閑話[大総統と将軍]
【ベルルーク国】
《D地区・軍本部・大総統執務室》
「どうだったかね?」
バボックはにこやかな表情のまま、その言葉を述べた。
その表情の意味は機嫌が良いからだとか、そんな理由では無い。
ただ単に、答えが分かりきった問いだからだ。
「スズカゼ・クレハはやはり間違いなく精霊の要素を持ち得た人間だ。そして、それ故に非常に危ういバランスの上に成り立っている」
彼の、答えの分かりきった問いに答えたのはイーグだった。
大総統執務室に置かれた高級品のソファに腰掛けながら、物言わぬ表情を保ち、言葉を続ける。
「精霊が魔力によって召喚されるように、あの少女も己の魔力で召喚されている。使霊の主が己である、とでも言おうか」
「己の魔力で現世に存在できる、と。妖精はともかく、精霊ともなれば人間よりも遙かに能力は高い。張り合えるのは獣人でも難しいだろうね」
「そう、半精霊は人間よりも遙かに能力が高い。それが身体能力であれ感覚神経であれ、な」
「だけれど、それに対するデメリットもある」
「あぁ。先程も言ったように人間と精霊のバランスは非常に危うい。そもそも身体上の、物理的に存在し得ないバランスとなれば、それを左右するのは」
「魔力」
「その通りだ。魔力により精霊と人間の境界が変化するならば、現状のスズカゼは酷く不安定だった。クグルフ国での一件が影響しているのだろうな」
「なるほどね。その魔力を発散するのが君の[魔炎の太刀]という訳だ」
「あぁ。[魔炎の太刀]は魔力に呼応して威力を上げるように造ってある」
「即ち、常に魔力を消費すると?」
「魔力が一定量あるならば、な。余りに魔力を消費しすぎると精霊としての要素が消えてしまい、本人も消滅する事となる」
「なるほど、中々どうして面倒な体質だ。ほんの少しの差違で己を壊すのだからね」
「だが、そんな体質の人間だからこそ我々には必要だ。そうだろう」
「……あぁ、その通りだとも」
笑みを崩したバボックは酷く冷たい目で眼前を見詰める。
その視線の先にイーグは居ない。
ただ、あるのは遙か先にあるはずの虚空だけ。
「……まぁ、少し計算外な事もあったけど、大凡は計画通りだ。問題はない」
虚空を見つめる瞳を閉じ、バボックは机の中から封の施された煙草を取り出す。
その箱の装飾は非常に豪華で、一目でただの品では無い事が解る。
恐らくは彼が隠し持っていた極上の一品なのだろう。
だが、その極上の一品もひょいとイーグに取り上げられることとなる。
「あ!?」
「禁煙中、だろう。何を自然に取り出している」
「少しぐらい駄目かな? こんな大事が終わった後だ。慰安と祝勝で」
「全てが終わってからにしろ」
「む、むぅ……」
「それより話し合うべき事がまだ残って居るだろう」
「……あぁ、襲撃についてか。君はどう思う? イーグ」
「バレた、な。原因は間違いなくシーシャ王国に向かわせた調査団だ」
「ふむ、妙だなぁ。国籍とか情報は全部消して置いたのに」
「原因はこれだろう」
イーグは先程バボックから取り上げた煙草を指先で弾いて見せた。
同時に、バボックも納得したかのようにあぁ、と感嘆の声を漏らす。
「これは失敗したね。煙草か」
「取り上げておくべきだったな。国籍を消すことまでしたというのに、煙草の銘柄でバレるとは」
「銘柄だけ、ではないね。大方、今までの行動とそれで確実的に断定されたんだろう。それであの襲撃だ」
「……あの精霊や妖精は個人によって召喚された物だった。あの数の、あの質を、だ」
「人間の所行ではないね。こんな事が出来る存在を私は知らない」
「……ともかく、暫くは行動を控えるべきだろう。国力には未だ余裕があるが、消耗させられて良い事などないのだからな」
「ははは、大義に時は入り用なり、かな」
苦笑混じりにバボックは煙草へと手を伸ばすが、それはイーグによって打ち払われる。
物惜しそうに彼を見上げるバボックに対し、イーグはさらに不機嫌そうな視線を向けるだけだった。
「……しかし、今更だけれど。私に獣人の姫君のことをバラして良かったのかな? 約束していたんじゃないのかい?」
「口約束など破るためにあるような物だ」
「……確かにね」
くくっ、と小さく嗤い、バボックは椅子に深く腰を沈め込む。
彼のそんな様子を見て、イーグもまた、何かを思案するように深く瞳を閉じてみせる。
既に客人の去った国内で、彼等は。
深く、深く、深く。
何かの為に、彼等の言う大義のために。
ただただ、思案を深めていたーーー……。
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