荒野の真ん中で
前書きを書くのを忘れていたので訂正(6/23)
プロットと企画が重なったので連載に踏み切りました。
出来るだけ更新頻度は高くしていきますが、流石に前作のように毎日更新は難しいかも…………。
誤字脱字なんてのがあれば指摘していただけると嬉しいです。
では、生暖かい目で見守ってください。
※現在は毎日更新で進行している為、タグに毎日更新が付いています。
「姫よ」
獣のように鋭い牙と漆黒の体毛、そして黄金の眼光を持つ獣人。
彼はとある少女の前に跪き、その言葉を述べた。
「我等が姫よ。私は貴方に付き従い、この命を捧げましょう」
それは騎士が主君に誓いを立てるが如き行為。
黒豹の獣人は自分の肩ほどまでしか背の無い少女に、ごく普通の少女にそれを立てたのだ。
「この身体は貴方が為に」
獣人は少女へと手を差し伸べ、彼女もそれに答えるように鋭い爪のある掌へ自らの手を置いた。
それと同時に彼等を囲んでいた数百以上の獣人から歓声が巻き上がり、拍手の嵐が吹き荒れる。
獣人は口端を緩め、照れくさそうに白い牙を見せた。
少女もまた、にっこりと微笑んで柔らかく瑞々しい唇を開く。
「どうして、こうなった?」
本当に、どうしてこんな事になったのか。
話と舞台は数日前の、荒野へと遡る。
とある王国の、とある騎士団が遠征帰りに荒野へと立ち寄った時へと、だ。
彼等がそれに遭遇したのは偶然か否か。
いや、何にしてもその騎士団との遭遇が少女の運命を大きく変動させていくことに違いは無かっただろう。
【サウズ荒野】
さて、ちょっとしたお話をしましょう。
事故なんかにあって異世界に行くなんて事は、最近よく見ます。
見ると言っても所詮はファンタジーノベルやアニメ、漫画のお話。
私も学校の図書室にある本や友達の話なんかで聞いた事がありますね。
いつか興味が湧けば見てみたいなー、なんて思ってましたけど、とうとうそれは叶いませんでした。
いや、ある意味では叶ってるんですけどね。ある意味では。
「立て。おい、立て」
女子高校生の筋力なんて高が知れてまして。
まぁ、私は剣道なんかもしていて段も持ってましたので普通の女性よりは力も強いし足も速いと思います。
それでも男の人には劣るだろうし、ましてや軍人なんて人達にも敵うはずはありません。
「ゼル団長殿! この者をどうしますか!?」
私が住んでいたのは地球にある小さな島国、日本の首都、東京。
出身はその小さな島国のさらに小さな島、四国の徳島。
私は編集者を目指してまして、その為の勉強と就職までを視野に入れて上京した次第です。
「取り敢えず拘束だ。俺の家の牢屋まで連れて行く」
そこで友達も出来て、学校でも割と上手くいってました。
学校までは徒歩二十分。毎日、自転車通学です。
電車通学じゃ無いのはそれを使うような距離でもなかったし、何より慣れてなかったので。
……だって徳島は電車が無いもの。自転車こそが我が相棒でしたもの。
「しかし、この恰好は一体……?」
「さぁな。ロドリス地方の民族じゃねぇのか」
「ロドリス地方とここは何千ガロと離れています。人間が移動するには遠すぎますし、こんな風刺の民族は聞いた事がありませんな」
「……まぁ、何でも良いや。取り敢えず連れてけ」
「はっ!!」
あぁ、私の柔らかくて美しい両腕が捕まれる。
やめて、二の腕は最近ぷにぷに感が気になってるの。やめて。
ダイエット中だから。毎日腕立てしてるから。
「しかし、本当にお前、何者なんだ?」
知りませんよ。
むしろ、何で私が何者なのか聞きたいです。
荒野のど真ん中で、私服姿で自転車に抱きついて傘を片手に蹲ってる人物が何者か。
是非とも、私に聞かせてください。
【サウズ王国】
《第二街東部・ゼル男爵邸宅》
「……それでは質問を開始する」
先程、ゼル団長と呼ばれていた緑髪の若々しい男性。
体つきは非常にガッチリしていて身につけた甲冑も相まって戦士という言葉がよく似合う。
彼は今、縮こまった少女の前で如何にも呆れ返ったような表情で両腕を組んでいた。
そりゃ呆れるだろう。何故なら、もう同じ質問を三回ほど繰り返しているのだから。
「名前は?」
「涼風 暮葉です」
「出身は? 若しくは現住所は?」
「徳島です。現在は東京に住んでます」
「職業は?」
「高校卒業したての大学生です」
「所持品は?」
「自転車と傘……」
「兵士ィー。頭の医者を連れてこーい。もしくは首を絞める縄ぁー」
「待ってぇ!! お願いだから待ってくださいぃ!!」
「だって話通じないモン。話すだけ無駄じゃん」
「まだ通じる、それでも通じます! だって同じ人間だもの!!」
「……本当に頭の医者に診せた方が良いな、コレ」
二つの門を潜ってスズカゼがこの牢獄に来るまでに見た光景は、正しくRPGゲームのような城下街。
街では西洋中世ほどの衣服を身に纏った人々が街を行き交っていた。
家なんかも煉瓦造りや木造でコンクリートも鉄筋もありはしない。
この邸宅だってそう。石造りの、如何にも西洋の豪邸というか、映画のお化け屋敷というか。
門の前まで来れば屋根を見上げるために数メートルは下がらなければならないほどの邸宅である。
スズカゼからすればそんな邸宅にも牢屋があるのだからイメージ崩壊どころの話じゃない。
まぁ、現状からしてもイメージ崩壊どころの話ではないのだが。
「第一、ジテンシャーだのカサだの……、何だそりゃ? アレの名称か」
「自転車と傘ですよ……。だって雨降ってましたし」
「雨か。やっと解る言葉が出てきたな」
「えっ……、あ、はい」
どうやら、雨という言葉は通じたらしい。
そもそも言語は通じているんだから話は出来る。
だとすれば疑問は増すばかりでしかない。
まず一つ、この世界は何なんだろう?
答えは過去か異世界のどちらか。
そもそも現代で無いことだけは明確だ。
ドッキリなんて有り得ないし時代劇の撮影現場でもない。
因みにスズカゼはドラマよりもアニメ派だ。
次に一つ、ここは何処か?
ここに入る前に盗み聞いた話からすると、サウズ王国という国らしい。
来るまでに見た光景からしてもかなり平和な国なのだろう。
街中も小説やアニメで見るような閑散とした物ではなく、きちんと秩序の元に成り立っているようだった。街中に殆どゴミなどが落ちていないのだ。清潔感溢れているのは平和の証拠だろう。
まぁ、この牢獄は汚いのだが。部屋の隅に鼠の死体が転がってますけども。
次に一つ、今のスズカゼの現状。
死にそう。
「洒落にならんって! どうなっとるん!?」
「うぉっ!?」
思わず素が出てしまった。
彼女が徳島弁は都会じゃ通じんのよね、などと考えている内に男は酷く怪訝そうに眉根を寄せていた。
気を取り直すために一度咳払いをし、スズカゼは再び会話を戻す。
「取り敢えず、どうして私が殺されそうになってるか説明して貰えますか!? 何かした訳じゃないでしょう!!」
「いや、誰も居ない荒野の真ん中で見た事も無いモン抱えて座ってた女だぞ? 放っておく方がどうにかしてるだろ」
「で、でも何も殺す事はないでしょ!!」
「いや、流石に殺すは冗談だ。場合によっちゃそうなるがな」
「場合って……!」
「お前が何者なのか。それによっちゃ殺すって事だよ」
緑髪の男性。ゼル団長と呼ばれていた彼。
彼は顔に深く刻まれた小じわをさらに深めて、ため息混じりに呟いた。
確かに彼の言い分が解らない事もない。荒野の真ん中にぽつんと座っていた少女を警戒するのは当然だろう。
だけれど、場合によっちゃ殺すなんてそんな物騒な事を言わなくても良いと思う、と少女は不機嫌そうに口先を尖らせた。
だが、今はそんなことを言って聞いてくれるはずもない。
何よりも誤解を解くのが先だ。
「……わ、私は徳島出身の」
「そこはどうでも良いんだよ。問題はお前が何者で、お前が何なのか、だ」
「どういう……、意味ですか?」
「人間か」
「に、人間です! もちろん!! 獣に見えますか!?」
「見えねぇな。そうだとしたら問答無用で殺してる」
「え?」
「……俺が言いたい事はそうじゃないんだ」
「……どういう意味ですか?」
「精霊か、お前」
その言葉を聞くなり、スズカゼは小首を傾げて片眉を眉間へと寄せた。
何を、言っているのだろう。
精霊と言えばフェアリーだとか妖精だとか、そんな話だろうか?
どっちも妖精じゃんという事は置いておいても、どうして私がそんな風に見える?
あぁ、そうか。可愛すぎてとかそういう……?
「確かに私は可愛すぎますけど!!」
「いや、別に普通……。……じゃなくて、だ。あんな荒野に一般人が、それもそんな珍妙な恰好で座ってるはずがねェだろう?」
「だからって妖精なはず……」
「妖精じゃねぇ。精霊だ」
「同じでしょ」
「全然違うわ。本気で言ってるのか?」
「え? 違うの?」
「違うだろ。……本当に、何も知らないのか」
「え?」
そこから数十分以上、スズカゼはみっちりきっかりしっかりと授業を受けるハメになった。
だが、充分に為になる授業だった事は間違いない。
まず解ったのはこの世界は本当にRPGやアニメや漫画と同じ異世界だということ。
魔法も存在するし魔物や獣人も貴族や騎士なんてのも存在する。
これは知ってて当然という顔で説明されたのだが、彼女も基礎ゲーム知識が無ければ理解出来なかっただろう。やってて良かったドラ〇ンクエスト。
そして次に、先程の会話に出てきた精霊と妖精のこと。
この世には[召喚士]という職業、つまりはジョブがあるらしい。
その召喚士が使役するのが精霊や妖精なのだ。
自然の中に存在し、生命元素から生まれる存在が妖精。
その上位種族であり言語機能や超自然的能力を得た存在が精霊。
さらにそれの上位種族、世界にも数十体しか存在しない存在が天霊。
スズカゼは荒野のど真ん中で妙な恰好をしていたから精霊と勘違いされたらしい。
しかもこんな中世風のファンタジー世界で現代衣服(上下セットで2800円)を着ていれば当然、勘違いされるだろう。
「精霊でもなけりゃ、そんな恰好もあんな場所に居た事も説明が付かねぇ。天霊でもない限り単独降臨は不可能。……となりゃ、誰かの使霊と考えるのが妥当だろうが」
「使霊?」
あぁ、使い魔みたいな物か。
霊を使うんだから使霊。なるほど。
と一人で納得している彼女を他所に、ゼルは益々訝しそうに眉根を寄せる。
「答えろ、スズ……、スズなんだっけ?」
「涼風 暮葉です!!」
「スズカゼ・クレハ。貴様は人間か? それとも……」
「人間です!! 立派な人間ですとも!!」
「……むぅ」
ゼルは唸り、首を傾げて言葉に詰まる。
会話しているからこそ解る。これは平行線だ。
スズカゼ自身もこの世界に降り立った理由も意味も時も解らないのだから、彼を説得するのは不可能だろう。
そしてゼルは先程、団長と呼ばれていた。つまりはかなりの責任者という事だ。
その責任者が不審人物に対し、
「不審者か?」
「イイエ、チガイマス」
「そうか、不審者じゃなかったか」
なんて受け答えは出来るはずもない。
自分を疑うのも当然という物だ。
さて、この平行線の会話を打ち破るにはどうすれば良いのか?
答えは簡単。
「……じゃぁ、私が人間かどうか調べれば良いでしょう」
こちらが譲歩する。
そうすれば会話の平行線というのは割と簡単に崩れる物だ。
「どうやって?」
「え? それはレントゲンとか……」
「れんとげ……、何だって?」
前言撤回、無理。
「どうすれば良いんですかぁ……。どうすれば信じて貰えるんですかぁ……」
「真実を言えば良い。……まぁ、それで言うはずもないだろうからな。打開策を用意してやる」
ゼルはずっと組んでいた手をスズカゼへと翳した。
筋肉質な腕の先の掌はゴツゴツしていて、言葉の額縁通りに職人肌とでも言えば良いのか、幾つものマメが潰れてはその上にマメが出来ているといった状態だった。
だが、彼女の視線を独占したのはその手ではない。
「[トゥルーアの宝石]。馬鹿高ぇんだよ、コレ」
彼の掌にあったのは闇のように深い水晶が填められた指輪のような物だった。
指輪は指を通す部分に銀鎖が二重三重に通されていて、彼はその鎖を掌に巻き付けているのだ。
見れば見るほど美しくて吸い込まれてしまいそうな宝石だが、それを持つゼルの表情は酷く不機嫌そうな物だった。
「……何ですか、それ」
「一個、80万ルグ。市場にも滅多に出回らねェ魔法石だ」
「魔法石……」
「効果は相手に真実を求める事と相手の真実を見抜く事の二つ。便利だろ?」
「それで私に何する気なんですか! この変態!!」
「誰が変態だ。これでテメェに聞けば良いだけの話だろ」
「ハッ! そんな物に私は負けない!!」
「最近の悩みは?」
「女の魅力は胸のサイズちゃう! 性格や性格!! 何や皆揃って胸胸胸てぇ!!」
「…………」
「…………」
「……つまりは、こういう魔法石だ」
「殺せよ。もう、殺せよ」
「……いや、何か、すまん」
読んでいただきありがとうございました