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03.作戦会議

 断られた。


 しかも、あんなに綺麗に断られることある? ってくらい、綺麗に断られたのよね。

 曖昧に笑って流すでもなく、期待を持たせるでもなく、まっすぐこっちを見て「仲間は募集していません」。あの声と、あの目。


 思い出すと、胸の奥に昨日の声がまだ響いてる。

 悔しいとかじゃないの。なんていうか、あの実直さを正面から受けた跡が、まだ消えてないのよね。近くで見たまつ毛の長さとか、静かなのにまっすぐ通る視線とか。


 ……うん、やっぱりいい人。ああいう人がそばにいたら、きっと退屈しない。わたしの隣に立つ人は、ああでなくちゃ。

 だから、手放す気はないのよ。


 断られたから終わり、なんて思う人は最初から本気じゃないのよね。断られたなら理由があるってことでしょ。理由が分かれば対策もできる。感情で止まってたら何も変わらないし、わたしはそこまで暇じゃない。


 というわけで、朝から戦略会議よ。

 朝食は済ませたし、髪も整えた。ドレスじゃなくて、襟元の緩いブラウスに柔らかいスカート。戦略を練るのに着飾る必要はないのよね。


 場所はわたしの部屋。窓際の書き物机じゃなくて、部屋の中央にあるテーブルよ。フィアと向かい合って話すなら、こっちの方がいいの。部屋は広くて、朝の光がよく入る。余白があると頭も整理しやすいのよね。羊皮紙と羽ペン、紅茶と焼き菓子。準備は完璧だし、頭も冴えてる。こういう朝のわたし、いい考えを思いつくんだから。


「お嬢様、朝から目が据わってますけど」

「戦略会議中よ」

「1人で始めないでください。どうせ私も参加するんですから」

「だから呼んだんでしょ」


 フィアがティーカップを置いて向かいに座る。赤い髪が肩で揺れた。

 お茶の用意もお嬢様の暴走への対応も、この子は同じ顔でこなすのよね。「はいはい、また始まりましたね」って顔で、呆れてるくせに逃げないのが頼もしいの。


 わたしはテーブルの羊皮紙を、これ見よがしにくるっと向けた。


『真の勇者パーティ加入計画(結婚前提)』


 フィアが眉間にしわを寄せた。

 こういう反応が返ってくると、朝から調子が出るのよね。


「前提、外しませんね」

「大事なことでしょ?」

「そうなんでしょうか」


 大事に決まってるじゃない。それが目的なんだから。


「まず、エトル様ご本人は問題じゃないのよ」

「問題なのでは?」

「断られたけど、対応は誠実だったでしょ。笑わない、濁さない、雑に扱わない」

「……はい」

「つまり、問題は人柄じゃなくて構造にあるのよね」


 人柄が問題なら厄介だけど、構造なら動かしようがある。わたしはそういう考え方をするの。

 フィアが一瞬目を細めて「嫌な流れだ」って顔をした。わたしが何か思いつく時の空気を、この子はほんとに早く読むのよね。


「昨日の『1人減れば1人分の枠ができる』の話ですか」

「そう。それ。そこなのよ」


 エトル様のパーティは4人。勇者、戦士、聖女、魔導師。

 冷静に考えれば、魔王討伐のパーティから1人減らすなんて無茶よ。わたしが入ったところで、あの4人のうちの誰かの代わりにはなれない。それくらいは分かってる。


 じゃあ、5人目として加わる? パーティの人数は決まっているわけじゃないし。でも、加わるなら役割がいるのよね。

 昨夜、夜会で見た時の印象を思い出しながら、考えてみる。


 戦士ディノ。銀髪を短く逆立てた、見た目からして「前衛です」と自己紹介してるような人。会場でエトル様の隣にいた時、さりげなく周囲に目を配ってたのよね。あの手の人は旅の実務も回してるんだろうなって、見てるだけで分かるのよ。野営の段取りとか荷物の配分とか、そういう地味で面倒なことを黙ってやるタイプ。


 魔導師クランベル。長い金髪のエルフ。綺麗すぎて逆に胡散臭いけど、口元だけ動かして面白がってた人ね。


 聖女イリーシャ。亜麻色の髪を横でまとめた、上品なサイドアップ。正装もきれいに着こなしていて、笑いをこらえてる顔まで品があった。ええ、認める。綺麗な人だったのよ。エトル様のそばにいて、しかも綺麗。勇者の隣にいる聖女。障害物として完成度が高すぎるのよね。嫌になるくらい。


 わたしが持っていけるのは帳簿と交渉術と、あとはまあ、度胸くらいね。魔族の前で帳簿を広げても仕方ないでしょ。魔法は使えるけど、魔王を討伐したクランベル様とイリーシャ様には及ぶわけがない。


 でも、パーティに入れるかどうかと、エトル様の隣に誰がいるかは別の話よ。

 役割の問題は後で考える。先に気になるのは、あの聖女の方なの。恋敵かどうかはまだ分からない。でも、可能性があるなら放っておけないでしょ。

 こういう時は障害を先に取り除くのが基本よ。商売でも政治でも同じ。邪魔になりそうなものは、邪魔になる前に動かすんだから。


「よし」

「なにが『よし』なんですか」

「『聖女排除計画』を立てるのよ」

「関係性の確認より先に、排除計画ですか」

「確認してる間に先を越されたら困るでしょ」

「そんなに一刻を争うんですか?」


 フィアの言葉を聞き流して、わたしは羊皮紙に議題を書き込む。


『聖女排除計画』


「排除っていっても、もちろん乱暴なことはしないのよ。品がないし」

「そこは安心しました」


 わたしは品のないことはしないの。結果が同じでも、やり方が雑なのは許せないのよね。

 去年、孤児院の補助金を横領してたエセ神父を追い出した時だってそう。ただ告発するんじゃなくて、お父様の名前で教会の本部監査役に推薦して、一生書類の山と監視から逃げられない名誉職に栄転させてあげたんだっけ。


「貴族らしく、正しく、美しく、相手にとっても悪くない形で退いていただくの」

「難易度が高いですね」

「難しいことをやるから価値があるんでしょ」


 もっとも、イリーシャ様は悪党じゃない。だから手口じゃなくて、筋で退いていただく必要があるのよね。


「たとえば、教会からの要請で王都に戻っていただく」

「聖女様ですし、ありそうですね」

「もしくは別の勇者のところに派遣」

「世界会議案件の人材ですよ」

「じゃあ、本人に『旅はもう充分でしょう、王都で穏やかに暮らしませんか』って勧める」

「初対面の翌日にですか?」

「……それは、さすがに品がないのよね」


 詰んだ。

 排除と言ってみたものの、筋が通る方法が1つもない。悪党なら手口で退場させられる。でもイリーシャ様は悪党じゃない。魔族討伐に必要な人よ。

 どうするのよ、これ。


 わたしはペンを持ち直して、大事な項目を書いた。


『エトル様との関係性を確認する』


「結局これなのよね」

「最初からそれをやりましょうよ」

「……そうね」

「お嬢様が素直に頷くと、逆に怖いんですけど」

「だって、筋の通らないことをしようとしてたのは事実でしょ。悪党でもない人を退かせようとしてた。あのまま続けてたら、わたし、本当にただの悪役令嬢になるところだったのよ」

「今回は何もしていないので、大丈夫ですよ」


 フィアが、いつもより落ち着いてる気がする。今回は妙に余裕があるのよね。


「……フィア、あなた筋が通らないって気づいてたでしょ」

「はい」

「気づいてたなら早く言いなさいよ」

「言いましたが、声は届かず壁に一直線で、気づいたら3枚目くらいでしたので」

「……3枚も?」

「枠を減らす、排除する、品のない方法を考える。3枚です。私が伝えたのは1枚目を突き破った後です」

「ふへえ」


 わたしは椅子にもたれて、昨夜の並びを思い出した。

 エトル様は静か。ディノ様は分かりやすい。クランベル様は面白がってる。で、イリーシャ様は――。


 あの人、エトル様のそばにいる時の空気が、他の2人とは明らかに違ったのよね。ディノ様やクランベル様は仲間の距離感。でもイリーシャ様だけ、もっと近い。近いのに気を使ってない。いちいち確認しなくても相手がどこにいるか分かってる、みたいな?

 あれは、長く一緒にいた人の距離じゃないのよね。もっと前から知ってる人の距離っていうか。


 ……あれ? ちょっと待って。もしかして。

 恋敵としての可能性は考えてたけど、実はすでにあの2人が恋人関係だったら?

 わたしは昨夜、その相手の目の前で「結婚前提で仲間にしてください」と宣言したことになるじゃない。それは、さすがに格好がつかないのよ。


「フィア」

「はい」

「確認してもいい?」

「嫌な予感しかしませんけど、どうぞ」

「イリーシャ様って、エトル様とどういう関係なの?」


 フィアがわざとらしく小首を傾げた。


 その顔、知ってる。「今さらそこ?」って顔よね。

 よくない予感。ものすごくよくない予感。


「……お嬢様、まだそこをご存じなかったんですか」

「知らないから聞いてるのよ」

「そうでしたね。失礼しました」


 フィアは咳払いして、いつもより平坦な声で言った。


「聖女イリーシャ様は、エトル様の実のお姉様です」


 ……はい?


 一瞬、頭が真っ白になった。

 待って。姉。姉ってことは、恋人じゃない。恋敵でもない。

 それだけでまず、ほっとした自分がいた。よかった。1人で踊ってただけじゃなかった。


 でもすぐに、昨日から今までの計画書が頭の中で燃え始めた。

 排除計画。障害物の分析。恋敵の可能性。全部、土台から間違ってた。


「……姉なの?」

「はい」

「実の?」

「実の、です」

「お義姉様なのね。それを早く言ってよ!」


 思わず立ち上がった。椅子が鳴る。

 フィアはすぐカップを押さえた。先読みしてたとしか思えない早さの被害管理よね。こういう時、この子がいなかったらテーブルの上は大惨事だったと思うし、感謝はしてるのよ。口には出さないけど。


「昨日のうちに言う機会、ありました?」

「作ってよ!」

「お嬢様の進行速度が速すぎたんです」

「それでもよ!」

「はいはい、私の落ち度ということで」

「軽い!」


 わたしは羊皮紙を引き寄せて『聖女排除計画』を二重線で消した。インクが紙に食い込むくらい強くね。恥ずかしさを潰すには、これくらいの力がいるのよ。その下に、大きく、はっきり、これでもかってくらいに書く。


『<最優先>イリーシャ様との関係構築』


 フィアがその字を見て、半分呆れて半分安心した顔をした。何なのよその顔。分かるけど。


「切り替えが早いですね」

「当然でしょ。敵じゃないなら味方にする。しかも最重要人物じゃない」

「『お義姉様』はまだ早いですよ」

「早くないから。むしろ遅いくらいよ」

「まだエトル様に断られて1日も経ってませんけど」

「それなら、巻き返す時間はたっぷりあるってことね」


 失敗したぶんだけ、次にやることが見えてくるんだから。

 そういう意味では、今日の戦略会議は大成功よ。


「フィア」

「はい」

「イリーシャ様の情報を集めて。好きなお茶、お菓子、王都滞在中の予定、話しやすい話題。それと、お茶会の準備も」

「もうやる前提なんですね」

「当然でしょ」

「……承知しました」


 呆れと覚悟が半分ずつ混ざっている感じの声。

 いつものことだけど、文句を言いながらも、ちゃんとついてきてくれるのよね。


 攻略順を間違えたのが昨日。修正できたのが今日。だったら、充分前進してるんだから。

 まずは聖女イリーシャ様。そこから先は、エトル様まで一直線よ。


 うん、分かってる。簡単じゃないし、昨日だって断られた。

 でも、それがどうしたっていうの。


 わたしは失敗したら止まる女じゃない。

 失敗したら、やり方を変えてもう1回やるのよ。


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