嫌味は聞き流すが吉なり
「まずは皆、集まってくれたことに感謝するわ」
大広間の最高地に座すメイア。
彼女は豪華な椅子に座ったまま、片手でワイングラスを掲げ上げた。
本来ならばここで様々な述べ口上を行うのだが、今回はあくまで貴族達の不満を解消するためのパーティーだ。
堅苦しい事は要らない、という事で、その口上は省略。
彼女が形ばかりの挨拶を二言三言ほど交わした後、パーティーは再び賑やかな活気の中へと沈んでいく。
「……バルド」
そんな喧騒を眺めながら、メイアは小さく呟いた。
彼女の言葉に応えるように、にこやかな笑みを浮かべながらも慎重な足取りの男が、メイアへと近付いていく。
「どうかしら」
「入場者に異変はありません。名簿も数が合います」
「外部は?」
「特に異常はありません。……入国経歴も用心深く調べましたが、問題はありませんでしたね」
「そう。……それじゃ、警戒は怠らないようにね」
「はい」
バルドは一礼と共に、喧騒の端へと姿を消していく。
彼の存在など容易く塗り潰して、いや、それほどまでにバルドの姿は薄かったのだろう。
どちらにせよ、バルドの姿は既にメイアの視界から疾うに消えていた。
「……さて、いつ仕掛けてくるかしらね」
彼女は喧騒を一つの景色として脳裏に映し、静かに瞼を閉じる。
同時に、手の中にあったワイングラスを傾け、美しい唇へとその縁を付けた。
口内に流れ渉る風味を楽しみながら、彼女は微かに口端を緩ませる。
「楽しみだわ」
「まぁ、見てくださいませ。アレが噂の」
「おやおや、私はもっと老齢の女性かと思っていたよ」
「いやぁ、姫と言うのだから、私はもっと幼い女性かと」
一方、壁際でにこやかに佇む女性には多くの視線が集まっていた。
メイアの挨拶も終わって自由に動き回り、言葉を交わすようになった貴族達の注目が一気にスズカゼへと集まってきたのだ。
普段の彼女ならばあたふたと慌てて、何らかのヘマを起こしていただろう。
だが、今の彼女は正しく人形だ。
ただにこにこと微笑んでいるだけの、人形。
「何だ、アレは。……何だ?」
「下手に動いて墓穴を掘らないように、終始にこにこしとけって言っといた」
彼女より少し離れた場所では困惑するリドラと、片手にワイングラスを持ったゼルの姿があった。
ゼルは騎士団長という立場故に様々な人物に挨拶して回らねば成らず、今はその一環でリドラの前に居る。
まぁ、リドラとは旧知の仲なので別に省いても良いのだが、ゼルからすれば小休憩のような物だろう。
「……いつ限界が来るか見物だな」
「いや、流石ににこにこしてるだけなら問題はねぇだろ」
グラスを上げてワインを飲み干したゼルは、空となったそれを給仕係の持つトレイの上に置き、数度ほど首をこきりと鳴らした。
彼自身、有名な獣人擁護派の人間だ。挨拶回りの中でも嫌味たらしく反応された事もあって、気疲れが溜まっているのだろう。
とは言え立場は立場で義務は義務。果たさなければならない物は仕方ない。
このパーティーとてスズカゼがサウズ王国に来てからは行ってなかったが、それまでは何度も経験した事だ。
獣人否定派の貴族の嫌味も今では暗唱できる程となった。
聞くだけ無駄。聞き流すが吉だろう。
「おや、苦労しているようだねぇ?」
来た。毎度毎度、このパーティー名物にして最大の難関。
獣人否定派筆頭とも言えるこの男による嫌味大会だ。
「……大臣殿ですか」
「如何にも。……で? 最近は会う事が無かったけれど、小娘の為に女王に反した男はどうしていたのかね?」
「はて、私はそんな男は知りませんな」
「言わなければ解らないのかな? 君のことだよ」
「はぁ、際で」
ゼルの表情はどうでも良いような、何処を見て居るかも解らないようなぼんやりとした物だった。
大臣からすれば何と無礼な男だろうか、とでも思っているのだろうが、その光景を見ているリドラは背筋に幾筋もの冷や汗を流している。
それもそのはずだろう。先程からゼルの掌が腰元に帯刀している剣に伸びては引き、伸びては引きを繰り返しているのだから。
「……ゼル」
「んー? どうかしましたかリドラくーん」
「い、いや……」
大方、この男の事だ。
大臣に視線を合わさないのも、この男の顔をまともに見れば堪忍袋の緒が切れてしまうからだろう。
勿論のこと、立場からしてもそんな事をしては取り返しの付かないことになる。
それ故のこの反応だろうが、いつまで持つか不安で仕方がない。
「ふん。……それにしても、どういうつもりかね? このパーティーに獣人を呼ぶなど」
「俺の判断じゃないです。馬鹿……、メタルの判断ですよ」
「……あの男はどうにも信用ならん。おい、騎士団長。早々にあの男を国外追放しろ」
「面倒なんで嫌です」
「……役立たずめ。そんなのだから、あんな小娘に上を行かれるんだ」
「へいへい、肝に銘じておきますよ」
まともに対応する素振りすら見せず、ゼルは終始こんな様子だった。
巫山戯ているのか、だとか、馬鹿にしているのか、など。
散々な罵声を浴びせられてもゼルは飄々と躱し続け、やがて大臣が訳のわからない暴言を吐いて去って行くまで、彼は気抜けた表情のままであった。
「……流石だな」
「何が?」
「い、いや……、何でも」
読んでいただきありがとうございました




