06.戦士と魔導師
お茶会の翌日。
私たちはお嬢様の部屋のテーブルに向かい合っている。
お嬢様は上機嫌だった。
それ自体は、とてもいいことなのだ。話しかけた時の返事が穏やかだし、こちらの進言も通りやすい。平和ではある。
だけど、穏やかなまま新しい計画を始める方なので、平和はすぐに終わりを迎えるのです。
テーブルの上に広げられた紙には、大きな字でこうあった。
『差し入れ計画(第1版)』
そして、その下に小さく『差し入れだけで終わらせない』と書いてある。
ええ、知っていましたとも。
この方が差し入れだけで満足するわけがない。18年の付き合いなので、もう驚きはしない。驚きはしないけれど、胃には来る。
私はその様子を眺めながら、ため息を飲み込んでいた。飲み込んだところで、扉を叩く音がした。
「お嬢様。勇者エトル様のパーティの、戦士ディノ様のお使いの方がお見えです。フィアマリナにお話を伺いたいとのことです」
席を立って扉を開けると、使用人が控えていた。
「私に、ですか?」
「はい」
「お嬢様ではなく?」
「はい、フィアマリナにと」
本人じゃなくて侍女に話を聞きたい、というのは、探りか確認か苦情のどれかに決まっている。今回の相手はディノ様。あの方が探りなんて器用なことをするとは思えないので、おそらく確認だろう。
気づけば、お嬢様が真後ろに立っていた。
プレゼントをもらった子どものように目を輝かせている。
「なになに? エトル様のお仲間から接触?」
「近いです。圧を感じます」
「行ってきなさい、フィア。情報は多い方がいいのよ」
「お嬢様の情報も、向こうに渡りますよ」
「なにも問題ないし」
「その自信、少し分けてほしいです」
お嬢様は、ふふんと鼻を鳴らしてテーブルに戻っていった。
イリーシャ様が昨日のお茶会のことを話したのだろう。五大貴族の令嬢に招かれてお茶をしてきました、なんて隠しごとに向いている話ではないし、それ自体は当然のこと。問題は、その話を聞いた側が何をしてくるかだ。
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待ち合わせは午後からで、場所は勇者庁の裏手にある中庭だった。
貴族街からは少し離れていて、馬車で着いたころには日が傾き始めていた。
勇者庁は王都の中心に近い場所にある。石造りの飾り気がない建物で、造りはしっかりしていた。貴族の屋敷とは違う、実務のための建物だ。正面は報告に来た勇者や使者、役人に兵士と、いろんな方が行き来していて、落ち着いて話せる場所ではない。
裏手の中庭は少し静かで、人目はあるけれど会話は聞かれにくい。そういう場所を選ぶあたり、ディノ様も見た目ほど雑ではないのかもしれない。見た目ほど、は失礼だろうか。だけど、あの方の見た目は『正面突破』そのものなので仕方ない。
中庭の木陰に、銀髪の男性が立っていた。
逆立った髪は相変わらず目立つし、肩幅も広い。今日は正装ではなく、革のベストに袖をまくった麻のシャツという軽装だけれど、立っているだけで『戦士です』という看板が見える方なのだ。隠し事ができる体格ではないし、おそらく隠す気もない。そういう方が確認に来ているのだから、こちらも正面から受けるしかない。
その少し後ろのベンチに、長い金髪のエルフ――クランベル様が座っていた。ゆったりした薄手のローブに、細い銀の帯留め。力の抜けた格好なのに妙に様になっている。脚を組んで、これから始まる芝居を楽しみにしている観客のような目をしていた。演目は、おそらく私だ。
1対1じゃないんですね。
少しだけ帰りたくなった。ディノ様だけなら確認で済むけれど、クランベル様がいると話が別の方向に転がりそうで怖い。
「来てくれて助かる」
先に口を開いたのはディノ様だった。声は低いけど、威圧してくる感じはない。回りくどい前置きをしないタイプの方だ。
「急に済まないな」
「いえ。こちらも、何かご心配をおかけしているだろうとは思っていましたので」
私がそう返すと、クランベル様がベンチにもたれて、くすっと笑った。
「ほらね、ディノ。最初から話が早そうだって言ったでしょ」
「お前は面白がってるだけだろ」
「否定はしないよ」
否定しないんだ。
この方はおそらくこういう立ち位置なのだろう。横で見て、必要な時だけ口を挟んで、あとは面白そうにしている。こういう方が何も考えていないことは、まずない。綺麗な見た目の方ほど、油断すると足をすくわれる。お嬢様で鍛えられた経験則ですけど。
ディノ様は私の前まで来ると、少し間を置いて言った。
「単刀直入に聞くが。あの令嬢は、何がしたいんだ?」
まあ、そう思いますよね。誰でも。
「どの角度からご説明しましょうか」
「そういう返しをされると、怖いんだが」
ディノ様は眉を寄せたけれど、怒ってはいなかった。
「結婚を前提に仲間って、意味が分からないだろ?」
ですよね。
でも私がきれいに説明できるかと言われると、正直、日によるのだけれど、今日は説明しやすいです。お嬢様がお茶会で一歩進んだので。
「結婚したいそうです」
「そこは聞いた」
「それが主目的ですよ」
「いや、そうじゃなくてだな」
ディノ様が額を押さえた。
この反応、身に覚えがある。お嬢様の周囲で流行っているのかもしれない。
「俺たちのパーティに入りたい理由が、結婚だけなのかって話だ」
「いえ、最初のきっかけはそれが大きいです。ですが、今は『役に立ちたい』という思いもあるようです」
「役に、立ちたい?」
「はい。戦えないなら、戦えないなりに。王都からできる支援の形を作れないかと」
ディノ様が少し目を細めた。
ベンチのクランベル様の目が、面白がりから観察に変わるのが分かった。
「お嬢様、言い方と順番が稀に問題になるだけで」
私が説明すると、クランベル様が口を挟んだ。
「いつも、では?」
「今回はお茶会を成功させていますので、評価に補正をかけてください」
「ふふっ」
笑われた。ディノ様は笑いかけてこらえていた。
「なあ、どこまで本気なんだ? その……結婚だの仲間だの」
ディノ様がまっすぐ聞いてきたので、私は少し考えた。
盛っても意味がないし、下げてもあとで困る。
「とことん本気みたいです」
「みたい、ってあんた」
「私の見立てですけど」
「本気、なのか」
ディノ様は肩を落とした。
戦う方って、ため息まで重い。鎧は着てないのに、空気ごと下がった気がした。
「おそらく、王都を出るまでずっとですよ」
「ずっと?」
「ええ、ずっとです」
私が淡々と言うと、ディノ様は少し黙ってから、口元をゆるめた。
「……ずっとか。まあ、そういうのもたまにはいいか。あいつ、真面目だからな」
あいつ、というのはエトル様のことだろう。
その言い方に、長い付き合いの温度があった。仲間ってこういう言い方するんだな、と思った。お嬢様に聞かせたら、おそらく「いい情報ね」って目を輝かせる。絶対に言わないでおこう。
「では、仲間にされるんですか?」
私は聞いた。相手の考えを知っておけるなら、期待を膨らませているだけよりは全然いい。
「いや。それとこれとは話が別だ」
ですよね。
「ありがとうございます」
「礼を言われることか?」
「期待させる言い方をされるより、助かりますので」
ディノ様は少し意外そうだった。
「あんたも、苦労してるんだな」
「否定はしません」
「ははっ、しないのか」
私たちの会話を聞きながらクランベル様は静かにうなずいている。この方は会話を近くで眺めるのが趣味なんだと思う。観客席から降りてくる気はなさそうだった。
その時。中庭の入口の方から足音がした。
ディノ様とクランベル様が揃ってそちらを見るので、私も振り向いた。
エトル様だった。暗い茶髪に黒い目で、今日は襟なしの上着に細身の革帯という軽い格好だった。正装の時より余計に普通の方に見えるのに、足音だけがやけに静かだった。お嬢様が惚れた理由が、こうして近くで見ると少しだけ分かる。派手さではなく、芯の方に目が行く方なのだ。
「フィアマリナさん。仲間がお呼びしたそうですね」
「いえ、こちらこそお時間をいただいています」
エトル様は、ディノ様の横に並んだ。
「ディノ、あまりご迷惑をかけないでよ」
「かけてねえよ。確認をしてただけだ」
ベンチに座ったままのクランベル様が楽しそうに口を挟んだ。
「その確認内容が困らせる内容なんだろう、ディノ」
「お前は黙ってろって」
仲がいい。
こうして見ると、本当に役割がはっきりしていた。エトル様が場を締める。ディノ様が正面から聞く。クランベル様が横からほぐす。イリーシャ様が流れを整える。
4人で回っていて、余分な隙間がない。
お嬢様が見たら、おそらくもっと燃えてしまう。『隙間がないなら自分で作る』くらいは言いかねない。
エトル様はこちらに目を向けて言った。
「本日は、姉さんが……イリーシャがお世話になりました。よい時間だったと聞いています」
『よい時間』。イリーシャ様は、パーティの皆さんにもそう言ってくれたらしい。
「今後は、ラテリナ様にご迷惑がかからない形で関わることができれば、と思っています」
「……それは、こちらも同じです」
拒絶ではない。でも、ちゃんと線は引いている。
この方々は、踏み込みすぎない付き合い方を知っている。お嬢様がお茶会でやっと覚え始めたことを、最初から自然にやっているのだ。
クランベル様が立ち上がって、ひらひらと手を振った。
「確認も済んだし、そろそろ解散かな。フィアマリナさん、また何か面白――いや、役に立つ話があったら教えてよ」
「今の言い直し、しっかり聞こえました」
「ふふっ。耳がいいね」
あなたほどじゃないと思います、と言いかけてやめた。エルフ相手に耳の冗談がどこまで通じるか分からないので。
「……あの令嬢、悪いやつじゃないんだな」
ディノ様のそれは、確認というより、独り言のようだった。でも独り言にしては声が大きい。聞かせるつもりがあったのか、それとも口に出さないと収まらなかったのか。どちらにしても、あの方の中でお嬢様の居場所がほんの少しだけ動いた音だと思った。
「悪いことをしようとしているわけではないです」
「だよな。それはイリーシャに聞いた」
「ただ、最短距離で壁に向かって走っているだけでして」
「それは最初に見た」
「最近は少しだけ、壁を避けて曲がることを思い出しています」
「あんたのおかげか?」
「イリーシャ様の影響が大きいです」
「そうか」
ディノ様が笑った。夜会の時より、ずっと力の抜けた笑い方だった。
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勇者庁を出るころには、私の肩の力も少しだけ抜けていた。
苦情でもなかったし、尋問というほどでもなかった。言うなれば『確認する会』で、結果は悪くない。むしろかなりよかったと思う。
だけど、帰ってからの報告は言葉を選ぶ必要がある。
大事なのは、向こうが線を引きつつも話を聞いてくれたということ。お嬢様には「王都を出るまで纏わりつくと思われてますよ」より先に、そちらを伝えないといけない。順番を間違えたら、お嬢様は纏わりつく方で喜んでしまう。
屋敷に戻ると、案の定、お嬢様はまだテーブルに向かっていた。
紙が増えていた。出かける前は1枚だったのに、4枚に増えている。紙の枚数は、そのまま私の仕事の量に変わるので、嫌な予感しかしない。
「フィア、おかえりなさい。どうだった?」
「長くなりますけど、いいですか?」
「もちろんよ」
お嬢様の目がきらきらしていた。報告書を待つ目ではない。物語の続きを聞かせてほしいとねだる子どもの目だ。
私は心の中でため息をついた。
でも、口元は少しだけ笑っていたと思う。今日の話は、悪くない材料になる。順番を間違えなければ、ですけど。




