大広間での乱戦
《王城・大広間》
「……大方、片付いたか」
肩を慣らすように大きくぐるりと回し、ゼルは軽く息をつく。
バルドも同様に苦笑するように息を吐き、軽く背筋を伸ばして見せた。
そんな彼等の前には、まるで土嚢山のように黒衣の者達が積み重なっており、彼等は等しくその身に穴を開け、紅色を零している。
「何人か逃がしたようだけれど、それぐらいなら王城守護部隊と騎士団、そして外に出ているファナがどうにかするだろうね」
「見ないと思ってたらファナの野郎、外に行っていたのか」
「彼女も居れば万全だろう?」
「……だと良いんだがな」
だが、彼等の微かな安堵は直ぐさま打ち破られる事となる。
窓硝子を突き破り、その存在は突入してきた。
全身を漆黒の闇に覆った三つの者達。
「……まだ残ってたか」
ゼルとバルドは踵を返し、突入してきた三人に視線を向ける。
それと同時に、彼等はその三人が他とは逸脱した存在である事を感じ取った。
眼前に積み重なる有象無象のそれではない。
明らかに組織の主戦力級以上の存在である事は間違いない。
「……こりゃ、マズいな」
「武器を貸しましょうか」
「くれ。鈍らじゃ無理だ」
ゼルは先程まで使っていた広い物の刀を放り投げ、バルドへと手を伸ばす。
バルドも彼のそれに答えるように刀を一本召喚して放り投げるが、それがゼルに届く事は無かった。
「はい、駄目ぇー」
ゼルへと向かっていた刀剣は、遙か裂きに居たはずの黒衣の一人により弾き飛ばされたのだ。
ゼルとバルドの間よりも遙かにあった距離を、この男は一瞬で駆け抜け、その上、刀剣を弾き飛ばしたのだ。
「良くやった、リィン」
重々しい、酷く低い声。
それに反応したゼルがその方向を見た時、視界に映ったのは自らの数倍はあるであろう長机を持ち上げた、黒衣の一人の姿だった。
「給料アップですかねぇ、テロ先輩~」
「殺せばな」
リィンと呼ばれた男は、弾いた刀を空中で受け取り、左方へと振り抜いた。
空圧すらも切り裂き、ゼルの首へと一閃を刻むべく空を疾駆する。
だが、その斬撃は彼の鉄によって弾かれ、火花を飛散させた。
「うわ、粘るね」
「うるせぇ……!!」
黒衣の男、リィンは再び斬撃を加えることなく、ゼルから距離を取る。
仮にも武器を持たない素手の相手から距離を取ったのだ。
何を仕掛けてくる、と義手を構えるゼルだが、それを仕掛けてきたのは彼ではなかった。
「むぅんッッ!!」
巨大な影。
自らの腕が、頭上が、周囲が薄暗く染まっていく。
眼上を見上げた彼の視界に映ったのは、天井すら覆い尽くす長机だった。
「木材程度で」
しかし、ゼルの眼前へと飛び出す影が一つ。
その影は長机が落下し、角が地面に衝突するよりも前に魔法を発動。
幾千の刃が現れ長机を切り裂き、一刀両断ならぬ千刀両断により微塵切りとする。
「止められはしないさ」
「……助かった、バルド」
「気を抜き過ぎだよ、君は。何処の国とも知らずに手を出す阿呆どもがここまで生き残っている意味をよく考えると良い」
「……耳が痛ぇな」
次は手渡しで。
バルドより受け取った剣を、彼は一回、二回と試し振りする。
重さも丁度良いし切れ味も悪くないはずだ。
ーーーーー……殺れる。
「うわぁー、これマジ洒落になりませんわ。不意打ち出来たと思ったのに」
「利は完全に無くなったな。後は純粋な実力勝負だ」
「実力勝負だそうだよ、ゼル」
「鉄縛装、解除して良い?」
「ここを吹っ飛ばしたら殺されるから止めておこうか」
リィンは両手にナイフを持ち、低く腰を屈め落とし。
バルドは両手を構え、その場を基点にするかのように両足をしっかりと地に着け。
テロはめきりと両拳を鳴らし、黒衣の隙間から鋭い眼光を呻らせて。
ゼルは刀剣を証明に照らして輝かせ、鉄の腕をぎしりと伸ばし。
対峙、する。
「……向こうは盛り上がってるようですけど」
一方、彼等よりかなり離れた場所には三人の内の一人である黒衣の男と、デューの姿があった。
彼等はゼル達の方とは違って得に戦闘する事もなく、地面に沈んだ黒衣の男達を椅子代わりに、座して彼等の対峙を眺めている。
尤も、彼等に戦闘の意思がないと言えばそうではない。
デューが仕掛けようとしても黒衣の男が全く動かないのだ。
その為に彼も拍子抜けしてしまって、こうして男と共にゼル達を見物している状況となったのである。
「……名前は? 聞いてませんでしたね」
「ニルヴァー」
「……ニルヴァーさんね。ジョブは?」
「再生者」
「再生者? ……聞いた事ないジョブだなぁ。戦ってみて貰えます?」
「断る」
「どうして?」
「死に戦などしたくはないからだ」
デューの大剣が彼の首筋を切り裂き、否、引き千切るべく空を疾駆する。
それは大剣という鉄塊にあるまじき速度だったが、ニルヴァーと名乗った男が躱すのに、それほど大きな動作は必要無かった。
精密な狙い故に、微かでも躱せば一撃とは成り得ないのだ。
無論、精密な狙い故に、躱すという選択肢を取ること自体が難しいのだが。
「それでも傭兵ですか」
「傭兵とは[傭われる兵]だ。所詮は道具でしかない。……ならば道具が思い通りに動かなくても、それは持ち主の不備ではないか?」
「物は言い様ですね」
「あぁ、言い様だとも」
男は立ち上がり、深く息を吐いた。
たったそれだけの行為だ。
体勢が変わったことにより出た疲れを吐き出すという、それだけの行為。
だが、それが、それだけの行為が。
彼の纏う雰囲気を明らかに変化させた。
「とは言え、使えぬ道具は処分される。……少しぐらいは、螺旋の一本ぐらいは外してみせようか」
「ははは。私は螺旋の一本ですか」
デューは大剣を肩まで回し、自身の半分以上あるであろう重さのそれを軽々しく担いでみせる。
彼の口調も、雰囲気も、構えも変わったところはない。
依然として飄々として軽快な物なのに、ニルヴァーには彼がただの黒兜を被った男から、歴戦の戦士に変わって見えていた。
「面白い、冗談だ」
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