表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
貴族の宴
114/876

護衛の二つの条件


「お似合いですよ」


メイドは微笑みながら、糸屑の着いた手を振り払う。

彼女の瞳に映るのは、正しく馬子にも衣装という言葉が当てはまる少女の姿だった。

普段の簡素な衣服からは想像も出来ないような、豪華絢爛なドレス。

馬子である少女はそれの全体図を確認するように、慣れない足取りでくるりと一回転してみせる。

大きな、彼女一人なら簡単に縁内部に納める鏡はそこに映ったのは、いつもと全く違う風貌の自分自身だった。


「……これ、高かったんじゃ?」


「スズカゼ様は初参加ですからね! 幾ら着飾っても足りない程ですよ」


「は、はぁ……」


現実世界に居たならば、とてもこんな物は着られなかっただろう。

いや、そもそもこの世界に来たとしてもこれ程の物を着られるとは思わなかった。

まぁ、出来る事ならもっと平和な時に着たかった物だが。


「にしても、大丈夫ですかね? これ」


豪華絢爛なのは結構だが、どうにも脆さを感じさせる構造だ。

もしパーティー中に着崩れなどしては大変な事になるだろう。

まさか自分にこのドレスを直す技術があるわけでもない。


「あ、私も着いてくので大丈夫ですよ。そういう事も仕事の内ですので」


メイドはにこやかにそう答えた。

流石はメイド。この家の家事を一人でこなすだけのことはあるだろう。

これでパーティー中の衣装についての心配は無くなった。

さて、そうなればやはり最大の問題はパーティー中の護衛となる。


「……大丈夫かなぁ、あの人」


スズカゼは物思いに耽るようにかくんと顎を落とした。

彼女の脳裏に浮かぶ光景は時を遡って数時間前。

具体的にはとある暇人がゼルの執務室へと乗り込んだ時まで遡る。


「護衛ぃ?」


その暇人ことメタルは、ゼルより用件を伝えられると同時に間抜けた声を零した。

まさか急に伯爵位を持つ人間を護衛しろ、と言われるとは思わなかったのだろう。

尤も、女王と友人関係にある彼からすればただの小娘を護衛する事と何ら変わらないだろうが。


「パーティーでスズカゼを?」


「頼めるか?」


「いや、良いんだけど……」


彼は何か思うことがあるのか、あーーー……、と声を伸ばしながら返事を渋る。

言葉からして護衛自体に問題は無いのだろうが、それ以外に何かあるようだ。

とは言え、定住地を持たない放浪者がまさか貴族への体裁を気にするわけでもないだろう。

では、彼はいったい、何を悩んでいるというのか。


「受けて良いけど、条件が二つ」


Vサインのように指を二本立てながら、メタルは少し厳しい顔つきとなる。

普段は暇で仕方ない、先程までどんな事でもやるぞと言わんばかりにいきり立っていたというのに、まさか条件付けしてくるとは。

流石のゼルもそう予想していなかったのか、少し後退るように濁った返事を返す。


「……聞こう」


だが、現状況でまともに護衛を頼めるのは彼ぐらいの物だ。

条件にもよるが多少の事は飲まなければ仕方ないだろう。

尤も、まさかこの男が金銭的な駆け引きを望んでくるとは思えないが。


「一つ、俺の指定した護衛を増やすこと」


「は、はぁ?」


この男は何を言っているのか。

スズカゼもゼルも、そう言いたげに大きく顎を落とす。

ただでさえ護衛と成り得る人物が居ない為に、こうして彼に頼っているのに、護衛を増やす?

しかも自分の指定した、と来たものだ。一体、誰を呼ぶというのか。


「お、おい、メタ」


「次に!」


ゼルの言葉を打ち切り、彼は一本の指を強調する。

言葉の強さからしても、恐らくこちらが本題だろう。

彼が提示する条件、それは一体何なのか。

護衛を増やすなどという予想外の物を初っ端から突き付けられたのだ。

何が来る、とスズカゼとゼルは共に息を呑み、メタルの言葉を待つ。


「……俺に対する目が温かくなるように武勇伝でも広」


スズカゼが椅子から倒れるような流れでメタルの下に潜り込み、アッパーカットを放つまで物の数秒。

その見事な動きに、ゼルは惜しみない称賛の拍手を送っていた。



《第一街北部・喫茶店ローティ》


「……似合わんな」


喫茶店の椅子に腰掛け、抱え込むようにして紅茶を嗜む男性。

いや、実際に抱え込んでいるわけではないのだが、その酷く曲がった背筋のせいで前のめりとなり、抱え込んでいるように見えるのだ。

その姿勢と、彼自身の不満げな表情は相まって、周囲に異質な気配を漂わせている。

故に、普段は貴族婦人などで溢れているはずのテラスには彼と王国騎士団長の姿しか無かった。


「こんな所に居るのが、か?」


「違う。迂闊な行動という意味で、だ」


苦々しい表情のまま、リドラは紅茶を口内へと流し込む。

芳醇で濃厚な香りが彼の鼻腔へと漂うが、彼は今、それを楽しむ気分ではない。

現に彼の表情は酷く不機嫌な物であるというのに、対峙しているゼルの表情は依然として軽快な物だった。


「勘違いしてくれんなよ? 俺だって何の考えもなくやってる訳じゃねぇ」


「そんな事は解っている。問題点は貴様が何を考えてこれを成すか、だ」


「……今は言えねぇ、かな」


「今は? 状況次第では明かす、と?」


彼の問いに、ゼルは小さく頷いて見せた。

リドラとてゼルとの付き合いは長い。

この様な反応を見せた時は、大抵、裏に何かあるときだ。

それをリドラは感じ取り、ため息混じりに紅茶を全て飲み干した。


「終われば種は明かせ。私とて、そうしているのだから」


「……あぁ」


リドラは財布を取り出し、そこから紅茶分の代金を机に置いて席を立ち上がる。

その後は何も言わず、テラスから一望できる第三街を背負うように、彼は喫茶店から退出していった。

残されたゼルは数枚の硬貨を見詰めながら、深く、そして何処か気怠そうにため息をつく。

どうしてこうも、自分は面倒な立場に立つのかーーー……、と。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ