17.通達
帰ってきたフィアの顔を見て、収穫があったってすぐに分かったのよね。
あの子が困った報告を持ってくる時は眉が少し下がるのよ。面白い報告を持ってくる時は口元を引き締めるの。今の顔は、両方乗ってる。たいへん結構よ。
「座って」
フィアが向かいの椅子に腰を下ろした。
「ディノ様から実務の状況を伺いました。面会の重複、贈り物の手渡し、問い合わせの迂回。お嬢様の読み通り、全部つながっていて、1箇所が詰まると3箇所に飛び火するそうです」
「でしょうね」
「ディノ様は『やり方次第だが助かる』とおっしゃっていました。他には『イリーシャ様があなたを通したから期待はしておく』とのことです」
イリーシャ様の信用で扉が開いてる。それは分かったのよ。でも、借りたままにしておくつもりはないのよね。借りた扉は、実績で自分のものにするんだから。
「クランベル様は『件数より詰まり方の方が大事だ』とおっしゃっていました」
「ん、それだけ?」
「はい、それだけです」
量じゃなくて、形ということよね。
「最後に、出立までの日数ですが。5日後で確定だそうです」
あと5日。出立の日は数えないから実質4日ね。
短いけど、不可能な長さじゃない。むしろ、ちょうどいいのよ。長すぎると人はだれる。締切がある方が頭は回る。わたしは追い込まれた方が強いタイプなの。自分で言うのもどうかと思うけど、事実だから仕方ないのよね。
4日で王都の貴族全てを動かすなんて無理よ。そんな魔法はないし、他の五大貴族に話を通す時間もない。勝手に王都全域を仕切ろうとしたら、イルデイン家が出しゃばったって言われるだけよ。
でも、イルデイン領の貴族だけなら話は別なのよね。
自領の貴族に指示を出すのは、当主の娘として当然の権限で、誰の許可もいらないし。王都の貴族は大勢いるけど、そのうちイルデイン領に所属する家なら、わたしが動かせる。
自領の恥は、領主の恥。
整えるのは義務であって、出しゃばりじゃないんだから。
「フィア、家令に出してもらう文書を書いて。通達と手紙ね」
「はい」
「まずは通達。イルデイン領の貴族全家に出すのよ」
「はい。どういった内容でしょうか?」
「エトル様……いえ、『勇者パーティへの面会、贈答、問い合わせは、全て勇者庁の正規経路を経由すること。勇者庁を通さずお渡しするような真似は家の恥と心得よ』。これをイルデイン家の名で出すのよ」
フィアがすぐに羽ペンを取って書き始める。
「続けて、『王都社交の秩序維持のために、混乱整理にご協力をお願いしたい。無秩序にお渡ししようとすることは各家の体面を損ねる恐れあり』」
「協力のお願いも、1つの文書にまとめるんですね」
「うん。命令だけだと角が立つでしょ。お願いも入れておけば、従いやすくなるの」
丁寧で、正しくて、断りにくい。善意の顔をしているのに、断った側が悪く見えるような内容にするのよ。
悪役令嬢の手紙って、そういうものなのよね。仮面は、こういう時にこそ使うのよ。
「つぎは手紙ね。これも全家に送るんだけど、侍女宛よ」
「はい」
「まず、明日の夕刻にイルデイン家に集まるようにと書いて。具体的な動き方を揃えたいから、顔を合わせて話すのよ」
「明日ですか。急ではありますね」
「通達が届いた日に動かないと、各家がばらばらに解釈して好き勝手に動くかもしれないでしょ。急な話でも、夕刻なら来やすいし」
「それはそうですね。では、通達の内容も手紙に書いておいた方がいいですか? 侍女が当主宛の通達を開けるわけにいきませんので」
「うん。知らずに集まっても話にならないし、要旨を書いておいて、侍女たちにも分かるようにして」
「承知しました」
「あとは主人を止めるときに使う文言ね」
勇者パーティに直接使いを出そうとした時は侍女が止めなきゃいけないけど、言い方を間違えると主人の機嫌を損ねるだけで終わっちゃう。だから、角が立たない言い方を決めて配るのよ。
「問い合わせの種類ごとに、止め方の文言を決めるのよ」
「何種類ありますか?」
「4つね。『届いたか確認したい』『返事がいつか知りたい』『直接渡したい』『面会に切り替えたい』。問い合わせる内容って、この4種類でしょ」
「そうですね」
「人が困る場所って、結局同じなんだし。だったら先に分類しておけば、返す言葉も決められるでしょ」
わたしが口で言って、フィアが書く。2人で同時にやるといつもより速いのよね。
「『お問い合わせは勇者庁にお願いします』と『勇者様ご本人へのご連絡はご遠慮ください』。この2つは全部に入れて」
「はい」
「あとは『勇者庁経由が正式の連絡経路でございます。直接のご連絡は、印象を下げてしまいます』ね。主人が直接連絡しようとしたときに、侍女がこの文言で止めるの」
「『印象を下げてしまいます』が効きそうですね」
「うん。正しいかどうかより、体面に響くかどうかで貴族は動くのよ」
フィアが手を止めて、わたしを見た。
「各家の侍女が同じ言い回しで止められれば、余計な問い合わせや贈り物が減りますね」
「そうよ。余計なものが減れば、勇者庁の手間も減るの」
少し気分が上がってきたかも。散らかった場が1つずつ整っていく感覚が気持ちいいのよね。
「フィア、この文言の写しを使用人に作らせて。領内の全家に届く数よ」
「はい」
「出来上がったら、家令に任せて。通達と手紙を一緒に届けてもらうのよ。通達は当主宛、手紙は侍女宛。別封にして」
「はい……」
「なにか言いたそうね」
フィアは小首を傾げた。ここでそのポーズなの?
「お嬢様。もうすっかり元の、しごでき令嬢ですよね」
「なによそれ」
「いえ、こちらの話です。久しぶりに見ました、この切れ味」
「久しぶりって失礼ね。鈍ってたんじゃなくて、使い方を間違えてただけよ」
……そう、間違えてただけ。研ぎ直したんだから、あとは使い倒すだけよ。
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翌日の夕刻。
少し早く食堂に向かったら、各家の侍女たちが座って待っていた。
思ってたよりたくさん来てくれてる。通達と一緒に送ったから、公爵家の呼び出しとして同じ重みがあったのね。40人ぐらい来てるじゃない。食堂の長テーブルの両側に座って、まだ空いている椅子もあるけど、部屋がちゃんと埋まってる。お茶会の時に顔をつないだ子たちもいるし、初めて見る顔もある。都合がつかなかった家もあるだろうけど、この人数なら十分よ。
フィアがテーブルに文言の書かれた羊皮紙を人数分並べて、お茶も揃えてくれてる。
わたしは上座に座って、全員の顔を見回して扇を開く。
「皆さま、今日の目的は簡単ですわ。勇者様たちの周辺で起きている無駄な衝突を、わたくしたちで先に整えますのよ」
大勢の視線が、一斉にわたしに集まった。
「手紙はお読みになりましたね。わたくしは通達に『勇者庁を通さずお渡しするのは家の恥』と書きましたわ。きつい言い方だと思った方もいらっしゃるでしょう。でも事実ですわ。勇者庁を通さずに勇者様たちを長々とお引き止めすることは、ご厚意ではなく無作法なのですわ」
空気がぎゅっと引き締まった。きつい言い方だったのは承知してるけど、ここで甘くしたら意味がないのよ。
「まず、皆さまにお聞きしたいのですけれど。お仕えの家で、勇者様たちに関して今どんな動きがあるのか、教えてくださいまし。贈り物を送る予定、問い合わせを出している件、面会の申し込み。何でも構いませんの」
少し間があった。
当然よね。自分の主人の動きを他家の前で話すのは、侍女としては勇気がいるし。でも通達が出ている以上、隠しておく方がまずいのよ。
最初に口を開いたのは、お茶会にも来てくれた侯爵家の侍女だった。
「奥様は、明後日に贈り物を直接お渡しするおつもりでした。勇者庁は通しておりません」
「勇者庁経由に切り替えられるかしら?」
「通達が来ましたので、今朝お伝えしました。渋ってはいらっしゃいましたが、納得はしてくださると思います」
「渋った理由はなんですの?」
「他の家は直接渡しているのに自分だけ手順を踏むのは損だ、とのことです」
なるほどね。でもその『自分だけ』が怖いのよ。逆に言えば『皆がやっている』と知れば従うってことなのよね。
「ご安心なさって。皆さまの家も同じ通達を受けていますから。自分だけではないとお伝えしてあげてくださいまし」
「はい」
1人目の話が済むと、2人目、3人目と手が挙がり始めた。最初の子が口を開いてくれたおかげね。
「面会の申し込みを勇者庁と王宮の両方に出しております」
「重複ですわね。片方にまとめるようお伝えしてあげてくださいまし。両方に出すと、受ける側で名前が重なって手間が増えますから、かえって遅くなりますのよ」
重複の件はこの家だけじゃないでしょうね。他にも同じことをしてる家があるはずだし。
「贈り物を送ったのに返事がないと、奥様が毎日使いを出しています。勇者庁にも、勇者様にも」
「毎日ですの? それは勇者庁だけに絞ってくださいまし。勇者様に直接確認を飛ばすのは、いちばん避けるべきことですわ」
「ですが、奥様がお聞きになってくださるかどうか」
そう来ると思った。主人が聞かない。厄介よね。何人かの侍女が同じように困った顔をしてるのが見える。これはこの家だけの問題じゃないのよ。
「伝え方を変えるのですわ。『直接お問い合わせされますと、勇者様たちの心証を損ね、かえってお返事が遅れるそうでございます。勇者庁経由の方が確実でございます』と、こう言うのですわ」
あちこちで頷く顔が見える。この悩み、この家だけじゃないのよね。
「奥様方が気にされているのは『正しい手順』ではなく『お早い返事』でしょう? でしたら『こちらのほうが早い』という事実だけを渡してさしあげればよいのですわ」
贈り物と問い合わせの話が一段落したところで、奥の方から別の声が上がった。
「直接お渡ししようとして断られた家があって、『主人の顔を潰された』と怒っていらっしゃるそうです。イルデイン領以外の家ですが」
他領の家は今わたしが手を出せる範囲じゃない。じゃあどうするかっていうと。
「そちらは放置して構いませんわ。他領の家に指図はできませんもの」
「それでよろしいんでしょうか?」
「ええ、よいのです。イルデイン領の貴族が全員揃って『正しい手順』を守っていれば、ルールを破っている他領の家だけが悪目立ちしますのよ。『あの家は無作法な田舎者だ』という空気を、わたくしたちが結託して作って差し上げるの。そうすれば、恥を知った家から順にルールに従い始めますわ」
空気の話はここまでね。ここからは実務の話。全部をなくすのは無理でも、詰まる場所と詰まり方を変えるだけで流れはよくなるのよ。
「では、具体的に明日からの動きを決めましょう。お手元に文言の書かれた紙が配ってありますわね。まずは問い合わせについて」
侍女たちが、一斉に手元の紙に目を落とした。
「『お問い合わせは勇者庁にお願いします』『勇者様ご本人へのご連絡はご遠慮ください』。これが基本になりますわ。この文言をそのまま使ってちょうだい。各家で言い方が違うと混乱しますから、揃えた方がよろしいのですわ」
あちこちで頷く顔が見える。よし、次ね。
「贈り物については『勇者庁経由が正式でございます。ここでのお渡しは、かえって印象を下げます』と、止めてくださいまし。貴族は体面に響くかどうかで動きますから、『印象を下げます』が効きますのよ」
みんなメモを取ってる。いい傾向よ。
「面会のご依頼先の重複についてですが、これは各家の侍女でないと把握できませんから、皆さまにお願いしたいの。ご自分の家が複数の経路から面会を出していないか確認して、出しているなら片方にまとめるようご進言してくださいまし」
何人かが心当たりのありそうな顔をしてる。やっぱりね。
「最後にひとつ。この話はイルデイン領の貴族だけでは終わりませんわ。わたくしたちが作法を守れば、他の家にも伝わりますの。イルデイン領の貴族がきちんとしている以上、そうしないことは恥をかくことになりますから。わたくしたちが先に動けば、王都全体の空気が変わるのですわ」
これが正論を武器にするということね。反論できない正しさを、反論できない家格で出す。これで動かない貴族はいないのよ。
「勇者庁の管轄に踏み込むことにはなりませんか?」
「踏み込みませんわ。わたくしたちが整えるのは、勇者庁へ届く前の段階ですのよ。各家の贈り物を正規経路に揃えること。お問い合わせを勇者様たちに直接させないこと。面会のご依頼先を重複しないようにすること。これらは王都の礼式の話であって、勇者庁の業務ではございませんわ」
いい反応ね。ここまでを理解できたら、あとは動いてくれる。
「ラテリナ様、反発はあるかもしれません」
「ええ、きっとありますわ。ですが、反発なさる方は『無作法を続けたい』と宣言しているようなもの。そういう方には、空気が答えを出してくれますわ」
場が静まり返った。
誰も反論しないのは、正しいことだって分かってるから。でも、それを自分の主人に通すのが大変だってことよね。
大丈夫よ。やり方は渡したんだから。
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窓の向こうで、侍女たちが連れ立って門を抜けていく。
みんな、来た時より少し背筋が伸びている気がする。通達で『やれ』って言われただけなら、こうはならないのよ。具体的に何をすればいいかが分かって、自分の仕事として持ち帰れたから、こうなるの。あとはあの子たちが各家で動いてくれる。
「お嬢様。準備はできましたね」
「うん。思ったより集まってくれたのよ」
「40人近くいらっしゃいましたね」
「公爵家の通達なんだし。来ない方が目立つのよ」
「それでも、あれだけ真剣に聞いてくれたのは通達の重みだけじゃないと思います」
「そう?」
「お嬢様の話し方。分かりやすかったです」
「褒めてるの?」
「はい」
「素直ね。あとは、動くだけよ」
全部やるのは無理。4日で王都全域は動かせない。まだ渋ってる貴族もいるだろうし、通達の外の家には届いていない。
でも、自領は押さえたのよ。あとは侍女たちが各家で動いて、わたしのところに情報と相談が集まってくる。
人の流れを捌くのって、ある意味戦場と同じなのよね。どこに誰を通して、どこを止めて、どの順番で流すのか。判断を間違えたら一瞬で詰まる。合ってたら、するする動くの。
窓の外は暗くなり始めてた。王都の夕暮れ。明日からは、この街の流れがほんの少しだけ変わるはず。
あと3日。
絶対に間に合わせてみせるんだから。




