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獣人の姫  作者: MTL2
貴族の宴
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姫としての矜持


《第一街中央部・王城西門》


「ちっ、何で俺がこんな……」


その身に似合わない鎧を身につけた男性は、不満を吐き出すように地面に唾を吐き捨てた。

彼は西門の見張りであり、王城守護部隊の隊員でもある。

だが、彼は所謂、子爵の父によるコネ入隊なのだ。

こんな見張りなどやりたくもないし、そもそも部隊に入りたくすらなかった。

子爵の父が性根を叩き直すなど何だのと言って部隊に入隊させたのだ。

前までは同じ境遇の人間が集まって楽する事が出来ていたのだが、最近は何故か隊長のバルドが訓練を超強化。

普段から運動していない自分には、部隊は地獄と化した。


「ったく、どうして……」


自らの体を締め付ける鎧を緩め、彼は王国の光灯る大広間を見上げた。

今頃、あの場所では自分の父や貴族達がパーティーを楽しんでいるのだろう。

こんな部隊に居なければ、あの場所に居たのは自分のはずなのに。

全く、何が悲しくて自分がパーティーの警備をしなければならないのか。


「……?」


だが、彼はふと、ある事に気付く。

先程まで自分の周りを歩いていたはずの、見張り仲間が見当たらない。

まさか自分を置いてサボりに行ったのか?

いや、それはない。確か西門の見張りには生真面目な先輩が一人居たはずだ。

普段から口うるさいあの人が、まさかサボるなどーーー……。


カリッ。


何かを引っ掻くような、小さな金属音。

小石でも踏んだのかと彼が地面を見下ろしたとき、視界に映ったのは銀色の何かだった。

糸だろうか。酷く細い。

そして、それを最後に、その男の意識は闇夜に融け込んでいく。


「クリア」


闇夜に染まる衣を身に纏った男達は、その王城守護部隊員が倒れるのを確認し、歩を進める。

その足音は無音に近く、布地が擦れる音程度しか周囲に零れる物はない。

そして、それ故に誰一人として気付くことはなかった。


「対象外は殺すなよ。雇い主からの条件だ」


数十人の漆黒の衣を纏う者、そして、それを統率せし人物が王城へと侵入していることに、だ。



《王城・大広間》


「き、き、貴様ぁ! 自分が何をしたか解っているのかぁ!?」


大臣、ナーゾルは唾液やワインの水滴を撒き散らしながら、喚き散らす。

公爵であり大臣である自分を蹴り飛ばしたのだ。

その処分は国外追放などでは済まない。不敬罪で、この場で首を跳ねても良い程だろう。


「き、貴様の首を撥ねッ!」


ナーゾルの言葉を断ち切る、少女の両足。

先程まで彼を見て居た貴族達の視界を独占したのは、空中を飛空する、一人の少女だった。

そう、ドロップキックである。


「ぐぼぁっっ!?」


太々しいナーゾル大臣を蹴り飛ばす、彼女のドロップキック。

一度殴っただけでも処罰物だというのに、さらに一撃を喰らわせたのである。

皿やワイングラスの破片の中に転げ落ちた大臣は一回転、さらに二回転して壁へと打ち付けられた。


「何をしたか、やと?」


一方、彼を蹴り飛ばしたスズカゼの口調は、明らかに憤怒の物となっていた。

表情も同様に影を含みんでおり、眉間には皺が寄せられた上に瞳は酷く尖っている。

それは、言うまでも無く激怒していることが解る。


「そりゃあ、こっちの台詞や。クソデブよ、おい。お前、何した?」


パキン。

小さな破砕音を踏みにじり、スズカゼは一歩を踏み出す。

彼女の纏う憤怒の気配は、周囲を圧倒し、自然と貴族達を後退らせる。

ナーゾル大臣も、貴族達も、ハドリーも。

その少女らしからぬ、否、人間らしからぬ殺気を放つ少女から、無意識の内に恐怖していたのだ。


「誰を貶した? 誰を誹した? 誰を腐した?」


「な……、あ……!?」


「巫山戯ぇなや、大臣風情。権力が何だ、立場が何だ、種族が何だ。……彼女は私の仲間や。獣人? 人間? 知った事か。貴様等の差別など、知った事か。彼女は私の仲間や」


少女の瞳に迷いなどない。

事前に注意された事など、既に彼女の頭の中には無いのだろう。

ただ愚直なまでに、仲間を誹謗されて、怒っているのだ。

その姿はまるで、全てを背負う姫のように。


「仲間侮辱されて、黙る奴が何処に居る……!?」


場を覆う空気は今や、静寂と化していた。

先程まで罵声を投げかけていた否定派の貴族も、何も言えなくなっている。

彼等の罵声とパーティーの喧騒という騒音は等しく消え去り、響くはスズカゼの言辞のみ。


「わ、私は大臣だぞ!? 公爵地位を持つ大臣だ! こんな事をすればどうなるか解っているのか!? 地位剥奪などで済むと思うな!! 貴様の華奢な首を……!!」


「地位なんぞくれてやる!! この首も差し出したる!! けどな、この信念だけはくれてやらん!!」


「き、さ、まぁああああああ…………!!」


余りの怒りに、ナーゾル大臣は震える手で、床に落ちていた皿を砕き割った。

金属音に近い破砕音が鳴り響き、貴族の中からは微かな悲鳴すら上がる。


「ふざけるな! 何が信念だ! 二十歳にも満たぬ小娘がぁ!!」


皮膚より滴る血液を振り回し、ナーゾル大臣は歯茎を剥き出しにして、全てを吐き出すように喚き散らす。

彼の皮膚には皿の破片が突き刺さっているというのに、まるで痛みを感じていないかのようだった。

いや、痛みを感じていないのではない。

それすらも上回る、怒りがあるのだ。


「貴様などに何が解る!? 貴様などに! この国の何が!!!」


叫び、喚き、吼えて。

ナーゾル大臣の醜い咆吼は、周囲の静寂を容易く踏みにじる。

最早、貴族達は呆気にとられて唖然とするしかなかった。

そんな中でも、彼は脂汗と唾液を飛び散らせながら、独り善がりの絶叫を止める事は無い。

それがいつまで続くのかなど、誰一人として解らなかった。

そう、誰一人としてこの先など知る由は無かったのだ。

それ故に。


「おい、何だアレ!?」


何かが窓硝子を突き破り、同時に大広間に白煙が広がり出す。

瞬く間に白色に埋め尽くされ出す大広間には、先程の静寂を変換するように絶叫と悲鳴が響き渡る。

余りに一瞬だった。

大広間は白に埋め尽くされ、その中に点在するかのように黒が蠢く。

余りに、一瞬で。

王城の大広間は、戦場と化した。



読んでいただきありがとうございました

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