左遷
約一週間ほど前の、獣人達の暴動。
長く続いたそれは実を結び、スズカゼ・クレハ伯爵という第三街領主を生み出した。
だが、その暴動とて安全の内に終わった訳ではない。
彼等の進行途中、第一街と第二街の境界である東門。
そこに彼女は居た。
王城守護部隊副隊長、ファナ・パールズ。
彼女は獣人達の大波と人質だったスズカゼを殺す為、魔術大砲を撃ち放った。
第二街すらも顧みない攻撃は爆風を巻き起こしはした物の、ゼルとジェイドによって阻止された。
その後に現れた王城守護部隊長によりファナは何かを耳打ちされていたが、それは定かではないーーー……。
「……何でその人がここに居るんですか」
そもそも王城守護部隊になる条件は二つある。
圧倒的な実力と爵位である。
いや、正しくは爵位だけだ。
下から上にかけて男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵……、と言うように。
権力的地位さえあれば王城守護部隊に入ることが出来る。
と言うのも厄介な権力争いだの面子上だのと面倒な話が絡むのだが、これは置いておこう。
問題点は彼女が子爵という権力持ちの上、第三街に入ればその街を滅ぼしかねないほど獣人を嫌っていること。
そしてこんな場所で大凡、女性とは思えないオンボロ姿で寝泊まりしている事だろう。
「王城守護部隊副隊長である彼女が……、このような場所に居る人間ではない事は確かだろう」
「いや、これ普通にホームレス……」
「ホームレスではない」
スズカゼの言葉を真っ先に否定したのは、寝袋に入ったまま顔をこちらに向けたホームレス、もといファナだった。
彼女は寝袋から出てきて、そのまま滑るような速度でスズカゼへと近付いてくる。
その動きに何処かリドラと近い物を感じながら、スズカゼは思わずは体を仰け反らせた。
「これは野宿だ。決して家無しではない」
「いや、端から見れば完全にホームレスですよ。現に通報来てますし」
「……この第三街では野宿は珍しくないのだろう」
「いやいやいやいや、珍しいですよ……」
「いや、珍しくないな」
ジェイドのフォローに、ファナは露骨に不機嫌そうに舌打ちする。
獣人嫌いの彼女からすれば、それがフォローだとしても気に入らないのだろう。
「……獣人風情の同情が欲しいとでも」
「ホームレスは珍しくないぞ」
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「リドラさん、何だか空き地が光ってますよ。具体的には魔術大砲的な光で」
「放っておけ」
《第三街南部・空き地》
ぜぇぜぇと息を切らすスズカゼと、刀を構えたジェイド。
その二人の前では鋭く眼光を呻らせるファナの姿があった。
「馬鹿なん!? この場所で何つーもん放っちょるん!?」
「……貴様等が私を侮辱するからだ」
「だからと言って魔術大砲を放つな。それが原因で左遷されたのではないか?」
「左遷ではない!!」
突如、声を荒げたファナにスズカゼ達は思わず一歩後退った。
オンボロ姿の彼女は再び魔術大砲を放ちそうな勢いで牙を剥いている。
どうにも、今は興奮状態にあるようだ。
ジェイドはスズカゼに目配りし、一端下がるぞと首で合図する。
彼女は再び興奮状態のホームレスへと視線を向け、彼の指示に従うことにした。
流石にこの場で魔術大砲の餌食にはなりたくない。
「……出て行け! 獣人風情!! この私に近付くなぁ!!」
ファナは怒鳴り散らし、喚き散らし、叫び散らし。
そんな彼女から逃げるため、スズカゼとジェイドは即刻撤退した。
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「あー、やっぱアイツだったか」
ゼル邸宅の、彼の執務室。
そこには片手の爪を切る彼の姿があった。
言葉からするにゼルは事前から今回の依頼の真意を知っていたのだろう。
その上で彼はスズカゼ達を現場に向かわせたのだ。
その場で死にかけた彼女とジェイドにすればたまった話ではない。
彼等はゼルに説明を求めるが、その当人が行ったのは困惑の表情を浮かべるだけだった。
「……何と言うか、なぁ」
ゼルが説明した事は、こうだった。
ファナ・パールズ王城守護部隊副隊長が行った行為は人民への攻撃に等しく、看過できる物ではない。
よって罰を与える、とメイア女王、延いてはバルド王城守護部隊長から通達があったのだ。
尤も、現場で耳打ちされていたことから彼女の左遷はバルドの提案による物と思われる……、と。
「え? 左遷?」
「第三街の治安維持及び領主の身辺警護があの小娘の任だ」
「……領主って私?」
「だな」
それは正しく左遷だ。
王城守護部隊副隊長という実力と権力的立ち位置、そして子爵という権力地位を持ちながらにして、未だ差別意識の残る第三街への異動。
これを左遷と言わずして何と言おうか。
「治安維持、という事は奴は正式に王国から派遣された姫の護衛という事だろう。それがどうして空き地でホームレスなどしているのだ」
「暴動の時に見たとは思うが、奴は極度の獣人嫌いだ。……それで、その、だな」
ゼルは言いにくそうに口ごもり、眉を歪めて口端を下げた。
彼の言いたい事は解る。だが、どうしてもそれを自らの口からは出せないのだろう。
当の本人達を前にしては口籠もってしまうのも至当だ。
「獣人達の救世主であるスズカゼの事が気に入らない、と」
だが、ゼルの口籠もっていた内容を述べたのはジェイドだった。
彼としてはそんな事を気にしていないのか、ただ事実を述べるように平然としている。
スズカゼも然程気にしていないのか、他人事のように聞いている状態だ。
ゼルが思っている以上に彼等の精神は図太いのかも知れない。
「と言うか、そんな理由で職務放棄とか……。あの人はそれでも大人ですか!?」
「……確かに大人びては居るが、ファナは確か、今年で15だぞ」
「えっ」
「あぁ、そうか。道理で顔つきが幼いと……。……どうした? 姫」
「えっ、いや、あの胸……」
スズカゼの記憶が正しければ、オンボロ服を身につけたファナの胸元には、それがあったはずだ。
こう、具体的に言えば二つの山というか塔というかメロンというか。
「……確かにお前の数倍はあるな」
「あ゛?」
「その人殺しのような眼を止めなさい、マジで怖いから」
「その言葉を撤回しろ、ゼル・デビット」
「じぇ、ジェイドさんっ……!!」
ジェイドのフォローに、スズカゼは思わず感極まった言葉を上げる。
そうだ、自分の家の居候にケチケチ文句を言うような人より、仲間の為に立ち上がれる獣人の方が頼りになるのだ。
自分の事を姫と呼んでくるのはまだ気恥ずかしいけれど、このような人に呼ばれるのならば悪くないーー………。
「0には何を掛けても0だ」
「あっ、そっか」
「…………」
「……リドラさん、何だか上が騒がしいですよ。具体的には男性二名の悲鳴と共に」
「放っておけ」
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