パーティー開始
《王城・大広間》
「……絶対に粗相するなよ。絶対だからな」
「……振りですか?」
「違ぇよォ!?」
随分と間は開いたが、時は現在に巻き戻る。
スズカゼとゼルがパーティー会場到着し、豪華絢爛な世界の中に放り込まれた直後。
彼等は非情に困惑しながら、周囲を行き交う貴族達へと目を移し流していた。
「良いか? ただでさえ獣人否定派の連中はお前を睨んでんだ。そうじゃなくても初参加で話題のお前は貴族連中の恰好の的だ。粗相の一つで一週間は噂になると思え」
「……シビアですねー」
「まだマシだろ。とある騎士団長なんて免罪の覗き行為で一年は噂になる所だったんだ」
「それ貴方じゃないですか」
「免罪だもん。噂にならなかったもん。潰したもん。……権力でな」
「最後に凄いこと言いましたね」
流れゆく貴族達の中には、黒兜と羽毛、そして暇人の姿が垣間見える。
ゼルはそんな彼等の様子を傍目に見ながら、依然として変わらぬ表情を保ち続けていた。
彼がハドリーをスズカゼから離して配置したのには理由がある。
それは彼女に貴族達の好奇の目を向けさせるためだ。
「……はぁ」
ハドリーは獣人だ。第一街で過ごしてきた貴族など、暴動時までは殆どが獣人の姿を見たことが無かったはずだ。
それでも否定派が存在するのは、獣人の噂を聞いて、勝手な自己判断を下した故である。
だからこそ、こうして、この場に自らの自己判断を揺るがす存在があれば、必ず好奇の目が向く。
況して女王に直談判し、戦闘能力の少ない獣人だ。適材適所に過ぎる程だろう。
だが、それはあくまでハドリーを衆目の目にさらすと言う事を前提にした計画である。
そんな、彼女の存在を弄ぶようなマネをしたのには理由がある。
スズカゼに貴族共の好奇の目を向けさせないためだ。
「どうかしましたか? ゼルさん」
「……いや、何でもない」
スズカゼに、人間の悪意や好奇の目は向けさせたくはない。
彼のその思想を導き出したのは、やはりベルルーク国での一件だった。
バボック大総統が彼女に向けた、自身の狂気。
それは未熟な少女を打ち崩すには余りに充分な物だった。
だからこそ、今は、ほんの小さな狂気とて向けたくはない。
それが悪意や好奇という、人が必ずしも持ち合わせて居る物であれ、だ。
「まぁ、何にせよ、だ。あの三人が護衛に付いてりゃ問題はねぇだろ。お前は下手に粗相しないように、ずっとニコニコして立ってろ」
「……それ、マズくないですか?」
「あ? 何で?」
「私に惚れる貴族様が続出……」
「胸見て言え」
ゼルの革靴にハイヒールの踵先が直撃し、彼の足小指は悲鳴を上げる。
本人も凄まじい形相を浮かべるが、この場で悲鳴を出す訳にもいかず、首筋に青血管を浮かべてまでそれを耐える。
機械仕掛けの人形のように震えながら隣を見た彼の瞳に映ったのは、とても良い笑顔のスズカゼだった。
「黙れよ。な?」
「アッ、ハイ……」
「痛いぞ-、あれ」
「うわぁ……、見た目と違って鬼ですねぇ……」
一方、こちらはスズカゼとゼルから少し離れた場所に居るメタルとデュー。
彼等は片手に豪勢な食事の乗った皿を持ち、それを摘みながらスズカゼとゼルのやり取りを見ていた。
いや、摘むというのは少しばかり語弊がある。
彼等の食事の速度は最早、護衛故の見張りよりも食事の方に集中しているとしか思えない物だった。
現に彼等を目に留めた貴族は引き攣った笑みを浮かべて何も見なかったと言わんばかりに過ぎ去って行っている。
「デュー、そっちの料理取って。美味そう」
「貴方、さっきから肉しか食べてないじゃないですか。野菜食べなさいよ、野菜」
「野菜は野草で食い飽きた。肉くれ」
「俺は木の実ばっか喰ってたから、逆にそっちの方が好みに……」
「……肉喰おうぜ? 今日ぐらい贅沢しても絶対バチは当たらねぇから」
「肉とか毒だよ」
「そんなレベルで!?」
そんな語り合いをしながらも手を止めない二人。
相変わらず凄まじい早さで食事を口へと運んでいっている。
とは言え、流石に咀嚼の時間はあるので互いに喋らない、少しの静寂が生まれる訳で。
それを機に、と言わんばかりに、口内の物を飲み込んだデューは声色を変えて会話を再開させる。
「ギルドに[八咫烏]っていうパーティー、とは言っても一人なんですが、そういうのがありまして」
「あー、聞いた事あるわ。何だっけ、暗殺専門だっけか?」
「えぇ、まぁ。黒い仕事ばかりやってる人でしてね。……で、その人が今、こっちに向かってるそうなんですよ」
ぴくり、と。
彼の言葉を聞くなり、メタルの手が一瞬だけ動きを止める。
だが、それも微かな物で、彼はデューの視線が向いたときには変わらず食事を続けていた。
「……何でお前が知ってるんだ?」
「そりゃ、ギルドの一員ですからね。ある程度の情報は回ってきますよ」
「確かに同じ仕事場でギルドの人間同士が敵対したって、ギルドに良い事は一つもねぇわな。そういう意味で、か」
「えぇ、まぁ」
「……ってか、それってバラして良いモンなの?」
「えっ、駄目ですけど」
「駄目なんかい!!」
「まー、そこは付き合い勘定で。あの人の仕事は悪くないんですけど、好きじゃないんです」
「好きじゃない……、ってのはどういう事だ?」
デューはメタルの問いに顔色を変える。
とは言え兜で顔は見えないので、あくまで雰囲気が、だ。
だが、そのあくまで、の物から感じ取れるほどに変動した様子からしても、彼が[八咫烏]の人物を相当嫌っているのが解る。
「……ま、そこは見れば解りますよ。どうせ四天災者[魔創]の事です、これぐらいの情報は掴んでるのでは?」
「いや、だってアイツの場合は掴んでても、で? って言い出すからな」
「あー、あぁー……」
「解るだろ?」
彼等は再び咀嚼するために、その話題を打ち切った。
微かな、口の中で食物が飲み込めるほどになるまでの静寂。
だが、その静寂は余り嬉しくない話題を終わらせるには充分だった。
「……ま、何にせよ、俺達は俺達の仕事をやろうや」
「ですねぇ」
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