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07.報告

 情報が遅いのは罪だと思うのよね。


 もちろん、世の中には待ったほうがいい情報もあるんだけど。裏を取ってから流す噂とか、相手の出方を見てから切る手札とか。そういう『待ったぶんだけ精度が上がるもの』ね。

 でも、相手の反応は別よ。


 エトル様のお仲間たちが昨日のお茶会をどう受け取ったか。そんな最重要情報を『あとで聞けばいいか』で済ませるなんて、どうかしてるのよね。戦いのあとに戦果報告を後回しにする指揮官なんて、即刻クビでしょ。


 というわけで、わたしは自室でフィアの帰りを待っているんだけど。ぼんやり待ってたりはしないのよ。

 机の上にはすでに紙が4枚並んでる。


 1枚目は『差し入れ計画(第1版)』。

 2枚目は『差し入れ計画(第2版・日持ち強化案)』。

 3枚目は『差し入れだけで終わらせないための導線案』。

 4枚目は、さっき思いついた『勇者庁経由にした場合の見た目の比較』。


 先に考えておくのよね。時間がもったいないし。

 報告を聞いてから整理するのもいいけど、先に仮説を立てておけば修正が速いでしょ。わたし、そういうのって得意なの。お金の管理だって、仮の数字で先に枠を組んでおく方がやりやすいし。それと同じよ。


 窓の外は、もう日が落ちかけてる。橙色の光が机の端を横切って、紙の上に影を落としてた。

 フィアが出ていってからけっこう経つけど、貴族街から勇者庁までは遠いし、馬車を使っても往復には時間がかかるし。


 4枚目の紙をもういちど見直して、数字の横に補足を書き足した。こういう細かい作業がわりと好き。全体像が少しずつ見えてくる感じがするのよね。


 ……なんて思いつつ、3回は窓の外を見たんだけど。


---


 廊下に足音が聞こえた。

 フィアの足音ね。静かだけど迷いがない、いつもの歩き方。

 控えめなノックが2回。


「入って」


 扉が開いた。やっぱりフィアね。


「フィア、おかえりなさい。どうだった?」

「長くなりますけど、いいですか?」

「もちろんよ」


 フィアの目の下に、少しだけ疲れの影がある。でも表情は暗くない。これは、聞きごたえのある報告ね。


「座って。早く」

「はい」


 フィアが向かいの椅子に腰を下ろした。姿勢はいつも通り綺麗だし、声も落ち着いてる。この子は疲れていても崩れない。そこは信頼しているところの1つ。


「結論から言いますね」

「うん」

「苦情ではありませんでした。説教でも、尋問でもなく」

「最高じゃない」

「強いて言うなら『確認する会』がいちばん近いですね。お嬢様がどこまで本気で、どこまで危険な人物なのかの確認、ですね」


 わたしは羽ペンを取って、手元の紙の端に大きく書き込んだ。


『苦情ではない(重要)』


「そんなに大きく書きます?」

「書くのよ。初動の評価でしょ」

「初動って、夜会とお茶会のどちらですか?」

「両方よ」

「広いんですね、初動の範囲」


 評価は広く取るものだし。細かいことはあとで詰めればいいのよ。

 苦情でも尋問でもない。つまり、あっちは少なくとも門を閉めてはいないってことね。


「それで、向こうの反応はどうだったの?」

「ディノ様は、お嬢様のことを『悪いやつじゃない』とおっしゃっていました」

「当たり前じゃない。悪い人間がお茶会を開くと思う?」

「世の中にはいますけど」

「わたしは違うでしょ」

「……ええ、まあ」


 歯切れが悪い。なにか言いたそうな顔してる。

 今までのお茶会のこと? うちの家名を使って噂を流してる令嬢を招いて出どころを詰めたり、取引先の商家に帳簿の数字が合わないことを突きつけたり。

 色々やってきたけど、全部ちゃんと理由はあったのよ。悪役令嬢だし。


「あなたの言い分はあとで聞くから、続けて」


 フィアが少し間を置いた。言葉を選んでいる顔。この子がこの顔をする時は、大事な情報が来る。


「エトル様からは、『ラテリナ様にご迷惑がかからない形で関わることができれば』と」


 ……へえ。

 夜会でのエトル様の静かな佇まいと、あの落ち着いた声が思い浮かんだ。あの声でそんなことを言われたら、どうしたって誠実さが伝わってくるじゃない。胸の奥が熱くなってきて、顔まで登ってくるのを感じる。何よこれ。


 ……思い出したら駄目ね、わたしのペースが乱れちゃう。ペース……そう、ペースね。

 『交流は続けてもいいけど、こちらのペースで』ってこと。その言い方は拒絶じゃない。でも、無条件の歓迎でもない。悪くないじゃない。むしろ、かなりいいじゃない。はねつけるつもりなら『ご迷惑がかからない形で』なんて言わないし。距離を保ちつつ、こちらの存在は認めてるってことでしょ。


「イリーシャ様も、お茶会を『よい時間だった』と伝えてくださったそうです」


 よし。完璧な滑り出しじゃない。

 わたしは1枚目――『差し入れ計画(第1版)』を、指先でとんとんと叩いた。


「じゃあ、ここからどうするか、よね」

「もう決まってるような顔してますけど」

「決まってるのよ。差し入れはする。イリーシャ様が繋いでくれた関係を、ここで活かさない手はないでしょ」

「そうですね」

「問題は『どう渡すか』なのよね」


 渡し方は正規のルートとそれ以外。


「うちなら、立場的にエトル様の滞在先に直接届けることはできなくはないけど。でも、それは筋が違うでしょ」

「お嬢様の口からそれが出るなんて」

「ふふん、前にあなたが言ってたじゃない。物資の提供は原則として勇者庁を通すって」

「覚えてたんですね」

「当たり前でしょ。聞いたことは忘れないのよ」


 フィアがわざとらしく驚いた顔をしたあと、小さく頷いた。


「正しい判断だと思います。直接だと変な噂も立ちますし」

「でしょ。だから勇者庁を通すのよ」

「では、わたしが行きます」


 真顔に戻ったフィアが提案した。


「イルデイン家の名代として、まずは差し入れの手続きや規定について相談だけしてきます。その方が角は立ちません」

「うん。あなたに任せる」

「承知しました」

「自分で行けたら早いのに」

「お嬢様が勇者庁の窓口に並んでたら、それこそ大騒ぎですよ」

「分かってるのよ。分かってるから任せるのよ」


 その代わり、条件はつける。


「報告は細かくお願い。誰が、どういう反応で、どの言葉に食いついたかね」

「はい。そこは最初からそのつもりです」

「さすがね」


 フィアが頷いて、手元の紙を1枚手に取った。


「では、差し入れの内容も絞っておきましょう。焼き菓子でしたよね」

「そうね。3種くらいで――」

「多いです。最初は1種でいいくらいです」

「1種? 寂しくない?」

「最初から種類が多いと、こちらの熱量が前に出すぎます」

「いいじゃない。愛は重いっていうんでしょ? 毎日違う味が楽しめるように、木箱でどんって――」

「それは物理的な重さですよね。荷物になりますし、勇者庁での検品の手間も考えてください。種類や量が増えれば、あちらの確認作業も増えますよ」

「……そうね。実務を邪魔するのは本意じゃないし」

「まずは1種で様子を見て、ルートを作ることが先です」


 確かに、その通りかもね。

 最初は『ルートを通す』ことが目的。ここで見せるべきは熱意じゃなくて、回しやすさ。お菓子の味で勝負するのはその後ね。


「日持ちがして、崩れにくく、個包装しやすくて、甘すぎないもの」


 フィアが指を折りながら条件を並べる。


「少し地味に感じるかもしれませんが、最初は地味でいいんです」

「言い切るのね。この計画、乗っ取られてない?」

「実務担当としての意見です」


 この子、普段は呆れた顔ばかりしてるくせに、こういう『運用』の話になると急に強気になる。そういうところに何度も助けられてきてるんだけど。


「うん、分かった。最初は1種ね」

「はい、えらいですよ」

「子ども扱いしてる?」

「してません。かなり本気で褒めてます」

「それはそれで複雑なんだけど」


 わたしは新しい紙を引き寄せて、要点を書き込んだ。イルデイン家の名義で、まずは少量の差し入れ相談から。受け渡しは勇者庁の指示に従う。そして最後の1行に――『無理なら引く』。『重要』と横に書き添える。


「最後の項目、ちゃんと書けるようになったんですね」

「ふふん、当然でしょ」

「口でも言えます?」

「……言えるけど」

「今、ちょっと間がありましたね」

「うるさいのよ」


 フィアが笑うから、わたしもつられて笑ってしまった。

 こういうの、悪くないのよね。信頼できる相手と詰める作戦会議って。1人で紙を4枚書いてるよりずっと有意義だし、何より楽しいし。


 その和やかな空気のまま、フィアがふっと真顔に戻った。


「ですが、お嬢様。1つ、先に言っておきたいことがあります」

「嫌な予感がする言い方ね」

「しますか?」

「するのよ。あなたがその顔をする時、大事な『前提』が来るでしょ」


 フィアは手にしていた紙を置いて、わたしをまっすぐ見た。


「勇者に差し入れを出したい人間は、お嬢様だけではないということです」

「それは、そうでしょうね」


 そりゃそうよね。相手は魔王を倒した勇者で、今も各地を回って戦い続けている。恩義を感じてる人、憧れてる人、売り込みたい商人、顔をつなぎたい貴族。贈り物をしたい人間なんて、星の数ほどいるに決まってる。


「勇者庁の受け取り窓口を通すとなると、お嬢様の差し入れも、他の人たちの贈り物と一緒に扱われることになります」

「……つまり?」

「整理されて、分類されて、まとめて渡される。お嬢様だけ特別、とはいかないということです」


 頭の中で、さっきまで組んでいた計画の形が変わり始めた。

 公式の手段を使うのは正しい。正しいけど――正しいだけだと、埋もれてしまうのね。


「お嬢様の差し入れが悪い扱いを受けるわけではないです。むしろ公平です。ですが――」

「その他大勢の1人になるってことよね」


 部屋が静かになった。

 さっきまで『どう運ぶか』の話だったのに『どう埋もれないか』の話になった。公爵令嬢の差し入れを、ただの配給物資にしないための方法。


 ……なるほどね。面白くなってきたじゃない。


 わたしは白紙の紙を1枚、手元に引き寄せた。

 紙の数が1枚増える。つまり、考えることが1つ増えたってことよ。


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