そうな目をしていた。
「それはそうと、スズカゼたんは治療するわ。けれどゼルは駄目ね」
「……何故だ?」
「治療するだけ無駄だもの。前までは彼が諄いから治してたけど、これからは何度も来られる訳にもいかないわ」
「それは暗に、これから奴が何度も鉄縛装を解除するような事が起こる……、そういう事か?」
「えぇ。西の……、方向的にベルルークかしら? あんな状態が起きては、そう簡単に安寧が訪れるとは思えないわ。現に、こんな小さな女の子が死にかけてるんだもの」
「……確かにな」
「こんな、おっぱいも小さな女の子が」
「台無しだよ」
もう帰っても良いですか。
そんな目で見てくるハドリーから、リドラは顔ごと逸らしていた。
とは言え、こんな人物でも[森の魔女]と称されるだけの力は持っている。
それは先の使霊の一件でも間違いない事だ。
「何はともあれ、人体のそれを作るには三日ほど必要なの。その間は色々と手伝って貰おうかしら」
「何?」
「まさか無料で私が治すとでも? 私だって慈善事業じゃ無いの。薬品だって作らなきゃならないし、待ってる間、貴方達だって食事はしなければならない。……まさか全部、私にやれ、って?」
「いや、当然だな。こちらも手伝えることがあれば何でもしよう。私は力仕事も家事も殆ど出来ないが、薬学や魔学の事は、大凡のこと頭に入っている。……鑑定士の知識量として、程度の物だがな」
「そうね。補助ぐらいはして貰おうかしら」
「力仕事はメタルが行うだろう。家事ならばハドリーがある程度行える。構わないか?」
「……うん。交渉成立ね。ただし、女の子を働かせるのは感心しないわ」
「そ、そんな! 私だって家事や畑仕事ぐらいなら……!!」
「……言葉に語弊があったわね。女の子に昼の仕事なんてさせられないわ。夜の仕事として私と一緒に楽園に行」
「黙れ。お前が言いたいことの十割が予想着いた。黙れ」
「……詰まらないわねぇ」
一服するようにイトーはクッキーを摘み取り、それを口へと放り込む。
ジャムの乗ったそれの甘さが口内いっぱいに広がり、乾いた食感が微かに残って居た緑茶の瑞々しさを奪っていく。
苦々しい緑茶はクッキーとジャムの甘さとは真逆の物。
しかし、その食感と味の反性がまた、クッキーとジャムの甘さを引き立てるのだ。
「さて。それじゃあ、早速だけど作業に取り掛かるわ。メタル、外で材料を集めてきて」
「おう! 任せろ!!」
「リドラはメタルに付いて材料の指示」
「了解した」
「ハドリーたんは私とイチャコラしなさい」
「い、嫌です」
「それじゃあ、各自解散! 行動開始!!」
「「了解!」」
「嫌ですよ!? 嫌ですからね!?」
【大森林】
「それでよー、リドラぁ。材料ってのは何集めんだ?」
先程の会話から数十分。
リドラとメタルは早速、森の中に材料収集へ来ていた。
彼等の手にメモなどの物はない。何故ならリドラの頭に全て入っているからだ。
鑑定士である彼は材料の質なども見抜くことが出来る。ある意味では最適な任務と言えるだろう。
「……」
「あ、あのー……、聞いてる?」
「……む、あぁ、すまんな。考え事をしていた」
「考え事?」
「彼女は、イトー・ヘキセ・ツバキは、どうしてこんな森の中に居るのか……、と」
「……どうして、ってお前」
「彼女ほどの実力者だ。何処かの国に行けば遊んで暮らせるほどの功績は直ぐに詰めるし、欲が無くとも人との関係性を絶つのはそうそう耐えられる物では無い」
「……そりゃ、人それぞれだ。俺にはどうだか解んねーよ」
「むぅ……」
「それに……」
「……それに?」
「あんなのが世間に解き放たれたらお前、世界中から女性が根絶されるだろ?」
「……全くだな」
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