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01.夜会にて

「あなたたち、自分が悲劇のヒロインだとでも思っていらっしゃるの? 面倒くさい。だったら、わたくしは悪役ですわ。どうぞ『悪役令嬢』とでもお呼びなさいな」


 何年か前、くだらない派閥争いに巻き込まれそうになった時、わたしはそう言い放って場を凍らせた。

 泣く子、怒る子、かばうふりして裏で糸を引く子。全員が「わたしは被害者です」って顔をしてて、心底うんざりしたのよね。被害者しかいない場所に加害者がいないなら、作ればいいじゃない。


 はい、わたし。

 それ以来、悪役令嬢よ。自分で選んで、自分で被って、自分で着こなしてるの。


 便利なのよね、これ。面倒な子は向こうから避けてくれるし、残るのは話が早い子だけ。選別が勝手に終わるの。最高よ。

 たまに本物の詐欺師や悪党が寄ってくるけど、そういうのはお父様の権力とわたしの計算でまとめて叩き潰してるし。おかげで『冷酷な公爵令嬢』の悪評にますます箔がついて、一石二鳥ってわけね。


 脱ぐ気? ないのよね。似合ってるし。悪役令嬢は、わたしが自分で選んだ仮面なの。


---


 夜会って、要するに人間観察会なのよね。


 誰が誰に愛想を振ってるか、誰が誰を値踏みしてるか、誰が今夜の話を明日の朝にはちょっと盛って広めるか。宝石だの香水だので上品ぶってるけど、やってることはどれも同じでしょ?

 もちろん、役には立つのよ。役に立つからわたしは出るの。役に立たないなら最初から欠席してるし。


 1年前に魔王を倒した『真の勇者』が王都に戻ってきたとかで、今夜の夜会はその歓迎も兼ねてるらしいんだけど。

 勇者庁が何人も派遣してるうちの1人よ。たまたま1番大きいのを倒したから『真の勇者』。分かりやすい肩書きよね。


 ええ、すごいとは思うのよ。世界を救ったんだし。

 でも、それで領地の帳簿が勝手に合うわけじゃないし、収穫量が増えるわけでもない。

 英雄譚は食卓の話題にはなるけど、台所の在庫は増やしてくれないでしょ。

 わたしにとっては、所詮その程度の距離感だったんだけど。


「お嬢様、顔に出てますよ」


 鏡越しにフィアが言った。

 わたしの後ろで、最後に髪の流れを整えてる。


 フィアマリナ。長いからフィア。

 赤い髪は肩までで、きっちりまとめても少しだけ跳ねてるの。

 今日はいつもの侍女の服。紺色のワンピースに白い襟。家の紋章が入った銀のブローチを胸元に留めてる。立ち姿がしゃんとしてるから、変に目を引くのよね。


 こっちはこっちで、鏡の中の自分をざっと確認する。

 ピンクブロンドの髪は腰まで。手入れはばっちり。まあ、ここは完璧じゃないと困るんだけど。問題は、頭のてっぺんでぴょんと跳ねてる一束の癖毛。

 どうしてそこだけ毎回そうなるのかは知らない。半分は諦めてる。


 ドレスは今夜用に仕立てたもの。胸元も腰のラインもきれいに出てる。

 というか、隠しようがないのよ。スタイルがいいのは事実なんだから、そこは素直に使うべきでしょ。使えるものを使うのは当然のことなのよ。


「何が出てるの?」

「真の勇者様でも結局は貴族相手の挨拶回りでしょ、って顔です」

「だってそうでしょ」

「そうかもしれませんけど、もう少し夢のある顔をしてください」

「それは他の令嬢がやってくれるでしょ」


 フィアが、はいはいって顔でため息をつく。

 同い年のくせに、時々わたしを年下みたいに見るのよね、この子。

 でもそこも含めて信頼してる。遠慮して黙る侍女より、ちゃんと口に出してくれる方がずっといい。わたしが見落としたことを先に拾ってくれるから。

 悪役令嬢にはツッコミ役が必要なのよ。芝居は1人じゃ成り立たない。


「この癖毛、やっぱり直らない?」

「無理です。諦めてください。もう可愛いで押し切りましょう」

「押し切れるの?」

「お嬢様なら押し切れます」

「それはそうね」


 フィアが笑った。

 わたしも少し笑って、手袋の指先を整える。

 最後に扇を取った。黒色は趣味じゃなくて方針よ。可愛い扇を持つと可愛い令嬢に見えるでしょ。そういうのはいらないの。


「お父様とお母様は?」

「応接で待ってます。旦那様、かなり張り切ってました」

「え、そんなに?」

「はい。使用人に同じ確認を3回してました」

「お父様、こういうときだけ落ち着かないのよね」


 立ち上がると、ドレスの裾が床を撫でた。悪くない。

 さて、行きましょうか。相手が退屈でも、こっちが手を抜く理由にはならないのよ。


---


 自室を出て、絨毯の敷かれた長い回廊を歩く。


 壁の向こうからは、弦楽器の控えめな演奏と有象無象のさざめきが協奏曲みたいに聞こえてくる。

 会場に近づくにつれて花と酒と香水の匂いが濃くなって、ほんとうんざりね。


 大広間に続く重厚な両開きの扉の前。

 待機していた使用人たちが、一礼して扉を押し開く。


 途端、光が一気に流れこんできた。


 王都にある、うちの屋敷の大広間は無駄に天井が高いのよね。

 見上げるほどの吹き抜けには、特大のシャンデリアがいくつも吊るされてて、目が痛いくらいに明るいし。


 うちの夜会に来るのは、基本的に格下の貴族たちよ。五大貴族の公爵家が声をかけてるんだから、来ないわけにいかない人たちが大半。自分から来たがってる子は、顔の引きつり方が少ないからすぐ分かるのよね。


 何人かの令嬢がこっちをちらっと見て、すぐ目を逸らした。仮面の効果は今日も健在ね。見られてるうちが花よ。無視されたら、それこそ本当の負けだし。


 扇をゆっくり開いて、口元を隠すくらいの位置に持ってくる。こうしてると表情を読ませなくて済むのよね。ほんと、便利な道具よ。

 その扇越しに見る会場は、華やか。でも耳に入る話は、見事に薄いのよね。

 伯爵夫人たちは勇者より先に他家のドレスを見てるし、若い令嬢たちはまだ姿も見てないのに運命の練習をしてる。

 貴族の男たちは勇者本人より、その先の王家とか勇者庁との繋がりを計ってる。


 結局みんな、勇者そのものより『勇者の価値』を見てるのよ。

 別に悪いことじゃないけどね。わたしだって人の価値は見るもの。見ない方がどうかしてるでしょ。


「……楽しそうですね、お嬢様」

「観察対象としてはね」

「勇者様より周り見てますよ」

「そっちの方が面白いし」

「言い切りましたね」


 その時、会場の空気が変わった。


 ざわめきの向きが揃う。視線が一斉に入口へ流れる。作り笑いが一瞬だけほどける。

 令嬢たちの扇の動きが一斉に速くなった。分かりやすいのよね、ああいうの。

 来たのね。


 わたしもそっちを見る。

 見るだけのつもりだったのよ。

 最初から身を乗り出すのは品がないし、公爵家の長女として自分から寄っていくものじゃない――そう思ってたのに。


 その予定は、見事に消えた。


 先頭に立つ男は、思ってたよりずっと普通だったのよ。

 髪は暗い茶色。目は黒。顔立ちは整ってるけど、いかにも英雄ですっていう華やかさはなくて。

 正装をしてるのに、王都の貴族たちみたいな『着飾られてる感じ』も薄いし。

 良くも悪くも、ちゃんとした人、って印象かな。

 勇者っていっても、見た目は案外ふつうなのね。


 そこまで思ってた次の瞬間、自分の目が間違ってたって気づくことになる。


 その人が一歩進んだだけで、空気の見え方が変わったの。

 背筋がまっすぐで、歩幅が一定で、視線がぶれない。

 ただそれだけなのに、場の中心にいるのが自然に見える。無理に大きく見せようとしてないのに、勝手に目が行く。


 え、なにそれ。


 見れば見るほどおかしくて。

 さっきまで普通に見えたはずなのに、今はその『派手じゃなさ』の方が目を引くの。

 暗い茶髪は落ち着いて見えるし、黒い目は騒がないのに視線だけまっすぐ通る。

 顔立ちだって、華やかじゃないと思ったのに、輪郭も鼻筋も妙に整ってる。近くで見たら絶対きれいな顔なの、これ。


 というか、正装が似合いすぎてるし。

 着せられてるんじゃなくて、服の方がこの人に合わせてきたみたいに見えるの、ずるくない?


 なに、この人。

 肩書きじゃない。称号じゃない。実物にちゃんと中身があるのよ。


 ああ、なるほど。

 本物なのね。


 退屈だと思ってた夜会に、退屈じゃないものが来た。

 ――ああ、これ、まずい。最高に、まずい。


「お嬢様?」


 フィアの声が少し遠い。


「フィア」

「はい」

「あの人よ」

「勇者エトル様ですね」


 勇者エトル。魔王を討った『真の勇者』。

 同行者は戦士ディノ、聖女イリーシャ、魔法使いクランベル。名前と肩書きは事前に聞いてた。

 でも紙の情報と実物って、ほんと別物なのよね。


 エトル様は父と母に挨拶をして、礼を尽くして、余計な言葉を足さない。

 簡潔で、失礼がなくて、媚びてもいない。王都の貴族社会に染まってないのに、無作法でもない。

 面倒な人。――ううん、素晴らしい人ね。


 頭の中で一気に計算が走る。

 家の後ろ盾。王都社交界での影響力。領地の財と人脈。勇者庁との将来的な関係。そして、わたし自身の能力。

 合理的に考えて、かなりいい。

 というか、これを好機って言わないなら何を好機って言うのよ。


 悪役令嬢は好機を逃さない。ヒロインみたいに受け身で待って、運命がどうにかしてくれるなんて思わない。

 欲しいものは、自分で取りに行くの。


「お嬢様、目の色変わりましたよ」

「当然でしょ」

「さっきまで興味なかったのに」

「見たら本物だったんだから仕方ないじゃない」

「開き直りが早いですよ」

「判断が早いって言って?」

「言い換えただけですよ」


 フィアの制止は、もう遅い。


 わたしは扇を閉じて、父の会話が切れる瞬間を待った。

 こういう場で大事なのは勢いだけじゃないのよ。

 差し込む場所。最短で、でも無礼にならない位置を取るの。


 視線が集まってる。

 いいことね。宣言には証人が多い方がいいもの。


 父がわたしに気づいて、少しだけ眉を上げた。母は微笑みを崩さない。

 2人とも、娘が何かやる顔だって分かってる。

 でも止めないのよね。止めても無駄だって知ってるから。


 わたしはエトル様の前まで進み、膝を折って優雅にお辞儀をした。


「はじめまして、勇者様。わたくし、ラテリナ・イルデインと申します」


 顔を上げる。

 近くで見ても、やっぱり静かな目をしてる。

 こういう相手なら、こっちの言葉を途中で笑わない。


 それに、近くで見ると、まつ毛が意外と長いのよね。

 こういうのは気づいてしまうとずるいのよ。


 うん、回りくどい前置きはいらない。

 強い言葉は、まっすぐ言うのがいちばんいいんだから。


「結婚を前提に、わたくしをお仲間にしてくださいませ、エトル様」


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