迫る不穏
「何をやっているんだ……」
「……ふん」
別の意味で乾いた笑みを向け合うスズカゼとメイドの元に、二人の人影が現れる。
非常に呆れた声で、彼等は鏡に向かうスズカゼ達の隣へと歩いて来た。
「あ、リドラさんに……、ファナさん」
そこに居たのは国家お抱えの鑑定士であるリドラ・ハードマンと、王城守護部隊副隊長でありスズカゼの護衛であるファナ・パールズ。
共に子爵位を持つ彼等だ。このパーティーに参加するのは普通だろう。
とは言え、普段と全く違う彼等の姿にスズカゼは驚きを隠せていないようだが。
「リドラさんが白衣じゃない……?」
「……このような場に白衣で来るはずが無いだろう」
「でも猫背はそのままなんですね」
「……まぁな」
黒のスーツを身に纏い、髪までオールバックにして後ろで纏めているというのに、リドラは相変わらずのL字型の猫背だ。
ファナも美しいドレスに身を包んでいるというのに、いつも通りの無愛想な表情と来た物だ。
着せ替え人形でないのだから、少しぐらい表情を変えても良いと思うのだが。
……それにしても。
「ファナさん、サイズ聞いて良いですか?」
「……サイズだと?」
「うん、サイズ」
「……何のだ?」
「そのたゆんたゆん揺れとる乳のサイズ教えぇ言うとるんじゃゴラァ」
「おいメイド、この小娘止めろ」
15歳の少女に似合わない胸部は、自らを締め付けるドレスを押し返すかのようにたゆんと揺れる。
一方、既に二十歳近い女性の方はドレスの圧迫力を享受する包容力を見せている。
尤も、包容力とは言え包む物は何もないのだが。
「す、スズカゼさん! まだ望みは!!」
「もう無いだろう、この胸では」
「黙るんだ、ファナ」
「15の小娘に何が解るんじゃ? あ? 言うてみ? ん?」
「上等だ、貴様」
「お? やるんか? このおっぱい揺らしてやるんか!?」
「にゅあああっ!?」
ファナの乳を鷲掴みにするスズカゼと、スズカゼに乳を揉まれて全身を悶えさせるファナ。
そして、そんな彼女達を全力で止めるメイドとリドラ。
貴族達は別の意味で彼等に好奇の目を集めながら、各々に笑い声を零していた。
《王城・女王私室》
「警備は?」
「万全のはずです」
寝台で、純白の衣から女王の衣へと着替えるメイア。
そんな彼女の眼前には膝を突き、頭を垂れるバルドの姿があった。
月夜の灯りだけが照らし出す、女王の私室。
微かな静寂の中に浮かぶ彼等は小さな声で言葉を交わし合う。
「王城守護部隊と王国騎士団の合同警備ですので。スズカゼ・クレハの事もあって普段より強固となっており……」
「当然よ。……前より少しは使い物になるかしら?」
「えぇ、多少は、ですがね」
結構、と言うかのようにメイアは衣に腕を通し抜く。
今まで権力で部隊に縋ってきた餓鬼共が使い物になるなら充分だ、という事だろう。
バルドも彼女のそんな意図を察してか、いつも通りの笑みの中に微かな色を含ませた。
「それともう一つ、御耳に入れて起きた事が」
「何かしら」
「ギルドより通達がありました。サウズ王国へギルド登録パーティー[八咫烏]のフレース・ベルグーンがこちらに向かっている、と」
「……ギルド屈指の暗殺者ね」
「えぇ、その通りです。狙撃の腕は随一でしょうね」
「解ったわ。……それにしても、よく情報を得られたわね」
「黒尽くめの一件とクグルフ国の一件がありましたからね。ある程度の警戒は上げるようにしているんですよ」
「ギルドに金を送って情報を回すようにして置いた、と」
「……情報戦略と言って欲しいですねぇ」
先程まで微かな色を含んでいた笑みは、苦笑へと変わる。
だが、彼の得た情報は非情に有益だ。
ギルド屈指の暗殺者、フレース・ベルグーンは否定派の人間の誰かに雇われたのだろう。
となれば当然、標的は一人となる。
「自分の身は自分で守るわ。……護衛をスズカゼに集中させなさい、と言いたいところだけれど」
「貴族のパーティーで反感を買うのはマズいでしょう。何十人もの兵士に囲まれた貴族来賓などお笑い物だ」
「……貴族から反感を買って資金の供給や国内情勢を荒らされるのは余りにタイミングが悪いわ」
「えぇ、ベルルーク国の動向が怪しい以上、常に万全の状態でなければならないでしょう。同様の理由でパーティーを中止させるのも好ましくない」
「近頃の、暴動や黒尽くめ集団の事もあって貴族の不満も溜まってるわね。解消のためには……」
「パーティーを開くのが経済的にも時間的にも、非情に手軽、と」
「……そうなるわね」
メイアとバルドは面倒くさそうにため息を零す。
国を治める者達の憂い、と言った所だろうか。
ベルルーク国の動きが非情に怪しい現在では、彼等の言うようにサウズ王国は最大の警戒を払っておかなければならない。
もし戦争になどなれば、対岸にあるこの国が真っ先に仕掛けられるとは考えにくい。
だが、スズカゼが招かれ、ただでさえ[魔炎の太刀]という魔具を受け取っているのだ。
ベルルーク国、延いてはバボック大総統とイーグ将軍がこの国の、スズカゼに特別な意識を抱いているのは間違いないだろう。
「……スズカゼに護衛は?」
「メタルさんと秘書という名目で獣人のハドリー・シャリア。そしてギルド登録パーティー[冥霊]のデュー・ラハンですね」
「戦力的には充分ね。……うん、結構」
メイアは踵を返し、月光の中を進み行く。
その先は光に包まれた廊下であり、彼女の背中姿は天女の様にも映る。
バルドはそんな彼女の後ろ姿を眺めながら、苦笑するように肩を落とした。
「行きましょうか。貴族様のご機嫌取りに」
「は? 鬱陶しいの居たら消すけど」
「そこは自重してくださいね、割と本気で」
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