闇夜に広がる紅
【サウズ荒野】
サウズ荒野には闇夜を切り裂くが如き白炎の閃光があった。
枯葉や枯木の中を掻き分けるように、否、全てを焼き払うがように。
その白炎は当てもなく閃光を刻んでいるわけではなく、ただ目的地に向かって直線的に向かっている。
-----……ァン
その白炎は一瞬の停止を見せる。
だが、それは言葉通り刹那。
それが終わる頃には既に白炎は姿を消していた。
残像すら闇夜に映す白き炎。
炎の主である少女の瞳に、それは映っていた。
「……思ったよりも遅かったね」
白炎が消え去ると同時に、コートを夜風に揺らすその女は呆れ気味に呟いた。
漆黒の銃を持ち、足下にケースを置いたその女性。
荒野にある岩山に座す彼女。
[八咫烏]が一人、フレース・ベルグーンは。
「王城守護部隊副隊長、ファナ・パールズ。白煙が消えたと同時に居なくなっていた事に早く気付くべきだったかね」
彼女の言葉を聞いて、ファナは不快感を表すように眉根を寄せる。
ファナの纏う華美なドレスは白炎の移動により一部が焼け焦げており、美しかった装飾など跡形も無い。
「……発砲音がアダとなったな。いや、態とか」
「その通り。貴方のような淑女と会えるのは非情に嬉しい物だものね」
「獣人風情が」
ファナより放たれた魔術大砲は空気中の全てを切り裂き、フレースへと迫り行く。
彼女とファナの距離は物の数十メートル。
狙撃者という遠距離戦専門の人間だ。見極めようとも避ける事は不可能だろう。
不可能な、はずだった。
「目的は達した」
彼女の一撃はフレースの髪先を掠め、そのまま虚ろへと消えていく。
ゼルやバルドのような近接型の武人ならば、今の一撃を躱す事も不可能ではないだろう。
だが、彼女は遠距離のそれだ。
事前に撃たれる場所でも知り得ない限り、避ける事は出来ないはずだと言うのに。
「私は仕事人でね。目的以外の私闘はしない主義なのよね」
「……つまり、それは」
「仕事が終わったと言う事ね」
にぃ、と歪むフレースの両口端。
白煙を吹き出す銃口が物語るのは、先程の銃声が物語るのは。
彼女と[黒闇]の目的であった少女の命を絶った、ということだ。
「貴様……」
頬を撫でる夜風が、一層冷たくなったような気がした。
相反するように、心の奥底からふつふつと何かが湧き上がってくる。
それは獣人という存在を擁護する女が死んだことに対する喜びの感情か。
それとも、彼女を殺した女に対する怒りの感情か。
ファナがそれを理解するには、今の状況は余りに不安定過ぎた。
「……戦闘を行わないなら逃げて良いかね? 私は君のような可愛らしい少女と戦いたくないのよね」
「……逃がすとでも?」
「逃げるね。貴方と正面切って戦って勝てる自信がないからね」
「それは結構だな。こちらは貴様を殺す自信がある」
ファナは両手に魔術大砲を収束し、眼前の獣人を射殺すべく双眸を尖らせる。
今の一撃が回避された上に相手の手が解らないとは言え、所詮は狙撃者。
現状の戦闘力を考えればどちらが有利なのかなど言うまでもないだろう。
「ーーー……そうさせる訳にはいかないんだよねぇ?」
ファナの胸先を切り裂く、白銀の刃。
その一撃は完全に彼女の意識外から放たれた物であり、ファナが回避できたのは直感による、ほぼ運同然の物だった。
「ーーーッ!?」
ファナのドレスが裂かれ、胸元が露わになる。
だが、彼女はそんな事も気にせずに自らの胸元を裂いた男へと魔術大砲を放出。
しかし、その男は魔術大砲の射線を確認した上で、それを優々と回避する。
彼の速度はファナの魔術大砲の収束、発動、砲撃の動作を上回って居るのだ。
相手としては最悪に近い相性である。
「あっぶねー! マジ厄介だわぁ」
「油断するなよ、リィン。相手は王城守護部隊副隊長だ」
彼女の視界に飛び込んでくる、豪腕の男。
その男の手には何やら薄紅色の柔らかそうな塊が握られている。
心なしか動いているようにも見えるその塊を、男は隠すようにしてリィンの後ろへと歩を進めていく。
「おやおや、仕事は終わったようね。……テロさん、ニルヴァーさんの姿が見えないようだけど?」
「……説明は要るまい。鬼神が来るぞ」
彼女がテロの手中にあるそれこそニルヴァーだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
テロの言葉からしても、どうやら追っ手が来ているらしい。
フレースは現状を確認するまでも無く撤退を選択。即座に武器を片付け、荷物を持った。
「よっしゃ。じゃぁ、逃げっ」
リィンの視界は反転する。
映るのは星と月が浮かぶ漆黒の海と、天に逆さ吊りとなった仲間達。
彼等の表情は段々と驚愕に染まっていき、やがて紅色にも染まっていく。
まさか彼等が攻撃を受けたのか?
先輩と呼んでいるテロは言うまでもない実力者だし、フレースも相当な実力者のはず。
その彼等が、まさか、そんな簡単に。
「まずーーー……、一人」
虚ろな声をリィンが耳にする事は無かった。
いや、正しくは耳にしても理解し得る事が無かったのだ。
当然だろう。理解するための脳の動力源である血液の供給線。
即ち、首が既に無いのだから。
べちゃんっ
地面に落ちた、椿の花が如き肉塊。
何も理解し得ていないであろうその表情が全てを物語っている。
彼は何が起こったのか、何が起こるのかを理解する事も出来ず。
自らが死ぬという事も理解出来ずに、死んだのだ。
「リィン!!」
「……これはマズいね。まさか、彼が居るとは思わなかったからね」
闇夜から這い出るように、月光の元に一人の影が現れる。
彼の持つ白銀の刃は月光を受け、紅色に輝いていた。
その紅色は地面に軌跡を刻み、リィンの黒衣を踏みにじって。
その者は黄金の隻眼光を唸らせる。
「……[闇月]」
彼は、ジェイド・ネイガーは。
否、[闇月]は。
純然たる殺意を持ちて、刃を構えた。
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