11.招集
お茶会というものを、勘違いしている子は多いのよね。
見栄えのいい可愛いお菓子を並べて、高級で綺麗なカップを持って、物語のヒロインを気取って笑っているだけの時間。そう思っている人がほとんどだろうけど、それは半分しか合ってないの。
残りの半分は戦場なのよ。笑顔のまま牽制して、柔らかい声で値踏みして、相手に喋らせて、最後にいちばん得をする形へ話を畳むの。剣がないだけで、やってることは物騒なんだから。
だから今日は、わたしの得意分野ってことなのよね。
「お嬢様」
鏡の前で髪を整えていると、フィアが席順表を見ながら確認を始めた。
「入口の話題は差し入れ規定。そこからエトル様の話へ流れても止めない。露骨な探り合いになったら、礼式の話に戻す」
「うん」
「誰かが喧嘩腰になったら」
「言葉だけ整えさせて、中身は言わせるのよ」
「では、私がお茶を淹れに入って間を挟みます。言い方を戻す時間だけ作ればいいですね」
「うん。それで充分」
保険は必要なのよね。そうならないよう立ち回るんだけど。
「今日の目的は『勝利』ですか?」
「いいえ。今日は貸しを作る日だから『支配』ね」
「背筋が凍ります」
「褒め言葉として受け取ってあげる」
あとは、扇を忘れないように持っていくこと。今日の相手は令嬢たちなんだし、必要なのよね。
それにしてもこの跳ね毛、いつになったら直るのよ。
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東の客間は、うちが人を招く時の定番の部屋。南の客間より広くて、長いテーブルを置いても余裕があるの。壁は淡い象牙色で、窓は西向きの2面。午後になると光が斜めに入って、部屋全体が少しだけ金色に染まるのよね。
南の客間が『親しい人を迎える部屋』なら、こっちは『格を見せる部屋』。でも見せつけすぎない、そのあたりの加減が、うちの屋敷のいいところだと思ってるのよ。
令嬢たちが揃うと、部屋の空気が一層綺麗になった。それぞれの後ろには侍女が控えていて、主人と同じ空気をまとっている。フィアもわたしの後ろにいるんだから、お互い様ね。
香りも、布の擦れる音も、笑い声の高さも、全部きちんとしてる。さすがね。そういう子たちを相手にする方が、こちらもやりやすいのよね。
挨拶と、天気と、菓子と、最近の仕立ての話。ひと通りの『無害な会話』が済んだところで、わたしは席を一巡り見た。
侯爵家の令嬢は、翡翠色のドレス。扇まで同系色で揃えていて、手が込んでるのよね。このあたりの家は、わたしの悪名が演出だと半分気づいてて、気づいた上で利用価値を測りに来てる。
伯爵家の次女は、濃桃色のドレス。目が合った瞬間の食いつきが早くて、エトル様狙いの本命どころ。負けず嫌いの匂いがする。
子爵家の長女は、薄青色のドレス。悪くない色だけど、本人の性格まで薄いわけじゃなさそう。周りを見てから動くタイプね。
あとは、金糸を盛りすぎた金色のドレスの子、頷くのが早い乳白色のドレスの子、静かに人を見る紺色のドレスの子。
紺色の子は少し毛色が違って、恋だけじゃない目をしてる。エトル様周辺の人間関係まで見てるかも。こういう子は味方にすると助かるし、放っておくと面倒になりそうね。
……うん、充分。回せる。
わたしはカップを置いて、扇を開いた。口元を隠すくらいの位置に持ってくると、表情を読ませなくて済むのよね。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございますわ」
対外用の声に切り替える。貴族令嬢はみんなこの話し方なのよね。作法なのかは分からないんだけど。
「せっかく同じ立場の方々が集まるのですもの。1つ、勇者庁の差し入れ規定について、意見を整理したいと思いまして」
最初に食いついたのは、案の定、濃桃色の子だった。
「やはりエトル様のお話ですのね」
「ええ。皆様、ご関心がおありでしょう?」
数人が視線を交わす。誰も否定しない。結構よ、その正直さは嫌いじゃないから。
翡翠色の子が、扇で口元を隠したまま、ゆっくり言った。
「差し入れ規定、というのは建前で、実際には『どうお近づくか』のお話かしら?」
「言い方がお上手ですこと。わたくしとしては『どうすればその他大勢で終わらないか』の話がしたいと考えておりますの」
扇越しに見える、全員の目の色が変わる。
薄青色の子が、間を置いてから言った。
「それですと……差し入れそのものより、接触の経路や印象の残し方、ということになりますの?」
「その通りですわ」
紺色の子が、それまで黙っていた口を初めて開いた。
「エトル様ご本人だけ、ですの?」
「いいえ。エトル様ご本人、パーティの方々、勇者庁、王宮筋。全部ですわ。人は1人では動いていませんもの」
ここでいったん、差し入れ規定の話に戻す。令嬢たちの食いつきがいいうちに、フィアが集めた現場の情報を出しておくのよ。
わたしは扇を閉じた。
「先に共有しておきたいことがございますの。勇者庁の窓口で伺った話ですけれど。差し入れは検品が入りますの。初めの包装のまま通るとは限りませんのよ」
金色の子が、顔をしかめた。
「……それでは、包みに凝っても意味がありませんのね」
「ええ。必ず勇者庁で開けられますの。見た目が立派でも、確認の手順は同じだそうですわ」
濃桃色の子が、身を乗り出した。
「では、何を贈っても扱いは同じということですの?」
「扱いは公平ですわ。公平に、埋もれますのよ」
痛い事実だけど、大事な情報なのよね。
「食品は原則として受け取れませんの。例外を作ると『なぜあの家はよくて、我が家は駄目なのか』という、ご不満の処理だけで窓口が止まるそうですわ。それに、贈り物は差出人の名前で記録されますけれど、他の方のものとまとめて届きますの。つまり、勇者庁の規定に乗せれば、公爵家であろうと子爵家であろうと同じ棚に並ぶということですわ」
翡翠色の子が、ゆっくりと言った。
「それは……規定を変えない限り、差し入れでは差がつかないということですのね」
そう。そこなのよ。ようやく理解してもらえたようね。
「ええ。ですが、規定そのものをどうこうする話は、急がない方がよろしいでしょうね」
濃桃色の子が身を乗り出したまま、食いついてきた。
「諦めますの?」
「いいえ。順番を変えるだけですわ」
わたしは笑って答えた。
「制度を動かすことは後でもできますわ。ですが、今ここにある情報は、今しか使えませんもの」
薄青色の子が、口を開いた。
「では、今日は……情報整理の場、ということですのね」
「ええ。互いに『その他大勢』にならないための場ですわ」
その言い方で、場がきれいにまとまった。
ここからが本題ね。
まず濃桃色の子が、待ちきれないとばかりに口を開いた。
「エトル様、昨日は王宮の南棟におられたそうですわよ。午前は勇者庁にいらっしゃって、午後に移られたと聞きましたわ」
翡翠色の子が、扇の向こうから涼しい声で答えた。
「そういった『目撃情報』は多いですけれど、実際にお話しできた方は少ないでしょうね。ご挨拶先が多すぎますもの」
濃桃色の子の目が細くなり、噛みつくように言った。
「……つまり、会っても意味がないということですの?」
翡翠色の子は扇で口元を隠して答えた。
「いいえ。会った『だけ』で終わる方が多い、と申し上げておりますのよ」
少し間が空いてから、薄青色の子が口を開いた。
「エトル様は、どなたにも丁寧だと伺いましたわ。ですから、少し話せたくらいでは、脈があるかどうか判断がつかないということですの?」
その通りよ。そこが厄介だけど、いいところでもあるのよね。
「ええ。エトル様は、期待を持たせる雑さがない代わりに、線を越えさせる隙も少ないですの。ああいう方は『偶然の1回』より『自然な2回目』を作れるかどうかですのよ」
乳白色の子が、小さく息をついて頷いた。
濃桃色の子が、背もたれに体を預けて、こちらを見た。
「そこまで考えていらっしゃるのね」
「当然ですわ。わたくし、お仲間にしていただくつもりですもの」
何人かが笑った。呆れた笑いと、面白がる笑いが半分ずつ。結構よ。笑わせることも、場を握る手段なんだから。
話題はそこから、エトル様のパーティ全体へと広がった。
ディノ様は訓練場でなら姿を見かけやすいとか、機嫌が悪い時に声をかけると会話が1手で終わるとか。
イリーシャ様は甘いものより香りの良い茶葉の方を好むらしいとか、でも下心のある誘いには妙に鋭いとか。
クランベル様はどこにでもいるのに、肝心な時だけいないとか。まあ、それは分かるのよ。あの方は、いる場所じゃなくて『現れる場所』なのよね。
そしてもちろん、令嬢たち自身の思惑も見えてくる。
濃桃色の子は勝ちたい。とにかく誰より先に。
翡翠色の子は負けたくない。特に、格下に。
薄青色の子は、家の顔を立てつつ傷を負いたくない。
金色の子は、物語みたいな華やかさを欲しがっている。
乳白色の子は、空気を読むのが上手い。自分で前に出るより、強い子の隣を取るタイプ。
紺色の子は――恋だけじゃない。エトル様周辺の人間関係まで見てる。
面白いじゃない。
わたしはカップを置いて、扇を開いた。
「先ほどの規定の話に戻りますけれど。補給の方にも伺ったところ、現場で助かる物資には条件があるそうですの」
フィアが集めてくれた情報を共有してあげる。
「小分けで、丈夫で、用途が明確なもの。それも、勇者様ご本人だけでなく、現場全体で使えるものの方が価値が落ちにくいそうですわ。初回は少量で、回ると分かってから増やす。それが補給の基本だそうですわ」
紺色の子が、今日初めて前のめりになった。
「……それは、差し入れの話ではなく、支援の設計の話ですわね?」
「ええ。そういうことですわ」
この子、使えそうね。恋だけじゃない目をしている子は、こういう話に食いつくのよ。
「ですが」
わたしは扇を持ち直した。
「制度の話は、今日ここで決めるものではございませんの。規定を動かすには時間がかかりますし、今はエトル様たちが王都にいらっしゃるわ。先に読むべきは紙の束ではなく、人の方ですのよ」
翡翠色の子の目が鋭くなった。わたしの意図を読もうとしている。結構よ、好きなだけ読みなさい。読める人ほど話に乗りやすいんだから。
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カップの中身が残り少なくなった頃には、場の空気も最初とはだいぶ変わってた。
そろそろ終わりの時間ね。
「失礼ですが、ラテリナ様って、もっと……」
濃桃色の子がわたしを見つめて言った。
「もっと?」
「感じの悪い方かと思っておりましたわ」
フィアが背後で揺れた気配を感じた。失礼ね。自覚はしてるのよ、悪役令嬢なんだから。
「それは残念ですわ」
わたしは微笑んだまま答えた。
「わたくし、感じが悪い上に役に立つ令嬢を目指しておりますのに」
一拍遅れて、部屋に笑いが広がった。
感じが『悪』い上に『役』に立つ『令嬢』よ。今思いついたんだけど。
翡翠色の子が、扇を少し下げて言った。
「危険ですわねえ」
「褒め言葉として受け取りますわ」
悪くない空気ね。次も呼べる。いちばん使いやすい距離じゃない。
「本日はありがとうございました。皆様のお話、とても参考になりましたわ」
ここで終わってもよかった。でも、それだとただの主催者で終わる。
わたしは扇を、ぱちん、とわざと音を立てて閉じた。
「本日は貸しにして差し上げますことよ」
濃桃色の子が目を丸くして、翡翠色の子が扇の向こうで笑った。薄青色の子は困ったように笑っている。結構、その反応でいいのよ。
全員、得をした。
でも『場』を作ったのが『誰か』は、ちゃんと残ったでしょ。
他の令嬢に機会を与えた? 結構じゃない。
その代わり、議題も、順番も、最初の1手も、すべてわたしがいただいたんだから。
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最後の令嬢を見送って、扉が閉まる。
フィアが小さく息をついて言った。
「お疲れさまでした」
「うん」
「思ったより、しっかりとした情報戦でしたね」
「ふふん。最初からそのつもりよ」
「途中、楽しんでましたよね」
「参加費用の徴収よ」
フィアが笑って、それから少し首を傾げた。いつものわざとらしいポーズ。
「皆様、とてもお上品にお話されるので、誰が喋ってるのか少し混ざりますね」
そりゃあそうでしょうよ。全員お嬢様言葉を使ってるんだから、似るに決まってるのよ。わたしだって対外では仕方なく使ってるんだし。
「でも、話し方の癖はあったでしょ?」
「そうですね」
翡翠色の子は、いったん受けてから刺してくる。
濃桃色の子は、食いつきが早い。思ったことがすぐ口に出る。
薄青色の子は、周りを見てから言葉を選ぶ。
紺色の子は、黙っている時間が長いわりに、口を開くときは短く鋭い。
ちゃんと分かれていた。分かれていたから、あの場は回せたのよね。
「わたしにも特徴あった?」
「ありましたよ」
「なに?」
「お嬢様は、先に結論を置きますね」
「いいことじゃない」
「はい。それと、通る言い方に直すのが早いです」
「それが話術よ」
「はい。呼吸の一部ですね」
扇をテーブルの上に置いて、わたしは小さく笑った。
規定の話は、ひとまず保留よ。
制度を変えるのは遅い。でも、人は今動いてる。
次に使うべきなのは、紙の束じゃないのよね。




