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プロローグ:幼馴染と方向音痴

※若干の下ネタを含みます。ご注意下さい。

プロローグ:方向音痴と幼馴染

『アル!アレックス!いいかげん起きなさい!!』

 二階からそんな怒鳴り声が聞こえてきて、ナナはあきれ返った。どうやら彼は、まだ寝ていたらしい。

『え、あと五分?今日は大事な用があるんでしょう!あと五分もすれば間に合わなくなるわよ!!』

 まだ寝るつもりか、と今度はため息をつく。

 おそらくは仕事が休みの日だからと、心行くまで怠惰にすごすつもりだったのだろう。今日の用事もすっかり忘れていたに違いない。

 そうでなければ、今ごろは支度を済ませて王城へ向かっている最中だ。

(まあ、いざとなればお城まで飛べばいいし、必要な事ってわけでもないけど…)

 今後の“旅”にとてつもなく重要なことなのである。一秒たりとも遅刻するわけにはいかない。

 ナナはティーカップの底に映る自分を見つめた。

 そのために普段より薄めの化粧にしたのに、彼のせいで時間が無駄に過ぎていく。

(旅に出るなんて自分で言ったクセに…一人じゃお城に間に合わないクセに…)

 なんで早くから起きとかないかな、と思ってしまう。

『早く支度しろって――』

 また階上から声が聞こえてきて、顔を上げる。

『――言ってんだろうが!』

 直後、ものすごい音と共に家全体が振動した。

 あの音はアルが爆破でもされたのだろう。パラパラとほこりが降ってくる。

 彼は何かしでかすたび母親の怒りを買い、こうして強烈な『お仕置き』を喰らっている。仕事に遅れたり、大事な花びんを割ってしまったり、ケンカしたり、etc…その度に竜巻で吹き飛ばされたり、氷付けにされたり、何かしらの容赦ない魔法を喰らっていた。

(平和だねー、この国は…)

 このどたばたしたやりとりも含め、あくまでも穏やかな一日である。

 窓の向こうでは鳥のさえずり。さしこむ日差しはサンサンと。いつもと何一つ変わらない日常がただ流れていく。絶望を抱くほどの脅威などどこにもない。

 そう錯覚してしまう。

 街の様子を思い返しても、それは同じだ。あくびしながら仕事へ向かう男達、井戸端会議で爆笑するおばさんたち、呼び込みに引かれて出店を眺める旅人…。

 分かってはいるが、実感がわかなかった。


 魔王が現れ、世界を破滅させようとしているなどと――。


「まったく、あの馬鹿息子は…」

 アルの母がほとほと呆れ返った様子で階段を下りてきた。

 16になった息子と一悶着したにも関わらず、ほとんど疲労の色が見えない。

 その細い体のどこにあんなエネルギーが蓄えられているのだろうか。

「おばさん、お茶ごちそうさま。それでアルは…」

「ごめんねー。いま支度させてるから、もうちょっと待ってて?お茶のおかわり要る?」

「いえ、もういいです」

「そう?残念ねー」

 アルの母は残念そうな顔もせず、自分のカップにお茶を注いだ。「それにしても、あれよね」

「?」

「なっちゃんもよく旅に出ようなんて思ったわね、あんなのと一緒にさ」

「……」

 どちらからともなく、天井を見上げた。足音がアッチへコッチへとせわしなく、バタバタしている。

 見つからない物でもあるのか、支度にてまどっているのか。なんにせよまだ時間がかかりそうだ、とナナは半眼になった。

「“あんなの”に育てたのはおばさんじゃないですか」

「“あんなの”に育てた覚えはないんだけどねえ…。きっと父親に似たのよ」

 冗談混じりに言うナナに対して、アルの母がマジメに眉をひそめた。

「やっぱりそうなんですか」

「絶対そうよ。魔王倒しに行くって言うし、言い出したら聞かないところとかそっくり!」

「アハハ…」

「ホントにさ、いつもはこっちの尻にしかれてばっかりいるクセに、こういう時だけ強情なんだから」

「……。おばさん…」

 彼女の瞳はどこか遠くを見つめる様に、窓の外に向けられていた。

「ホント、バカよね…」

「……。とめないんですか?」

「アルを?言ったでしょ、聞きやしないわ。それにあの人は一人で行っちゃったけど、あの子にはなっちゃんがついてるから」

 アルの母に信頼の眼差しを向けられ、少なからずドギマギしてしまう。

「ま、任せてください!あのバカはちゃんと連れて帰りますから!」

「そんなに固くならないでいいのに。でも、ま、期待しておくわ」

 アルの母が苦笑混じりに頬をゆるませる。さみしそうな、諦めに似た表情。そっとふさがれた心の穴が見える気がした。

 ナナの気持ちは複雑だった。本当ならアルを止めたい。アルの父を探し出したい。彼女を一人取り残したくない。できるなら魔王を倒したい――。

 旅に出たい。でも彼女のことも、心配で仕方なかった。

「さてと…」

 おもむろにアルの母が立ち上がる。

「あの馬鹿、もう仕度できたのかね」

 天井を見上げる。バタバタと騒がしかった足音はいつの間にかなくなっていた。

 時計を見ると、予定された時間まで5分もない。ナナも慌てて立ち上がり、アルの母を追って二階へ向かった。

「ホントにもう!女の子は待たせるなって何度も言ってるのに。お城まで吹き飛ばしてやろうかしら」

「冗談ですよね」

「もちろんよ」

 メラメラと魔力を立ちのぼらせて言われたら本気としか思えない。彼女なら実際にやりかねないところがまた怖い。

「アル!」

 壊れて外れそうなほど勢いよくドアが開かれる。

「……?」

 しかし、アルの母はドアを開けたまま部屋に入ろうとしない。ドアの代わりに立ちふさがり、動こうとしなかった。

 幼なじみの勘とでもいうのか、ナナの心に嫌な予感がわきあがる。

「おばさん、どいて!」

 むりやり脇の下をくぐり抜け顔を上げると、そこには足の踏み場も無いほど散らかった部屋が待っていた。

 開きっぱなしのタンスの引き出しには、ヨレヨレのシャツやらベルトが通されたままのパンツやらが垂れ下がっていた。ベッドの角の方に丸まった布団が放られていて、目覚まし時計は横に落ちている。

 窓にはカーテンがかけられ、明かりの無い室内は薄暗い。まるで慌てて仕度をし、散らかしたまま出てきたかのようだ。

 窓際の机の上にからっぽの写真立てが、ポツンと置かれている。アルと、彼の両親が並んで写っている写真が入っていたものだ。

 ナナはもう一度、部屋の中をぐるりと見回した。

 けれども、そこにいるはずの人物がどこにもいない。隠れているわけでもなく、本当に姿がなかった。

 窓のカーテンを開き、鍵の状態を確認する。彼が出ていったのならここしかないはずである。

 だが、鍵はしっかりと内側からかけられていた。

「なっちゃん」

 いつの間にか我に返っていたアルの母がかたわらに立つ。ナナは顔を青くして振り返った。

「お、おばさん…」

 そして彼女の手にあるモノを見て赤面する。

「とりあえずそれ捨ててください!」

「いやー。あの子もこんなの持つようになったのねー」

 妙にヌラヌラテカテカ光るそれを放り投げ、アルの母は苦笑した。

「にしてもまいったわ。いずれはと思ってたけど、まさかこんなに早くからだなんて…」

「?何がですか?」

 アルの母は、空っぽの写真立てを手に取り眺めた。

「あの人の事は知っているでしょう?アルの、お父さん」

 頷く。といっても、会うこと自体まれだったから、幼なじみの父親なれどあまり多くを知らないのだが。

「あの人はね、超度の方向音痴なのよ。こんなのはしょっちゅうだったわ」

 数秒の沈黙。その間に、ナナの頭に浮かんできたのは「?」マークと、道に迷って泣きじゃくっている小さい頃のアルだった。

 ナナが理解していないことを察してか、アルの母が説明を加える。

「なっちゃんが使える『テレポート』とかの魔法でもない。ただの、『人知を超えた程度の方向音痴』。いつのまにやらそこから居なくなっていて、本人は世界のどこかへ行ってしまってる…アルのお父さんもね、そういう能力を持っていたの」

 さらに、アルはそこまでひどくなかったのだが、もともと方向音痴だったためにいつかそうなってしまうのではないか、と危惧していたらしい。それが今、現実になったことで、やはりアルも父親と同じ能力を持っているのだということらしい。

「ホ~ント、この能力には困らされたわ~」

 アルの母は事軽く言ってくれるが、ナナの方は、それどころじゃなかった。


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