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獣人の姫  作者: MTL2
西の大国
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丘は燃えて山は割れる

「随分な成果だな、おい」


「開口一番に皮肉とは流石だな。騎士団長殿?」


焼け焦げ、最早、灰塊となった屍の上に座すイーグ。

そんな彼に対しゼルは露骨な嫌悪を孕む視線を向けていた。

当然だ。イーグに寄り添い、眠るようにして瞼を閉じている二匹の狗に彼は見覚えがあるのだから。


「自らの手を下さず、か。それが出来るならあのウォータの海とナガルクルドの軍勢にも一瞬で対応出来ただろうが」


「言っただろう? 敵の前で本気を出す馬鹿が何処に居る、と」


「……それは、ウォータの海とナガルクルドの軍勢との戦いで部下を失った将軍の言う台詞か?」


「ふむ、流石だな。戦場をよく見ている」


「はぐらかすな」


「くくっ、そう怖い目をするな。……単にそうだな、言うなれば選定だ」


「……何だと?」


「あの程度の連中に殺されるならばそれまで。我が軍には要らん。それだけだろう?」


「それが兵を率いる将の言葉か……!?」


「残念ながら我々は貴様のように立派な騎士道を持ち合わせて居る訳ではないのだよ。兵は駒、民は贄、国は盤。それだけの事だ」


「テメェ……!」


「獣人を餌として外敵を排除するような国だ。その点は察していたのではないか?」


「……変わらねぇよ、テメェもバボックも。あの戦争から何もな」


「変わってなるものか。我々は軍人……、戦人だ。戦場で生き戦場で死ぬことを選んだ愚者共だ。故に、変わらん。この魂が血肉を求め飢え乾く限り、永久にな」


「だから、また戦争を起こそうとしてんのか」


ゼル自身も、この国が兵士を募集し始めているという情報を耳にしていた。

兵士の募集とは、それ即ち戦力の、延いては国力の増強に繋がる。

そしてそれの意味する事は二つ。国防力の強化と戦争に備えての国力の増加。

だが、先程のイーグの言葉を考慮するに、国防とは考えにくいだろう。


「貴様に国内を歩かせたのは失策だったかな?」


「よく言うぜ。ネイク少佐っつー見張りまで付けてやがったくせによ」


「くっはっはっは。それが解っているならば衰えていない証拠だ。結構結構。……で? それを知った上で貴様はどうする? この場で殺り合うか?」


「……馬鹿言え。俺はウォータの海とナガルクルドの軍勢と戦ってる仲間の元に援護に向かう。テメェはここで乾涸らびてろ」


「乾涸らびるのは御免だな。……まぁ、他に関しては好きにすると良い。特には気に掛けんさ」


イーグはゼルに視線を合わせることもなく、坦々とそう述べる。

だが、彼の口元は相変わらずとして緩んでいた。

彼の笑みが意味する事は何なのか。それはイーグよりもゼル自身の方が理解出来ていただろう。


「その腕で何処まで出来るか聞きたい物だがな」


ゼルの腕からは尋常ではない白煙が上がっており、それは最早、腕が燃えているのではないかと錯覚するほどだった。

彼の鉄縛装も閉まってこそ居るが、その間からは腕全体よりも多くの白煙が吹き出ている始末だ。

彼のその義手は未だ指先一つ動かしておらず、否、動かせておらず、最早、片手にぶら下がる鉄塊でしかない。


「……まだ左腕が使える。腕が使えりゃ剣が振れる。何の問題もねぇ」


「私は言ったはずだ。好きにすると良い、とな」


「あぁ、そうさせて貰うぜ」


ゼルは吐き捨てるようにそう述べてからナガルクルドの焼死体を飛び越えてベルルーク国付近へと戻っていった。

彼の後ろ姿を見送るイーグの表情は相変わらず笑みを保ったままだったが、ゼルの背中が見えなくなった頃に振り返った彼の表情は、さらに歪む事となる。


「……何が随分な成果、だ」


砂漠の丘、焼死体の山のさらに向こう。

薄らと砂風に覆われたそれはイーグの内心に嬉々とした感情を浮かばせる。

山や島とも揶揄される精霊山・ザガンノルドが一刀両断された、その姿は。

顔面から尾尻に掛けてまでを一撃で引き裂かれたその姿は。

彼の内心を歓喜させ、愉悦させる。


「飽きんな。全く、嗚呼、飽きんよ。……ゼル・デビット」






【ベルルーク国】

《D地区・軍本部・大総統執務室》


「大総統閣下。妖精ウォータ及び破壊獣・ナガルクルド。精霊山・ザガンノルドの討伐が終了したようです」


とある兵士は敬礼しながら、バボック大総統に報告を行う。

報告としては問題無く討伐は終了した、という事だった。

だが、その[問題無く]の中には死亡した兵士の事は含まれていない。

恐らくサウズ王国騎士団の中から死亡者が出なかった事を問題無いと称しているのだろう。

そして、バボック自身もそれを理解しているはずだ。


「……して、イーグの姿が見えないようだけど?」


「イーグ・フェンリー将軍は独断で戦場に立ったようです。本人曰く問題無い、との事ですが」


「だろうね。彼は治外法権として扱って良い。四天災者を何かで縛り付けることなど不可能なのだからね」


「Wis,了解しました。……報告は以上です」


「ご苦労、下がって良し」


兵士は一礼と共に部屋から退室し、残るはバボックただ一人となる。

急に静寂の中に沈んだ執務室の中、彼は机の端にある箱に手を掛けた。

だが、その中に前まではあった物がない事を悟ると、寂しそうに口端を曲げた。


「……しかし」


彼は顎髭に触れながら、何処か複雑そうに椅子に腰を沈める。

思案するは今回の一件だった。

途中報告や先程のそれから察するに、余りに信じがたい真実が浮かび上がってしまう。

本来、精霊や妖精は倒せばその死骸を消す物だ。

それは自らを現界させる魔力が消えるからで、召喚者が死亡しても同じ現象が起こる。

……だが、報告を聞くに死骸は消えなかったという。

それが指し示すのは、あの幾億と迫ってきた妖精や精霊の数々は、たった一人の召喚者が召喚した事になる。

あの量を、たった一人が。


「……感付かれたか?」


行う事が出来る存在については心当たりがある。

だが、それがこちらに迂闊な干渉を行うとは思えない。


「さて……、厄介になってきたね」


読んでいただきありがとうございました

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