10.現場の声
私は朝から勇者庁に来ていた。
今日の仕事ははっきりしている。貴族令嬢の不満を集める前に、勇者庁の都合の話を集めること。
お嬢様の言い方を借りるなら、票だけあっても通らないし、理屈だけあっても動かない。だったら先に、動かない理由を拾っておく。潰せるものは潰して、潰せないものは最初から抱えたまま提案する。その方が、あとで話が早い。
最初に話を聞けたのは、昨日と同じ年配の事務官だった。
「また来られましたか」
「はい。昨日の件で、もう少し一般論として伺いたいことがありまして」
「一般論、ですか」
この『一般論』という言い方は便利なのだ。個別の抜け道を探しに来ました、とは聞こえにくいので。
「勇者パーティへの贈り物の規定について、困りごとがどこに集中しているのかを知りたいのです。もちろん、規定を曲げてほしいという話ではありません」
「それを先に言っていただけると、こちらも話しやすいですね」
「ありがとうございます。侍女の仕事ですので」
「便利な言葉ですね」
事務官が少し笑った。
「困りごと、ですか」
「はい」
「大きく分けると、安全確認、保管、仕分けでしょうかね」
「やはりそこですか」
「ええ。あとは、人手ですね」
「たとえば食品を受け取ってしまうと、何がいちばん問題になりますか?」
「全部ですが……1つ挙げるなら、責任の所在でしょうか」
「責任、ですか」
「受け取った以上、何かあったときに誰が説明するのか、ですね」
傷んでいた。体調を崩した。誰かが疑った。それだけで、勇者庁は説明を求められる。規定で最初から切っておけば、その筋を減らせる。合理的だ。
「例外を作ると、その例外を説明する仕事が増えます。次の人にも、その次の人にも」
「なぜあの家はよくてうちは駄目なのか、になりますね」
「ええ。しかも、そういうときに限って相手は急いでおられる」
激しく同意したかった。例外の処理こそが、あらゆる実務を崩壊させる最大の要因なのだ。お嬢様が、息をするように生み出しているものですけど。
「確認ですが、受け取り後の贈り物は検品されますか?」
「もちろんです。必ず開封します。包装のまま通すことはできません。見た目が立派でも、確認の手順は同じです」
「その場合、贈り主が用意した包装は崩れますね」
「ええ。ですので、包装の豪華さに頼った贈り物は、こちらとしては扱いづらいです」
これは大きい。お嬢様に伝えれば、計画の組み方が変わるはずだ。
「逆に、受け取る側として助かる贈り物というのは?」
「用途が明確で、数を数えやすく、保管に困らないものでしょうか」
「扱いやすいもの、ですね」
「はい。あとは包みを開けなくても大まかな内容が分かるものは助かりますね」
「検品で開けるのに、ですか?」
「ええ。仕分けの優先順位を決めやすくなりますので」
お嬢様が聞いたら、嫌な顔をしてから考え込みそうだ。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「何か提案でもなさるのですか」
「まだ、そこまでは」
「まだ、ですか」
「……侍女の仕事ですので」
事務官が笑った。この方とは、お互い上に振り回される実務担当として、なんとなく波長が合う気がする。
ただ、長居すると余計な勘を働かせられそうなので、礼をして離れた。
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次は補給担当の詰所を当たることにした。
窓口の受付で場所を聞くと、建物の裏手にあると教えてくれた。廊下を抜けて裏口に回ると、空気が変わった。書類の匂いではなく、縄と木箱と油の匂い。人の声も、窓口より大きい。荷物を動かしながら確認し合っている声が重なっていて、止まっている人がいない。
近くにいた兵士に事情を話すと、補給担当の女性を呼んでくれた。年は30代くらい。腕まくりしていて、目が鋭い。おそらく、この方の前で見栄を張るとすぐばれる。
「勇者パーティ向けの贈り物の話?」
「はい。受け取る側の都合を伺いたくて」
「珍しいね。普通は渡したい、しか言わないのに」
「渡す側の都合だけでは、結局どこかで詰まりますので」
補給担当の方が、ふっと笑った。
「いいね、その考え方。で、何が聞きたいんだい?」
「現場で困るものと、ありがたいものを」
「ざっくりだねえ。でもいいよ、ざっくりの方が答えやすいときもあるからね」
困るものから、と片手の指を折りながら数え始めた。
「かさばる。重い。中身が不明。数が曖昧。壊れやすい。匂いが強い。保管方法が特殊」
「……全部、現場泣かせですね」
「そうだね。あと地味に困るのが、気持ちが込められているのに使い道が薄いものだね」
「気持ちが込められている、ですか」
「高価そうだったり、凝ってるものだったり、でも実際の遠征じゃ使えない。そういうのだね」
言い方が上手い。お嬢様が言っていた『木箱でどん』は、まさにこれだろう。
「では、ありがたいものはなんでしょうか?」
「小分けされてる。丈夫。用途が明確。予備に回せる。消耗品。あとは、誰が使っても困らないものだね」
「誰が使っても、ですか」
「勇者パーティって4~5人ぐらいだけど、拠点だとその周りに人がいるからね。伝令役に補助役とか。直接本人に届かなくても、現場全体で使えるものは価値が落ちにくいんだよ」
そのひとことは、とても大事だった。
お嬢様は、最初に『エトル様に届くかどうか』を軸に考える。そこを悪いとは思わないけれど、制度に通すなら『本人に届く』より『現場で回る』方が大きい。お茶会でも使える論点になる。
「例えば布類、紐類、記録札、簡易の補修具あたりですか?」
私が試しに言うと、補給担当の方は少し感心した顔をした。
「詳しいね」
「屋敷での雑用の延長です」
「そのへんは筋がいいよ。あとね、いちばん大事なのは、量を欲張らないことだね」
「量を、ですか」
「初回から山ほど来ると、善意でも荷物になるんだよ。試すなら少量。回ると分かってから増やす。補給の基本だね」
初回は少量。運用確認後に拡張。お嬢様が嫌がりそうな結論だけど、嫌がるだけで捨てはしないだろう。あの方はそういう方だ。
「ありがとうございます。とても参考になりました」
「何か作るなら、まず1つ試してみな。話はそれからだね」
まず1つ試す。この言い方も使える。お茶会でいきなり大改定を言うより『試験導入』の方が通りやすい。お嬢様の理屈を現実の制度に落とし込むための、確実な材料が揃いつつある。
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受付の若い職員にも、少し話を聞くことができた。
こちらでの質問は実務の話というより、持ち込む側の傾向についてだった。
「勇者様宛てだと、やはりお手紙が多いですか?」
「そうですね、手紙が1番多いですね。あとは小物とかね。食品を持ってこられる方も一定数いらっしゃいますね。規定をご存じない方や、ご存じでも一応相談に来られる方がね」
「対応に時間がかかるのは、どういう場合ですか?」
「誰に何を渡したいのかが曖昧な方ですね。『勇者様に届けてください』だけだと、こちらも困ってしまってね」
「要件と中身がはっきりしている方だと?」
「すぐ済みますね。記録も楽ですしね」
令嬢たちは、気持ちは強いけれど要件は曖昧になりがちだ。私も人のことは言えない場面があるけれど。お嬢様のそばにいると、つい『先に目的を言ってください』と言いたくなる。
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昼を少し回ったあたりで、私は廊下の端で情報をまとめ直していた。
メモ用の紙が増える。字が増える。論点が増える。
なんだか、お嬢様のテーブルみたいだなと思って少し笑ってしまった。人のことは言えない。
「フィアマリナさん」
振り向くと、クランベル様が壁にもたれかかっていた。長い金髪、涼しい顔、そしてあの、何か面白いことに首を突っ込みたそうな目。
「クランベル様」
「また会ったね」
「会いますね」
「君が勇者庁を歩いてると、わりと目立つから」
「お嬢様ほどではないですよ」
「それはそうだね。今日は何を集めてるの?」
「現場の声です」
「へえ?」
「3日後に、お嬢様が貴族令嬢方を集めてお茶会を開く予定ですので。その前に、勇者庁側の声を聞いておきたくて」
「貴族令嬢を集めるの?」
「はい。勇者庁の贈り物の規定について、意見交換をしたくて」
クランベル様の目が面白がる方に傾いた。最初から全部知っている顔じゃない。この方はその方が自然だ。
「それで現場の話を拾ってるんだ」
「はい。感情論だけだと、おそらくお嬢様も困りますので」
「うん、それは困るだろうね。どこまで聞けたの?」
「いろいろと、ですね。例外を作ると説明コストが増えること、検品で包装は開けられること、初回は少量の方が回しやすいこと」
「へえ、ちゃんと拾ってるんだ」
「お嬢様に報告するための材料ですから」
「包装の話は刺さりそうだね、あの人には」
少し笑われた。否定はできない。
「現場側から見て、勇者パーティに届く『良い支援』って何ですか?」
私が聞くと、クランベル様は少し考えてから答えた。
「派手じゃなくて、続くものだね。1回の豪華な何かより、必要なときに必要な量が来る方が助かるんだよ。遠征って、いつ何に困るか予定が立たないから」
困る時は、予定の外から来る。最前線で戦う方の、重みのある言葉だ。お嬢様にもそのまま当てはまりますけど。
「あとは『誰か』の範囲を狭くしすぎないことかな。エトルだけ、ディノだけ、みたいにすると使える場面が限られるでしょ。気持ちは分かるけど、制度の話に乗せるなら『現場全体が助かる』方が通るよ」
これも、補給担当の人と同じ方向だった。複数の人から同じ話が出ると、もう『意見』じゃなくて『現場の形』になる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「お嬢様には、どこまで伝えていいですか?」
「全部伝えていいよ。名前はぼかして、内容だけ使って」
「承知しました」
私は礼をして、その場を離れた。
材料は揃った。あとは、これをお嬢様がどう料理するか。
……おそらく、私の想像の斜め上を行くのだろう。いつものことですけど。




