ベルルークより去りて
《A地区・正門》
「もう少しゆっくりしていってくれても良いんだがね」
ヨーラは腕を組んで胸を支えながら、軽快にそう述べた。
国に訪れていた客人が去る時の言葉としては、まぁ、間違ってはいないだろう。
だが、それはあくまで彼等が国への滞在を望んで行っていた場合の話。
今回はケースが全く違う。
そうなればヨーラの言葉とて、決して気の良い物では無いだろう。
「断りますわぁ。残念ながら余り良い国でもありませんでしたので」
「ハッキリ物を言う女性は好きさね。ま、余り大きい声じゃ言えないけどウチの大総統の対応が適切じゃなかったのは事実。さっきの言葉も形式上のモン程度に思ってくれれば上等さ」
「うふふふ。私も本音を隠さない人は好きですわぁ」
「……最後に少し、想い出作りをしても良いんだがね?」
「私は異性が好きですので断ります」
にこやかに会話を交わすヨーラとサラの背後では、着々と退国の準備が整っている。
後は人数や荷物の確認など、精々、資料にペンを走らせれば終わるような物だ。
彼女達が言葉を交わし合うのには今少しの猶予があるだろう。
「……ところで、獣車は確保出来たのかい? 足りないとか言ってたと思うんだが」
「えぇ、先の襲撃で予備として積んでいた資材を幾らか消費しましたので、その分獣車に余裕が出来ましたの。空の獣車が出来たほどですわぁ」
「不幸中の幸いってヤツかね? ま、損害の方が遙かに大きいだろうけど。こっちもある程度の保障はするはずだよ」
「出すのを渋る理由は何なのでしょう? 一部と言わず全て補助しても罰は当たらないでしょう? いえ、もう少しの恩賞を出しても良いほどです」
「確かにその通りだ」
歯の隙間から空気を漏らすような笑みと共に、ヨーラは小首を傾げてみせる。
個人的な戦闘などで資材を使ったのならともかく、ベルルーク国防衛の為に使用したのだ。
それを補償するのが一部というのは、些かケチ過ぎるのではなかろうか。
「だけどね、ウチの不適切な塊は、あぁ、いや、大総統様は」
「今の言葉、聞かれる人に聞かれれば軍法会議物では?」
「聞かれてないから問題はないよ。して、ウチの大総統様はどうやら資材も人員も欲していて、保守したいようなんだよ」
「戦争を起こすから?」
「さー? それはそれで楽しそうだね」
口端を吊り上げ、白い歯を見せながら、彼女はドレッドヘアーを揺らして見せる。
この人物は所謂、武官といった所か。
武の功績により地位を得た人物。
言い換えるならば武こそが世界。武こそが宿命。武こそが手段。
ならば彼女にとって戦争はノーテンキューよりレッツウェルカム。
戦争こそが求むべき全てを手に入れる唯一の場なのだから。
「ウチは圧倒的に武闘派が多い。精々、文官として胸を張れるのはネイク少佐とエイラ中尉、そして双方という意味ではロクドウ・ラガンノット大佐かねぇ?」
「……つまり、それは」
「戦争になっても反対する勢力は少ないって事さ。決してゼロとは言い切らないが」
「そうですか」
にこりと微笑んでサラは、先程のヨーラと同じように小首を傾げてみせる。
それは彼女の笑みと相まって、とても愛くるしい仕草だが、それの裏に何が隠れているかは計り知れない。
戦争を起こすつもりかも知れないが我々はそれでも構わない、いや、むしろ望んですら居ると言われたというのに。
依然として変わらないその笑みの裏に、何が隠れているのかなど。
「……流石、四大国中保有戦力最小にも関わらず四国大戦を生き抜いただけの国だ。姿勢は崩さないってかい?」
「勿論ですわぁ。敵に弱みを握らせるほど優しい国ではありませんもの」
先程まで和やかだった空気は緊迫し、しんと静まりかえる。
周囲の騒音から隔絶されるが如く、彼等を取り巻くのは静寂のみとなった。
「サウズ王国騎士団御一行の退国準備が整いましたー」
だが、その刹那にして微弱な静寂は、すぐさま気抜けたヤムの声により掻き消される事となる。
騎士団達は大移動を始め、最後尾に近いサラの位置も少しずつ変化していく事となった。
それにつれて当然のことサラも移動を始め、ヨーラも微かながらに足を動かし始める。
「……ま、次に会うときは戦場かもね」
「その時は狙撃して差し上げますわぁ」
「断るよ。私は死ぬ時は剣で切られるか拳で潰されると決めてるさね」
得意げに鼻を鳴らし、ヨーラは地面下に喉を鳴らしてみせる。
サラは彼女のそんな反応に笑みを零しながら、正門へと向かって行く。
ただ街中で吠え合う猫のように、彼女達に別れの言葉は無かった。
尤も、彼女達が猫なのか、それとも、猫を被っていたのかは別の話だろう。
がらがらがら
「……」
雑踏すら掻き消す、獣車の車輪音。
彼女はそれに体を揺らされながら、ぼうっと外を眺めていた。
「スズカゼ殿。居心地は悪くありませんか?」
「……あ、はい。大丈夫です」
彼女達が乗っているのは本来、資材を詰んでいた獣車だ。
勿論のこと人が乗るように作られた物ではないので乗り心地は決して良くない。
だが、それでもスズカゼは敢えてこの獣車に乗ることを希望したのだ。
それは普通の獣車では他の騎士達に申し訳が立たないからか、それとも、外の景色が見えないからかは解らない。
それでも今のスズカゼの瞳には何処か悲しい色があった。
「……し、しかし良かったではないですか! 今回、スズカゼ殿のご活躍もあってアルカーは大幅に数を減らしベルルーク国への侵入も皆無になったそうです。まさかあの大総統も無為に民を犠牲にするようなことはないでしょうし……」
「でも、それは一時です。いつしかアルカーは再びベルルーク国へと攻め入り、獣人を喰らう」
取り繕うようなデイジーの言葉に、スズカゼは冷たい刃を返した。
現状、確かに自分の行動故にアルカー共はベルルーク国を警戒している。
だが、それも所詮は一時の話でいつしか再びアルカーはベルルークを襲うだろう。
そうすれば犠牲になるのは必然、獣人だ。
「…………」
彼、バボック・ジェイテ・ベルルークは言っていた。
欲すならば自らの力で得よ、と。
「ーーー……っ」
それの意味する事が解らないほど、自分は幼くない。
だけれど、それを悩み無く実行できるほど、自分は成熟していない。
いつしか選ばなければならない事であるのは解っている。
だからこそ、その[いつしか]がいつなのか。
自分はきっと、それを見極めなければならないのだろう。
「……力、か」
バボックが言い残したように。
自らが得るであろう、巨大な力に飲まれないように。
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