貴族パーティーへのお誘い
【サウズ王国】
《王城・大広間》
「……どうなってんだ? これ」
「私が聞きたいです。割と本気で」
ゼルとスズカゼの姿はいつもと大幅に違っていた。
ゼルは普段の甲冑姿や普段着のそれではなく。
スズカゼは普段通りの軽い布製の衣服ではなく。
彼等は共に煌びやかで華美な、美しい正装に身を包んでいる。
常日頃のゼルやスズカゼからは想像も出来ないような恰好だ。
彼等の周囲も同様に、普段とは全く違う人物に囲まれていた。
「見てくださいませ。彼女があの噂の」
「あぁ、獣人の姫ですなぁ」
スズカゼには幾つもの好奇の目が向けられている。
それを向けているのは等しく豪華な衣装に身を包んだ者達であり、いつもスズカゼが見て居る獣人や貧しい人々とはまるで違う。
彼等には正しく[貴族]という言葉が似合うだろう。
事実、彼等はその貴族なのだから。
「……絶対に粗相するなよ。絶対だからな」
「……振りですか?」
「違ぇよォ!?」
《第三街東部・ゼル男爵邸宅》
「……非常にマズい事になりました」
顔を両手で覆い尽くしたゼルは、涙ぐんだ声でそう述べた。
いつもと違う口調からして、本当にマズい事になったのだろう。
「どういう事ですか?」
スズカゼは小首を傾げながら彼の言葉に答えを求める。
当然だ。今まで彼がこんな反応を見せたことなどないのだから。
「……断るべきだったんだがな。断るに断れなくてよ」
そう述べるゼルの言葉には、何処か後悔の念が混じっている。
恐らく、彼の思惑としてはベルルーク国から帰還して一週間と経たたない上に何であれ責務を負わせたくは無かったのだろう。
スズカゼの調子も仲間や第三街の民達と接するに連れて、段々と元気を取り戻してきているとは言え、まだ本調子ではない。
だからこそ、今はスズカゼに安静な時間を与えるべきだ。
彼はきっと、そう考えていたに違いないだろう。
「ゼルさん……」
ここまで声の調子を崩すほど悩み抜いた上で、それでも断り切れなかったのだ。
きっと、彼は凄まじく自身の中で葛藤を繰り返したに違いない。
ここまで自分を思ってくれる仲間が居るというのは、何と嬉しい事だろうか。
そうだ、彼が断れなかったのは仕方ない事ではないか。
自分がすべきことは、彼の悩みを解消すべく行動を起こすことだろう。
そう、それが如何なる事であれーーー……!
「貴族共のパーティーなんざ断れば良かった……!」
「あ、お腹痛くなったんで帰ります」
「おい待て何処へ行く」
「いや、家に」
「テメェの家はここだろうが居候娘ェエエ!!」
数ヶ月前の自分だったら、きっとパーティーと聞いて喜び回っていただろう。
多分、ゼルにうるさいと怒られるほどに。
だが、今の自分はその意味が解らないほど馬鹿ではない。
貴族のパーティーについては小耳に挟んだことがあった。
不定期に開かれる、貴族の大集合会みたいな物だ。
大集合会と言っても会議を行うのでは無く、ただ単に食事をして話をするだとか、ダンスを踊るだとか。
その点ではパーティーと言うよりは舞踏会と言った方が正しいのかも知れない。
まぁ、それだけならば何ら問題はないだろう。
ダンスだって誤魔化せば良いし、豪勢な食事だけ楽しんで帰ってくるのも悪くない。
だが、自分が今までそれに参加しなかったのには理由がある。
確かにメイアからの依頼が被ったりだとか、忙しかったりで行けなかった事もあった。
しかし、それ以前に自分の立場からしても、余りに大きな問題があるのだ。
そしてそれはゼルにも共通することである。
「もう誤魔化しきれねぇ! 今回ばかりは腹ァくくれよ!?」
「無理ですって! 絶対、無理!!」
そう、獣人否定派と獣人擁護派だ。
第三街が一部独立地区となりカードが作られ、ある程度の治安が約束された今でも、貴族の中には未だ獣人を否定する物が多く居る。
無論のこと擁護してくれる貴族も居るのだが、それとは話が別だ。
今回のパーティーでは当然、否定派も擁護派も参加するだろう。
そんな中で、彼等からすれば自分は格好の種なのだ。
噂や世間話の恰好の種なのである。
「そもそも伯爵位を持つ人間が今まで辞退できてきた事が奇跡なんだよ! そのせいで簡単には姿を見せない伯爵とか何とかで貴族の間じゃ妙な噂になってるし!!」
「もうそのまま噂で終わらせましょう。私は幻だったんですよ」
「終わらせられる訳ねーだろうがぁ! 幻なのは胸だけにしとけ!!」
「もういっぺん言うてみ? ん? ん?」
「……何でもないです」
何はともあれ、どうやら流石にもう誤魔化しきるのは難しいらしい。
貴族同士のパーティーだ。ゼルや他の知り合い面々も参加できるし、ある程度のフォローはする、とのこと。
しかし獣人否定派が何をしてくるか解らないし、貴族の面々からしてもスズカゼが邪魔な連中は決して少なくはないだろう。
例えば獣人を安い賃金で働かせていた者共など最たる例だ。
「護衛を付けたいんだが、デイジーやサラはあくまで騎士団所属っつーレッテルがあるからな。ファナだって子爵位持ちだ。個別に出なきゃならん」
「……ジェイドさんは?」
「奴は無理だ。アイツは余りに顔が知れすぎてる。暴動の時は獣人を引っ張ってた奴だぜ?」
「えーっと、じゃぁ、ゼルさん」
「俺は騎士団長なんで余り迂闊に動けないんですけどねぇ! ただでさえ獣人擁護派筆頭って感じで否定派貴族連中から睨まれてんのに」
「……他に居ます? 地位を持ってて護衛できる人」
「うーん、そんなに大きな戦闘力は要らないから、貴族間でも睨まれて無くて、護衛に回れるような人間……」
スズカゼとゼルは頭を捻り、思い当たる人物を模索していく。
とは言え獣人は駄目で本業であるファナも動けず、デイジーやサラに至っては参加すら出来ない。
条件としてはそんなに難しくないのだが、それを行える、信用に足る人物が居ないわけで。
「……リドラさんって地位持ってますよね?」
「アイツが戦えると思うのか……」
「ですよねー……」
こうなってはいよいよどん詰まりである。
まさかバルドに頼むわけにもいかないし、かと言って他の人材となれば思い当たる物が無い。
そこそこの戦闘力を持っていて地位もあって貴族間で睨まれていない人物ーーー……。
「「……あ」」
スズカゼとゼル、彼等がその人物について気付くのは同時だった。
互いに視線を交差させた二人は言葉無く思考を確認し合い、頷き合って見せる。
たった一人だけ居るでは無いか。
そこそこの戦闘力があって城に入れるだけの身分で貴族間で睨まれるどころか認識すらされていない人物が。
「おーい、何か面白い事ないー? 暇ぁー!!」
そして、まるで狙っていたかのようにその男は執務室へと踏み込んでくる。
放浪者のくせに国に滞在し続け、働く事もないので王城守護部隊の兵士達に生暖かい目で見られ続けている、その人物。
「あ、話し中だった?」
「おい」
「な、何だ?」
「働けニート」
「えっ」
そこそこの戦闘力があって城に入れるだけの身分で貴族間で睨まれるどころか認識すらされていない、その人物。
メタルは正しく、スズカゼの護衛に適任と言えるだろう。
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