幼い初恋の小話と推し
◆森川美月の場合
私、森川美月。高校二年生。成績は普通、運動も普通、見た目は……まあ、悪くないと思う。
少し、ほんの少しだけど、ぷにっとしている。誰かに言われたらショックだけど、自覚はある。お母さんには「痩せなくていいの?」って言われるけど、成長期なの!
それでも、告白されたことも何度かある。最近は、面倒だから断っちゃう。
男子と付き合ったことはあるんだよ。中学の時と、高一の時。でも、付き合うってなんだろうね。いっしょに遊んでお喋りするだけじゃダメなのかな。男子って、すぐエッチなこと考えるでしょ。
そりゃ私だって、たまに、ホントたまにだけど、考えることもあるけどさ。でも、男子はいっつもエロいことばっかり考えてるでしょ。バッカじゃない。
なんかすぐにキスしようとするし、胸触ろうとしてくるの。まだそこまで親しくないのに。
それに今は進路のことで迷ってる。うちの高校はさ、大学受験する人と、専門学校に行く人が半々くらい。私はまだ将来やりたいことなんか決まってない。看護、ファッション、アート、コンピューター……決まってる人はいいけどさ、なんかピンとこないんだよね。
短大も調べたけど、保育科とか食物栄養科とかも、やっぱり違うような気もしている。でも、四年制の大学なら、そろそろ真面目に勉強しなきゃだもん、悩んじゃうよ。
だから男子のことは、今はパス!
彼氏のいる子の話を聞くと、たまに羨ましいなあって思う時はあるよ。でも、彼氏優先になる子、多いんだよね。
女の友情って何!? なんて彼氏いない子同士で愚痴っちゃう。
あーあ、考えるの、嫌になっちゃう。
そんなことで悩んでいたある日、久々に中学時代の友達のユッコちゃんからスマホの通信アプリにメッセージがきたの。
ユッコちゃんとはね、中学時代同じ体操部だったんだ。彼女は別の高校に行って、今でも体操部続けてる。私は帰宅部だけどさ、あの子、スタイルいいしな。全体的に細くて、手足も長いから本当は新体操の方が向いていると私は思うんだけど、体操の方が楽しいんだって。本人がいいって言うんだから、いいんだけどさ。うん、今でもたまに連絡しているし、遊びに行くこともあるよ。同中だと、家も近いしね。
それで、ユッコちゃんからは、なんか最近はまってるアイドルグループの動画のアドレスが送られてきた。ユッコちゃんはさ、アイドルオタクっていうか、けっこうマイナーなアイドルに詳しいんだよね。大手プロのアイドルはテレビとかにもガンガン出るから、学校でも話題になるからわかるけどさ、マイナーな人たちって、癖強でしょ。学校の友達は、あんまそっち興味ないんだよね。
私はどっちかというと、アニメとかラノベが好きだから、二次元の方がしっくりくるけど、ユッコちゃんと会った時、ちゃんと話せるようにしたいから、見るよ。真面目でしょ。
LuminAって五人組のボーイズグループ。十六歳から二十歳なんだけど、激しいダンスより、中性っぽいというかBL臭をそこはかとなく感じる――なんてユッコちゃんの受け売り。
うーん、よくわかんない。歌もダンスも下手ではないと思うけど、アイドルド素人の私には、ちょっと覚えられない。
一応ね、このグループのウェブサイトも見てみたんだ。
プロフィール……メンバー紹介……?
スクロールしかけて、気になって、上に戻る。
膝上くらいからの画像だけど、何かが気になった。
チラッと見た時には、アレ? って思ったんだけど。
名前は、「YU」。ゆう、だよね。
ドキドキしながら、画像を拡大した。
十七歳の「YU」というメンバー……「ゆう」くんじゃない!?
私が知っている「ゆう」くんは、小学校一年生の時までだから、そりゃ変わってるかもだけど、なんか似てない? 他人の空似??
やばっ、心臓が破裂しそう。
明るい茶髪に染めてるから軽薄そうに映っているけど、へらっとした笑い方、思い違い? 気のせい……。
もう十年も前だもん。わからないかもだけど、どんどん混乱してくる。
「お母さーん!」
私はスマホを持って台所にいるお母さんに突撃した。スマホに映る画像を見せて、「これ、ゆうくんじゃない?」って迫ったよ。
「ゆうくん? 誰?」
「昔、近所に住んでいた子。幼稚園も一緒だった」
「あー、美月が好きだった子ね」
私は真っ赤になって怒るけど、お母さんはそんなの気にしない。
「んー、これじゃあ、わからないわね。悪いけど、覚えてないわ」
そうだよね。
私はとぼとぼ部屋に戻った。
絶対似ていると思ったのに。
でも、スマホを見直すと、やっぱり似てるってほどじゃない、のかな。
ゆうくんは昔近所に住んでいた幼馴染み。私の初恋の相手。
幼稚園も一緒で、幼稚園から帰ってからもよく遊んでいた。
「みつき、ゆうくんのおよめさんになる」
うちの両親にも、本人にも何度も言っていた。恥ずかしいけど、覚えている。
かっこいいと思ってた。あの頃の私はね。幼稚園の時だよ。
やさしくて、面倒見がよくて、明るくて、一緒にいていつも楽しかった。
ゆうくんは幼稚園でも人気があった気がする。
男の子とも女の子とも誰とでも仲良くなってたし、幼稚園の先生にも褒められてたし、足も速くて、物覚えも良くて、なんか幼稚園のおゆうぎ会みたいなので、ゆうくんの取り合いが起きたような記憶がある。
そういえば、あの子、なんて名前だったかな。髪の長いお人形さんみたいな子。私とゆうくんは近所だったけど、あの子は幼稚園バスで通ってたのかな。
ゆうくんがあの子、えーと、「いー……ちゃん」だったかな。あの子と二人で遊んでいた時、私が怒って邪魔しに行ったんだよね。思い出すと恥ずかしいや。
それで「ゆうくんは、わたしとけっこんするの」と言ったら、ゆうくんは笑顔で、「……ちゃんも、みつきちゃんも、だいすきだよ」って言ってくれて、それでなぜか私は浮かれちゃって、その子とも仲良くなった覚えがある。
あー、ホント名前、なんだっけ?
どうしてゆうくんを好きになったのかは覚えていない。だって幼稚園の頃だよ。はっきりとした理由がなくてもおかしくないでしょ。
ただ、なんとなくいつも褒めてくれていたような気がする。「かわいい」とか「おひめさまみたい」とか。あの頃なんて自分が世界の中心だからね。「かわいい」って言われりゃ、そりゃ嬉しかったんだろうな。
今思えば、他の子にも言ってたかもしれない。それでもいいんだけどさ。私の思い出なんだから。
……はあ、今頃女たらしになってるんじゃないだろうか。
そんなゆうくんと同じ小学校に入学したんだけど、確か、一年生の夏休みに引っ越しちゃったんだよね。
小学校では違うクラスだったから、一緒に遊ぶことも減って、クラスの女の子の友達も増えて、私の日常はそっちが中心になってたから、ゆうくんが引っ越すことを知らなかったんだよね。
ある日、ゆうくんのお家――あれはどこかの会社の社宅だったのかな、今はもうなくなっちゃったけど――に遊びに行ったら、近くにいた人に引っ越したって聞いて、わんわん泣いて家に帰った。お母さんに「なんでおしえてくれなかったの」なんて、さんざん泣き喚いた記憶がある。
それだけ悲しかったんだよね、当時は。
いつの間にか忘れてしまったけど、初恋という言葉を聞くと、必ずゆうくんのことを思い出す。
もう顔も覚えていない――と思っていたのに、見つけてしまった。
いや、本当かどうかは、わからないよ。
あれから私も冷静になって、あらためて、色々画像探して見まくったけど、初めほど自信はない。
気になったのは、たぶん笑顔。
記憶に近いと思ったのは、にへらって笑うあの画像。
これを最初に見ていなければ、ゆうくんとは思わなかったかもしれない。
でも、よく見ると、化粧もしているし、幼児の顔じゃないから、全くもってわからない。
歌っている動画も何度も見たよ。
でも、ソロパートもそんなに長くないし、男子って声変わりするでしょ。わからないよ。
やっぱり、気のせいだとは思う。だって、マイナーとはいえ、芸能人だよ。普通ないでしょ。
でも、気になる。
そうして私はLuminAのYUを追いかけ続けた。そして推しになった。
彼がゆうくんだったら嬉しいけど、そうじゃなくても推しでいよう。今はそう思ってる。
ライブに行くときは一人じゃ怖いから、ユッコちゃんに付き合ってもらおう。
◆久世玲奈の場合
久世玲奈、十七歳。中高一貫の女子校に通う高校二年生で、志望は医学部。自己紹介なら、それだけで十分だと思う。容姿を褒められることも、通学の時、他校の男子から声を掛けられることもあるけれど、正直あまり恋愛には興味はない。
でも、初恋だけは、今でも覚えている。
私は絵本が好きで、自分で読みたかったから文字を覚えるのも早かった。あの幼稚園に通うことになったのも、英語と算数を教えることを主眼にしていたため、両親が選んだと思う。
教育熱心な両親は、習い事に通わせたけれど、強制はしなかった。習い事は嫌ならいつでも辞めていいと言ってくれた。
それでも、私は何かを覚えるのが好きだし、得意だったから、嫌がらずに通ったと思う。
まあ、内弁慶なので、集団での習い事には向かなかったけど、親からすれば素直な子どもだったはずだ。
幼稚園でも、あまり友達はできなかったが、自由時間は外でみんなと遊ぶより、一人で本を読んだり、絵を描いたりしていた。
でも、よく声をかけてくれる男の子がいた。
明るくて、でも、おしつけがましくなくて、いつも笑顔を向けてくれる。遊びに誘われて、それを断っても「そうか。なら、またね」と言ってくれる。他の子だと、どうして、とか責めてきたり、意地悪したりするのに、その子はいつも笑いかけてくれた。
だから私が本を読んでいる横で、一緒に本を読んでいた時も、気にならなかった。むしろ、安心した。
その時には、私はあの男の子、ゆうくんが好きになっていたんだと思う。
ある時、私とゆうくんが二人で絵を描いている時、女の子が私の前に立って、腕を組んでわたしに言い放った。
「ゆうくんは、わたしとけっこんするの。あなたは、ゆうくんとけっこんできないわ」
それを聞いた時、とても悲しくなったのを覚えている。もしかすると泣き出していたのかもしれない。
ゆうくんは私の頭を撫ぜてくれた気がする。
「れいなちゃんのこと、だいすきだよ。みつきちゃんのことも、だいすきだよ。みんなでなかよく、けっこんすればいいんだよ」
そんなことを言われた気がする。今考えれば、とんでもない発言だけれど、幼稚園児なのだから仕方がない。
私は、すごく嬉しかった。
そのあとも、何度もゆうくんには、好きだよ、と言われたと思う。記憶違いかもしれないけど、私の楽しかった記憶。
私は、多分、恥ずかしくて何も言えず、頷いていただけだったはずだけど、一度くらいゆうくんに、好きだって言えたのかな。
そういえば、あの子――そう、みつきちゃん。あれから時々声をかけてくれるようになったっけ。
「れなちゃん、あそぼ」
「れなじゃなくて、れいな」
「れーな?」
舌足らずで、最後まで『れなちゃん』と呼ばれたことを思い出すと、笑ってしまう。
でも、あの子もゆうくんのことを好きだったんだよね。同じ男の子を好きだったのに仲良くなれたのは、あの年齢だったからなのだろう。
今日の古文の授業で和歌を扱った時、恋歌についての話でクラスが盛り上がったせいかもしれない。女子高だから、どうしても恋バナとか盛り上がりやすい。
いつだったか、放課後、友達数人で「初恋いつ?」「付き合った人数は?」などの話になったことがあった。試験終わりとか、終業式だったかな。
私は話すほどのことがなかったから聞き役のつもりだったけど、
「玲奈は、どうなの?」
と会話を振られたんだと思う。
別に隠すことではなかったから、「幼稚園の頃、一人」と答えたら、
「まだお子様だね」
と切り返されて、ムッとしたっけ。
ゆうくんとは幼稚園を卒園して、それきりになってしまった。両親には、ゆうくんは友だちとしか言えなかった。
小学校では、少ないけれど、女子の友達ができたけど、男子はみんな乱暴で、バカ騒ぎをすぐするし、掃除をさぼるし、本当に嫌いだった。
中学受験するのも、あんな男子と同じ学校に行きたくなかったせいなのも大きい。
女子校は女子校で大変だけど、自分のクラスはいじめとか陰湿ないやがらせとかなかったから、平穏な方だと思う。
相変わらず私は読書が好きだから一人でいても苦にならないし、友達といても聞き役になること多いけど、それなりに充実はしていると思っている。
でも、ゆうくんと同じ小学校だったら、受験などせずに、公立の中学に進んだかもしれないと、ありえなかった未来を考えてみたことも。
土曜日、両親は知り合いの結婚式に出席するために外出。私は塾から帰って、一人で食事をとる。
一応、自分で料理をした。料理も嫌いではないが、今は勉強優先なので、親も家事については何も言わない。だから、簡単な料理しかできないけれど、炒め物くらいは作れる。
食事中にスマホは禁止されている。一人の食事も味気ない気がして、なんとなく、居間のテレビをつける。チャンネルでは歌番組が放送されていたので、そのまま見ることにした。特番なのか、色々な歌手が出演しているようだ。
友だちと、たまにカラオケに行くこともあるけど、学校の友人はどの子もたいてい塾に通っているから、長居することはない。だから、最近の曲はあまり知らない。たまには聞いておこうかと考えたんだと思う。それ以上の深い意味はなかった。
食事も終わりかけの頃、テレビ初出演という男性五人のグループが登場し、挨拶をする。全員派手な衣装で、お化粧もして、髪も染めて……そのうちの一人に目が留まった。
誰かに似ている、気がする。でも、誰だっけ?
五人で歌って、踊ってるから、そのうちの一人に注目するのが難しいけど、真剣に画面を見つめる。
食事の手が止まっていたのに気づかなかった。
歌が終わって全員決めポーズをしたとき、へらっと笑ったあの顔……。
まさか。
わからないまま、もう次の歌手に画面は切り替わっていた。
私は箸をおき、ポケットに入れていたスマホで出演者をチェックする。
初出演は『LuminA』というグループらしい。
スマホだとよくわからないので、テレビも付けっぱなしで、急いで自分の部屋に戻り、ノートパソコンを起動した。
パソコンが立ち上がる間、かなりじれったい。
ブラウザを起動し、LuminAを検索。ホームページが見つかり、メンバー紹介ページで、あの明るい茶髪の男の人を探した。
気のせいだと、別人だと分かればいい。
何を焦っているんだ、自分は。
見つけた男性の名前は『YU』――ゆう。
心臓がドクンとした。
「まさか」
その言葉しか出てこなかった。いや、出てしまった。
偶然。そうに決まっている。
「ゆう」なんて珍しくもない。あの子も本名は「ゆう」じゃなくて、「ゆうた」とか「ゆうや」とかだったかもしれない。
画像を拡大して面影がないか見る。化粧しているし、あれからもう十数年なので、私だってゆうくんの顔はうろ覚えだ。
左眉毛の上に、ほくろ! ゆうくんにもあった、と思う。
急に自信がなくなった。
わたし、ゆうくんの顔、はっきり覚えていない。その現実が、胸をえぐる。
あれだけ好きだったのに、たった十年で忘れてしまうなんて。
たぶんこの時は冷静ではなかったんだと思う。
勉強の予定も放り出して、検索して画像や動画を探しまくった。
見れば見るほど、他人だろうと思うけれど、もしかすると、という思いが捨てきれない。
画像によっては、あの、へらっとした笑顔……少し間の抜けた笑顔なのに、不思議と胸が熱くなる。それはこの人物に対してなのか、思い出に対してか、自分でもよくわからなかった。
その日から、私の日課に、YUさんの追っかけが加わった。もちろんネット上だけだ。
本当の追っかけにまでは踏み出せない。
もし違っていたら。いや、たぶん違う人だ。
それでも……私に推しができた。
■朝倉直生の場合
ステージでは「YU」。本名は朝倉直生、十七歳。いちおうLuminAというアイドルグループのメンバーになっている。ステージや動画撮影では明るく笑って、ファンには「元気を届けたい」なんて言っている。嘘じゃない。ただ、その名前も、その笑い方も、始まりは僕じゃなかった。
彼、結城悠真が転校してきたのは、小学校一年生の時だった。
明るく、元気で、最初の自己紹介では
「ゆうきゆうまです。ゆうが二回出てくるので、“ゆうゆう”でも“ゆう”でもいいので、なかよくしてください」
そんな挨拶だったと思う。
自分には関係ないと思っていた。あの頃はもう一人の方が気楽だった。
体育で誰か二人で組まないといけない時、ちょっと困ったけど、別にクラスの中で嫌がられていたわけではなかったから、それなりになんとかなった。
でも、あれは、三、四日目くらいだったと思う。帰りのホームルームの後、悠真くんが「いっしょに帰ろう」と声をかけてきた。
僕が戸惑っていたら、
「オレ、ゆうき、ゆうま。よろしくな。きみの名は?」
「ぼ、ぼく……」
「うん、きみ。ごめん、まだクラスぜんいんの、名前、おぼえてないんだ」
「あさくら、なお、です」
「あさくら君ね。ええと、あだ名とかある?」
「いや、べつに、ふつうに、あさくらってよばれてる」
「そっかあ、ならあさくらくんでいいかな」
「う、うん」
クラス全員の名前なんて、あの時はまだ僕も覚えていなかった。男子は覚えていたと思うけど、女子は、何人か覚えてなかったというより、覚える気がなかった。
当時、うちは団地に親子三人で住んでいて、悠真くんは、お父さんの会社の社宅に引っ越してきたみたい。
途中まで一緒に帰って、三つ目の信号の所で別れた。
何を話したかなんて覚えていないけど、その後自分の家まで走って帰ったのは覚えている。戸惑ったし、照れ臭かったし、よくわからない感情だった。その時は。
嬉しかったんだと思う。たぶん。
放課後、学童に行くこともあったけど、それからはあまり行かなくなった。
だって、悠真くんと遊びに行く方が楽しかったから。
悠真くんは僕以外のクラスメートとも仲良くなって、僕だけの友達ではなかったけど、それでもクラスの男子と遊ぶときに、僕にも声をかけてくれるようになった。
始めのうちは断ったけど、ひっぱられるように参加していたら、誰かに「あさくら、お前、面白いな」「なんだうまいじゃん」なんて言われて、いつの間にかひとりでいる時間が少なくなっていた。
たぶん、少なくとも今までの人生では、あの頃が一番楽しかった。
友だちに比べたら、はにかむようなこわばった笑顔だったと思うけど、幸せだった。
でも、そんな幸せはいつまでも続かなった。
小学校五年生の時、悠真くんは転校していった。今度は北海道だと笑っていた。
学年が進むごとにクラス替えがあったけど、僕と悠真くんは同じクラスだった。僕はそれを運命だったと信じてる。
僕はまだスマホを持っていなかったので、手紙を出した。返事が来た。嬉しかったし、悠真くんがいないことが寂しかった。
でも、中学二年のとき、宛先不明で戻ってきた。
また引っ越しでもしたのだろうか。僕もそのころ、家がごたごたしていて、あまり深く考えられなかった。
両親が離婚して、お母さんと二人で引っ越して、不登校になって、なぜか芸能事務所の人に街でスカウトされた。
正直、芸能界に興味はなかったけど、お金を稼げたらお母さんの役に立てるかなくらいの軽い気持ちだった。
演技レッスンやダンスレッスンに研修費を請求されたとき、騙されたと思ってやめるつもりだった。たまたま雑誌のモデルの仕事に穴が空いたらしく、よくわからないうちに参加させられて、初めてお金を稼ぐことができた。
その後も色々あったけど、流されるように続けていたら、事務所の社長の思い付きで地下アイドルグループという怪しい企画に、ノーと言うこともなくメンバー入りをすることになった。
健康的な同性愛風少年グループってなんだよそれ、色物じゃん。
実際にはゲイである必要はないけれど、メンバー同士の映像はそれを匂わすような雰囲気でってさあ、でも、五人中四人はいまだに二十歳以下なので、モロはNG。
大人の考えることはわかんねえ。
僕はまつ毛が長くて、化粧映えがする顔らしい。決して美少年ではない(恥ずかしい!)けど、ひげが薄くて童顔なので、化粧でなんとかなるってことらしい。
キャラ決めをするときに、僕は【明るくて誰とでも仲良くなれるけれど、秘密主義で、仲間と一緒にいるときだけは裏の顔を見せる小悪魔的な少年】――ギャグだと笑っちゃ駄目らしい。
ただ、明るくて誰とでも仲良くなれるってところは、悠真くんのことを思い出したんだ。
僕の理想の男子。僕の推し。
だから、悠真くんの特徴だった“にへら笑い”を提案したら、採用された。それから僕はずっと、にへら笑いを練習している。
歯を見せて愛嬌さを出すように大きく笑う。始めはわざとらしさの方が強かった。歯を見せた笑顔なんて、ふつう笑い声をあげているときだけでしょ。意識してないとどうしても口が閉じてしまう。
とはいえ、これも演技のうちだと思えば、練習すれば何とかなる。
それと、眉の上にほくろをつけた。悠真くんの顔にもあったので、それも借りることにした。
目の下のほうがいいんじゃないかと言われたけど、これは押し切った。目立たないけど、気づく人は気づく的な方がマニアックじゃないかと言ったら、通ったよ。
顔も骨格も違うから、悠真くんそのものになれるわけではないし、小学生の頃から成長しているから、今どんな感じかわからないけど、僕は悠真くんをリスペクトする。
だから、キャラ名を『YU』にした。
まだデビュー前、五人でレッスンしていたころ、最年長の烈さんから、
「YUの笑い方、不細工じゃない?」
と言われたことがあった。他のメンバーも同じ気持ちだったみたいで、でも、まだ遠慮があって、口にできなかったから、代表で烈さんが聞いてきたって感じかな。
責められたわけではなかったけど、悠真くんの笑顔を馬鹿にされたような気がして、反射的に言い返しかけた。
でも、悠馬くんなら怒らない。
「僕は童顔で、みんなみたいにキレイ系じゃないし、みんなに愛されるキャラの方がいいと思うんだ。だから、マンガの主人公みたいな明るい感じを出したいんだ」
「おー、言われてみれば、そういう方向か。うん、わかった。いじられキャラな」
話題を笑いに変えて、それに乗ったけど、別にメンバーとは悪い関係ではない。
地下アイドルとしてスタートして観客の少ないライブを繰り返し、グループの動画やBL系のショートドラマへの出演を地道に続けて、ようやくテレビ局からのオファーが、たまに来るようになった。
自分もだけど、五人ともやるからには真剣だった。
地味で目立たない自分を日の当たる場所に連れて行ってくれた悠真くん。僕は君に会いたいよ。
とはいえ、事務所の人たちの人を見る目はあったかもしれない。僕自身がゲイかどうか分かっていないけど、僕の初恋が男子だったのは違いない。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
面白かったと思っていただければ、幸いです。
もしよろしければ拙作の
短編『短編 王子様の婚約者候補でしたが、とある理由で白紙になります。』約18000字
連載完結『幽閉王女は考える。「うん、これから考えよう」』約50000字
などにも目を通していただければ、嬉しいです。




