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15.総括

 失敗って、数が増えると腹が立つのよね。


 1回だけなら『惜しかった』で済むでしょ。2回でも、まあ運が悪かったで片づけられる。3回目くらいまでは、勢いで押し切れる。わたしはそういうの得意だし。


 でも、さすがにここまで来ると、認めないわけにはいかないの。

 同じやり方を繰り返しても、エトル様には届かない。


 届かない、って言い方も少し違うかも。

 正確には、届く前に別の『正しい理由』に持ってかれるのよね。


 相手が意地悪なら、まだやりようがあるの。嫌がらせなら潰すこともできるし。でも、勇者庁の仕事とか王宮の挨拶とか、そういう『正しい理由』に邪魔されると、無理に割り込めばただの無礼になるでしょ。

 わたしは悪役令嬢ではあるけれど、無能な無礼者になる気はないのよね。


 というわけでいつものテーブルでフィアと作戦会議なんだけど。今日は広げた紙を見てるだけで、なんだか現実を突きつけられてる気分になってる。


「お嬢様」


 向かいの椅子に座ったフィアが、紙束を整えながら言った。


「ずっと白い紙を眺めてますね」

「眺めてるんじゃなくて、睨んでるのよ」

「どっちでもいいですけど、紙は睨んでも白いままですよ」

「そういうこと言うから、あなたは妙に肝が据わってるのよ」

「お嬢様の隣にいると、たいていのことは先に起きますので」


 それはそうね。

 わたしは椅子に深く座り直して、テーブルの上を見渡した。


 お茶会の記録。舞踏会のメモ。王都で拾ってきてもらった評判のまとめ。エトル様のパーティについての雑感。そして、フィアがイリーシャ様から預かってきた伝言。


 拒絶されたと思わないでほしいということ。

 王都に長くはいられないということ。


 優しいのよね、あの人。優しいだけじゃなくて、ちゃんと現実を手渡してくれるのが本当に素敵ね。好き。お義姉様として。


 問題は、その現実をどう使うかよ。

 悔しさは消えてないけど、感情のまま動くのは絶対に駄目。舞踏会では焦って空振りしたし、恋の勢いだけで走ってた時が、いちばん遠回りをしてたのよね。

 今日からはちゃんと頭を使う。でも感情は消さない。動く前に整理するのよ。


「それじゃ、始めましょっか、総括」

「総括、ですか」

「うん。失敗を並べるだけじゃないの。ここまでやってきたことを振り返って、次にどう動くかを決めるのよ」


 フィアが姿勢を正した。こういう時、この子は話が早い。文句を言いながらも、やると決まったらすぐに切り替わる。生まれた時から18年の付き合いは伊達じゃないのよね、なんて思ってたら――。


「お嬢様。それ、夜会の翌朝にやっていただきたかったです」


 姿勢を正したまま、小首を傾げて言ってきた。


「なによ急に」

「いえ、整理してから動くって、ずっとお伝えしてきたことなので」

「してたっけ?」

「してました。毎回」

「そうだったっけ?」

「禁止事項を何個作ったと思ってるんですか」


 痛いところを突いてくるのよね、この子。事実だから反論できないし。

 お茶会の前に禁止事項を並べられたのも、差し入れの時に量を止められたのも、フィアが先に手を打ってくれた結果なのよね。


「今まで聞いてなかったとは言わないけど」

「聞いてはいましたね。聞いた上で突破してました」

「それは、その場の判断としてよ」

「壁に一直線の判断でしたけど」


 ぐうの音も出ないのよ。


「でも、今回は違うから」

「はい」

「今度は本当に、整理してから動くのよ」

「信じていいんですか?」

「信じなさいよ」

「では、信じた上で確認しますけど」

「なに?」

「今日の総括が終わった瞬間に、勇者庁に飛び出していったりしませんよね」

「しないから」

「本当の本当に?」

「本当の本当よ」


 フィアが少しだけ目を細めた。疑ってる顔ではなく、確かめている顔。


「なるほど。今日のお嬢様は、本当に違いますね」

「当然でしょ」


 まったく。恋をすると周りが見えなくなるって、ほんとだったのね。

 でも、もういいの。ちゃんとやるって切り替えたんだから。


「まず、いちばん最初の失敗からね」


 わたしは紙を1枚引いた。


「聖女排除計画よ」

「物騒な名前の計画ですよね」

「仕方ないでしょ。エトル様の隣にいる女性が気になって、恋敵かもしれないならどいてもらうしかないって、突っ走ったのは事実なんだから」


 感情だけで動いた結果なのよね。教会からの要請で戻っていただくとか、別の勇者のところに行っていただくとか、具体案を出すたびに自分で潰していくことになった。回復役がいなくなったら勇者パーティが成り立たない。品のないやり方は使えない。そもそも、イリーシャ様は悪党じゃない。わたしの手法は、悪党に向けるものなんだから。


「全部行き詰まったところに『実の姉』という情報が来たのよね」

「あれで救われたのはお嬢様の方ですよ」

「そうね」


 わたしはため息をついた。


「お義姉様だったんだし。排除なんて、考えたこと自体がおかしかったのよ。衝動的に動くのって時と場合によるのよね」


 フィアがにっこりと笑った。好きなだけ笑いなさい。


「次。懐柔作戦ね」

「イリーシャ様とのお茶会と、お菓子の差し入れですね」

「そうね。これは悪くはなかったのよ」


 本当にね。お茶会でイリーシャ様との関係を作れたし、差し入れの計画もフィアが勇者庁で情報を集めてくれたし。


「でも、直接の成果は限界があるのよね」

「はい」

「勇者庁の検品がある。規定がある。善意の贈り物も全部まとめて扱われる。つまり、差し入れだけでは『親切な人間』のひとりで終わるのよ」


 これは痛いけど事実だし。豪華な箱に入れたって、開けられるものは開けられるから。安全確認が悪いわけじゃなくて、正しいこと。正しいからこそ、そこに差はつけられないのよ。


 だから、その他大勢で終わらないために、規定そのものに提案を出そうとしたの。令嬢たちを集めて情報を整理して、勇者庁側の都合も調べてね。規定については案のままで止まったけど、あれがきっかけで他の令嬢たちとはっきりとした繋がりができたのよね。


「3つ目。外堀作戦ね」

「ご令嬢の方々とのお茶会と、侍女の情報網ですね」

「うん。これが今のところ、いちばん手応えがあるのよ」


 わたしは、評判の記録が書かれた紙を引き寄せた。


「評判が変わった。情報が集まるようになった。侍女側からも話を持ってくるようになった。つまり、動かせる人間が増えたのよ」

「それでも、エトル様の傍には立てていません」


 フィアが言った。静かに、でもはっきりと。


「……うん」


 外堀を埋めて、評判を整えて、情報網を作って。それでもまだ、肝心のエトル様との距離は縮まってない。全部『周辺』でのことなのよ。中心には届いてない。


「つまりね」


 わたしは窓の外を見た。

 外は明るい。王都の午前中って、人が動き始めてて、馬車の音や商人の声がかすかに聞こえてくるの。これ全部が社交の材料になるんだから、都会って本当に面倒で便利よね。


「『仲間にしてください』の一点突破では、進まないのよ」


 言ってしまうと、妙にすっきりした。


 ――ううん、すっきりしたのは気分の話。大事なのはそこじゃないのよね。

 結婚を前提に、仲間にしてください。それ自体は本気。今も本気。そこは絶対に曲げない。

 でも、本気だからって、入り口を1つに固定する必要はないのよ。


「では、どうするんですか?」

「方針を変えるのよ」


 新しい紙を1枚引いた。白い紙っていいのよね。まだ何も決まっていないという意味では不安だけど、まだ何でも書けるという意味では希望しかないでしょ。


『必要な人材だと認めてもらう』


 大事なことだから大きく書いた。


「方向転換、ですね」

「仲間に入れてくださいって頼むだけだと、相手から見たわたしは『入りたがってる人』で終わるでしょ?」

「はい」

「でも、『いると役立つ人』になれば話が変わるのよ」

「はい」

「仲間の募集はしてなくても、手を借りる理由はできるってことよね」

「仕事で実績を作るということですか」

「そういうこと」


 これは本当にそうなのよ。エトル様は、暇を持て余して舞踏会で踊るためだけに生きてる人じゃない。勇者としての仕事がある。責任がある。各地を回って戦い続けている人なのよ。それなら、そこに触れない関わり方は、ただの飾りでしかないじゃない。


「まずは、具体的に何をするかね。王都で今、エトル様たちが困っていることってなに?」

「面会希望者でしょうか」

「多いんでしょうね」

「はい、多いです。そのうえ、順番で揉めます。家の格がどうこうだとか、先約があるからとか、紹介元がどうとか、王宮経由だからとか、勇者庁経由だからとか。それぞれが自分が先だと思っていらっしゃいますから」


 そうよね。王都で魔王を倒した真の勇者に会いたい人間なんて、それこそ数えきれないほどいるでしょ。感謝を伝えたい人、恩を売りたい人、顔を繋ぎたい貴族、売り込みたい商人。その全員が『正当な理由』を持ってるから厄介なのよね。


「順番が問題なのよね。誰に先にお礼を言うかとか誰を後に回すかとかで、社交界では無駄な確執が生まれるし」

「はい。エトル様たちは悪気なく平等にしようとするでしょうけど、格のある方を先にお通ししないと、それだけで揉めますから」

「そうね。突撃訪問もあるだろうし」

「ありますね」

「廊下で待ち伏せとか、伝言を持っただけの使いが行列になるとか」

「招待状の重複もありそうです」

「返事が遅いだけで勝手に怒る人も絶対いるでしょ」


 書き出すほど、全体像が見えてくる。

 王都で今エトル様たちが足を取られてるのは、まさにこういうところなのよね。人と礼と順番と顔の問題。剣じゃ片づけられないものよ。

 でも、それは――。


「わたしの領分なのよね」


 気づいた瞬間、口から出ていた。


「戦場ではわたしはそこまで役に立てない。でも、こういうところで困ってる人がいるなら、そこを片づけることはできるし、本領を発揮できるのよね」


 胸のあたりが熱くなった。舞踏会で踊れなかった時とは違う熱。あれは手が届かなくて焦げてしまったけど、今のは違う。わたしの得意なことで、わたしにしかできないやり方で、あの人の役に立てる。そう思った瞬間、身体の奥から火がついたのよ。


 でも、熱いだけでは走らない。今度は勢いで走らない。

 まずは形を作って、筋を通す。そこまで整えてから動くんだから。


「ですが、お嬢様が急に仕切り始めたら、反発が出ますよね」

「そうね」

「なぜイルデイン家の令嬢が、勇者庁の外で差配をするのですか?」

「言われるでしょうね」

「そこは、どうしますか?」


 いい質問よ。そこを詰めないと、ただの出しゃばりで終わるのよね。


「名目を作るのよ」

「名目、ですか」

「『エトル様たちのため』って理由だけだと角が立つでしょ。だから『王都の社交が混乱しないための調整』にするのよ」

「公共の話にする、ということですか」

「うん。エトル様だけじゃなくて、王都全体にとって面会の整理が必要だという形にするのよ。そうすれば、わたしが動く理由は私情じゃなくなるでしょ」

「なるほど」

「それは、わたし単独ではやらないのよ」

「……あ」

「お茶会で繋がった令嬢たちと、その侍女。家の使用人。複数の家を巻き込むの。わたし1人の都合に見せないのよ」


 フィアが頷いた。


「それ、いけるかもしれないですね」

「いけるに決まってるでしょ」


 もちろん、最終的には仲間にしてもらうんだから。そこは変わらないのよね。でも今は、入口を変えるの。正面玄関が混んでるなら、列を整える側に回るの。その方が、よほど上品で賢いじゃない。


「お嬢様」

「なに?」

「『整理してから動く』って、本気だったんですね」

「疑ってたの?」

「半分くらいは」

「失礼ね」

「でも、今の話の組み立て方は、今までと違いますね。ほんとうに、違います」

「当然でしょ」

「はい。やっと、お嬢様の思考がお嬢様の行動に追いついた感じがします」

「ふふん」


 わたしは立ち上がって、紙を綺麗に重ねた。

 総括は終わりよ。反省は充分したんだから。反省って、長くやると湿気るのよね。使うなら乾いてるうちよ。


「フィア」

「はい」

「明日から動いて。勇者様たちが何に手を取られているのかを知りたいの。勇者庁側の話は聞いたけど、勇者パーティ側の都合は聞いてないから」

「はい。できればエトル様のパーティの方から、ですよね」

「うん。実務の流れが分かる方がいいんだけど。理想はディノ様かな」

「承知しました。勇者庁へは私が行きますね」

「あなたの方が警戒されにくいでしょ」

「お嬢様が行くと目立ちますし。話が予定より大きくなることが多いので」

「それについては否定できないのよね」


 エトル様は戦う人。

 わたしは、戦う人の邪魔を片づける人になるのよ。

 それで役に立てるなら、認めてもらえるでしょ。認めてもらえるなら、次の扉は開くんだから。


「勇者様には戦場があるけど、わたしには社交界があるのよ」

「……そのお言葉、初日に聞きたかったですね」


 そう言って、フィアは小首を傾げた。


 仕方ないじゃない。あの時はエトル様のことしか見えなくて空回りしてたけど、空回りしてた分だけ本気だったのは事実だし。

 今だって本気よ。やり方が変わっただけなんだから。


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