『Noctis Blood Oath ―銀の刃と紅の影―』
夜は、静かに腐り始めていた。
光が人を見捨て、血が信仰の代わりとなった時代。
吸血鬼は進化し、人は祈りを忘れた。
だが――まだ、刃を握る者たちがいた。
名を持たぬ狩人。
魂を失った真女。
そして、彼らの運命を縫い合わせる血の誓約《Noctis Blood Oath》。
銀の刃が夜を裂くとき、紅の影が祈る。
――これは、滅びゆく世界でなお
ひとつの心を賭して「人である」ことを選んだ者たちの記録。
プロローグ
「紅き影との邂逅」
月が雲間から覗き、廃墟となった修道院を青白く照らしていた。石畳の床はひび割れ、朽ちた木の椅子が散乱し、そこに漂うのは血と鉄の匂い。静寂は、あまりに不自然だった。
灰色の瞳を持つ男が、音もなく扉を押し開ける。黒い戦闘コートの裾が揺れ、銀のメッシュを帯びた髪が月光を弾いた。
──アレクシス。
夜闇抑止局(NCB)特殊作戦班のエージェントにして、“夜を狩る孤高の刃”と呼ばれる男。
耳に埋め込まれた通信機から、女の声が低く響いた。
「……心拍反応を確認。五体。小規模な孤立種と思われます」
セシリア・ハーヴェイ。指令室から支援する女医であり、戦場の“頭脳”。
「問題ない」
アレクシスは低く答え、鞘から 高周波ブレード を抜く。刀身は青白い振動光を帯び、腐敗した聖堂に新たな緊張を刻んだ。
◆ 孤立種との戦い
影の奥から、牙を剥いた獣のような人影が五つ、にじり出る。人の形を保ちながらも、肌は灰色に腐敗し、瞳は血の赤で濁っていた。
孤立したバンパイア──組織に属さぬ、ただの獣。
だがその速さは人間を遥かに凌駕していた。
アレクシスは一歩踏み出し、ライフルを背中から抜いた。銃口下部の紫外線ランプが点灯し、闇の中で銀の弾丸が光を帯びる。
──ダンッ!
銃声と共に閃光が走り、影に潜んでいた一体が焼き出され、絶叫を上げて倒れる。
「進化の兆候あり。動きが速いわ、気をつけて」
セシリアの声が飛ぶ。
残りの孤立種が一斉に襲いかかる。
アレクシスは高周波ブレードを一閃。青い残光が走り、二体の首が宙を舞った。
だが三体目が背後から影を這わせ、腕を貫こうとした瞬間──。
別の声が、空気を裂いた。
◆ リリス登場
「……退屈ね。これくらいの餌じゃ、遊びにもならないわ」
声と同時に、影そのものから女が歩み出た。
長い黒赤の髪が揺れ、赤紫に光る瞳が闇を支配する。
ゴシック調のドレスの裾を翻し、口元には妖艶な笑み。
そして彼女の手から、血が滴り落ち──それが瞬時に 赤黒い刃 へと変わった。
「真女……?」
セシリアの息が、通信越しにかすかに震える。
彼女こそ《リリス》。
進化した“真女バンパイア”。
孤立種たちは怯えるように後退したが、リリスは冷ややかに笑った。
「逃げるな。せっかくの舞台なのよ。踊り狂ってから死になさい」
血刃が閃き、孤立種が一瞬で切り裂かれる。赤黒い血霧が舞い、ドレスが紅に染まる。
だがリリスの視線はすぐにアレクシスへと移った。
「……あなた、人間にしては面白そうね」
八重歯を覗かせ、彼に挑発的な笑みを向ける。
◆ 主人公 vs リリス
アレクシスは無言のまま、ブレードを構えた。
次の瞬間、リリスの姿が掻き消える。
高速移動──影を渡り、背後から血刃を振り下ろす。
アレクシスは即座に反応。ブレードで受け止め、火花が散った。
衝撃は鋭く、腕が痺れる。
「フフッ、いいわ。あなた、他の人間とは違う」
連撃。血刃とブレードが幾度もぶつかり、影と光が聖堂を裂いた。
リリスは舞うように攻撃を繰り出し、アレクシスは冷徹に受け流す。
だが次第に、彼女の速度が勝り始めた。
影が床から突き上がり、アレクシスの足を絡め取る。
ブレードが弾かれ、ライフルも遠くに吹き飛ぶ。
リリスの血刃が喉元に迫った。
「ここまでね──」
その瞬間。
アレクシスは腰のマグナムを引き抜き、至近距離から発砲。
閃光と轟音。
リリスの影装甲が砕け、血刃が弾け飛ぶ。
彼女は後退し、膝をついた。唇から血が滴り、瞳が悔しげに揺れる。
◆ 血の誓約
「……殺せばいいのに。なぜ、止めた?」
リリスの声は震え、だが笑みは消えていなかった。
アレクシスはブレードを構え直し、彼女を冷酷に見下ろす。
「お前は敵にしては強すぎる。だが、孤立している。──利用価値はある」
「利用価値?」
「俺と共に夜を狩れ。さもなくば、今ここで斬る」
リリスは沈黙した。
やがて、赤紫の瞳が微かに揺れ、唇が笑みに歪む。
「フフ……面白いわ、人間。いいわ、誓ってあげる。血と影にかけて──あなたと共に戦うと」
その瞬間、砕けたステンドグラスから月光が差し込み、彼ら二人の影を一つに重ねた。
こうして“銀の刃と紅の影”の血盟が結ばれた。
夜を切り裂くために。
プロローグ 完
第一章「血盟の刃」
1. 夜闇の再会
雨が降っていた。
石畳の街路を濡らし、ネオンの光を鈍く反射させる。古都ロンドンの片隅にある倉庫街、その一角に人目を忍んで集まった影があった。
アレクシスは黒い戦闘コートの襟を立て、灰色の瞳で暗闇を射抜いた。背中にはアサルトライフル、腰にはブレードとマグナム。彼の視線の先、夜霧に覆われた倉庫の扉が軋んで開く。
「心拍反応十体以上、孤立種……いや、進化種混じり。気をつけて」
セシリアの声が無線越しに響いた。
彼は無言で頷き、倉庫に足を踏み入れた。
その背後に──彼女が立っていた。
「命令でもないのに、またここに来るなんて。……私を信じてくれるの?」
黒赤の髪を濡らしたリリスが、艶やかな微笑を浮かべる。
「信じてはいない。だが──利用する。お前の力は、俺一人では届かぬ敵を斬る」
アレクシスの声は冷たい。だがその言葉に、リリスの赤紫の瞳は妖しく光った。
「フフ……冷たいわね。でも、その冷たさ……嫌いじゃない」
2. 倉庫内の血戦
倉庫の奥から、咆哮が轟いた。
血に飢えた孤立種たちが、牙を剥きながら飛び出してくる。
そのうち二体は既に進化の兆候を見せ、皮膚は硬質化し、爪は鋼鉄のように光っていた。
「行くぞ、リリス」
「ええ、私の血が、踊りたがってる」
二人が同時に飛び込んだ。
アレクシスはアサルトライフルを構え、紫外線照射ランプを点灯。
──ダダダッ!
銀弾が闇を裂き、影に潜む吸血鬼を強制的に引きずり出す。
悲鳴と共に三体が崩れ落ちる。
その隙を縫うように、一体の進化種がアレクシスに迫った。爪が振り下ろされる寸前、紅の閃光が横を走る。
「獲物を横取りしちゃったかしら?」
リリスの血刃が進化種の胸を貫いていた。赤黒い血が飛び散り、彼女のドレスを染める。
「勝手な真似をするな」
「あなたが守ってほしいんでしょう?」
互いに皮肉を交わしつつも、動きは妙に噛み合っていた。
リリスの鞭状の血流が敵を絡め取り、その隙にアレクシスが高周波ブレードで首を刎ねる。
光と影、銀と紅。
異なる二つの力が、見事なまでに連携していた。
3. 戦闘の最高潮
だが残りの進化種は強かった。
一体が影を操り、倉庫全体を闇で覆った。
もう一体は怪力で鉄骨を引きちぎり、投げつけてきた。
「二人まとめて潰せ!」
進化種の咆哮が響き、倉庫が崩れかける。
「セシリア、照明を落とせ!」
アレクシスの指示に、無線の向こうで素早い操作音が響いた。
──次の瞬間、倉庫全体が漆黒の闇に包まれる。
視界はゼロ。しかし彼は動じなかった。
隣にリリスがいる──その気配だけを頼りに、刃を振るう。
「あなた、信じないって言ったわよね?」
「戦場では言葉より動きだ」
彼女は笑い、血刃を広げた。闇の中で紅い閃光が踊る。
その影を裂くように、アレクシスのブレードが青光を走らせた。
影を操る進化種が絶叫し、消し飛ぶ。
怪力の一体が残るが、既に遅い。リリスの鞭に絡め取られ、アレクシスのマグナムが至近距離から火を噴いた。
轟音と閃光。進化種は頭部を砕かれ、崩れ落ちた。
4. 血盟の絆
静寂が訪れた。
瓦礫の中で、二人の影だけが並んで立っていた。
リリスは血に濡れた頬を拭い、微笑んだ。
「……悪くない連携だったわね」
アレクシスは無言でブレードを収める。
だが、その灰色の瞳は、彼女を「仲間」として認めたことを示していた。
「次はお前を狩る番かもしれん」
「そのときは……喜んであなたの刃に散るわ。でも、今は違う」
二人の視線が交わる。
銀の冷徹と紅の激情が、同じ一点に重なった。
セシリアの声が無線越しに割り込む。
「……ふたりとも、無事ね。今夜の戦果は大きいわ。でも……この連携は、あなたたち自身の命を賭けた誓約でもある」
アレクシスとリリスは、互いの沈黙を肯定のように受け止めた。
──銀の刃と紅の影。
その血盟は、もはや後戻りできないものとなった。
第一章 完
幕間 ―夜の会話―
戦闘を終えた倉庫街は、雨に打たれて静まり返っていた。
焼け焦げた血と硝煙の匂いが漂い、アスファルトには銀の薬莢が転がっている。
ネオンの残光の下、アレクシスは高周波ブレードを鞘に収めた。
背後で濡れたドレスの裾を翻しながら、リリスがゆっくりと近づく。
赤紫の瞳は、血の霧を浴びてなお妖しく輝いていた。
「あなた……ずいぶん冷たい顔をしてるわね。初めての共闘が上手くいったんだから、少しは誇ってもいいのに」
「誇ることなどない。殲滅は任務だ」
アレクシスは淡々と答える。
リリスは唇を尖らせ、ふっと笑った。
「ほんと、人間って可愛げがない。でも……その無表情の奥に、ほんの少しの安堵を隠してるの、私には分かる」
アレクシスの灰色の瞳が、一瞬だけ揺れた。
◆ セシリアの登場
そのとき、指令室からの小型ホロ投影が空中に映し出された。
セシリア・ハーヴェイ。金髪を後ろに束ね、眼鏡越しの青い瞳が真剣に光っていた。
「……二人とも、無事でよかった」
彼女は短く息を吐き、データパッドを操作する。
「孤立種だけじゃなかった。さっきの進化種、組織的に造られた可能性がある。
……やっぱり、ただの野良じゃないわ」
リリスは肩をすくめ、くすくす笑う。
「それはそうでしょう? 彼らは“道化”。本当の舞台の幕開けを飾るだけの存在」
「リリス……あなたは何を知っているの?」
セシリアの声が鋭さを増した。
リリスは赤い舌で唇を舐め、挑発的に笑みを浮かべる。
「知ってることなんて山ほど。でも教えてあげる義理はないわ」
セシリアの瞳が一瞬だけ怒りに震えたが、すぐに抑え込む。
「……アレクシス。彼女を信じすぎないで」
アレクシスはしばし無言で、二人の間に立つように灰色の瞳を閉じた。
◆ 揺らぎと絆
「……俺は信じていない。だが、必要だ」
低く言い切った声が、リリスとセシリアを同時に黙らせた。
雨音が、三人の沈黙を埋める。
やがてリリスが小さく笑い、彼の肩に顔を寄せた。
「冷たい言い方をするのね。でも、あなたの刃が私を求めてるのは分かる。
……あなたと並んで戦う時、血の奥が熱くなるの」
その言葉に、セシリアの胸がざわついた。
彼女はデータパッドを握りしめ、目を逸らす。
「感情に流されないで。彼女は進化種、いつ裏切るか分からない」
「裏切ったら斬る。それだけだ」
アレクシスの声は揺らがない。だがその灰色の瞳には、確かに“彼女を選んだ”意思があった。
◆ 夜の終わりに
夜が更け、雨が止んだ。
月明かりが廃墟を照らし、三人の影を重ねる。
リリスは静かに笑い、囁いた。
「銀の刃と紅の影……ふふ、悪くない組み合わせね」
セシリアは黙って二人を見つめる。
その視線には、不安と警戒、そしてほんの僅かな羨望が入り混じっていた。
──こうして三人は、“血盟”の絆を試されながら、次なる戦場へ向かう。
幕間 完
第二章「進化の胎動」
1. 不穏な都市の夜
その夜、ロンドン中心街は賑わっていた。
カフェの灯り、劇場の歓声、行き交う群衆。人々は夜を楽しみ、誰もが“死”が迫っていることなど知らなかった。
だが、アレクシスには聞こえていた。
──闇の中で鼓動する、不吉なリズム。
進化種が街に潜み、牙を剥く瞬間を待っている。
「複数の異常心拍、散在。……群れで動いてる」
指令室のセシリアが、冷たい声で告げた。
「通常の孤立種じゃない。進化種が群れを指揮してる可能性が高いわ」
リリスは街灯の下で微笑む。黒赤の髪が風に揺れ、赤紫の瞳が愉悦に染まる。
「やっと本番ね。人間たちが悲鳴を上げる姿……楽しみ」
「口を閉じろ。守るのは人間だ」
アレクシスの灰色の瞳が鋭く光る。
2. 進化種の襲撃
突如として、広場の中央で地鳴りがした。
舗道を割って、影が這い出る。群衆が悲鳴を上げて逃げ惑う中、十数体のバンパイアが現れた。
その先頭に立つのは、異様に肥大化した進化種。
筋肉が膨張し、腕は鉄柱のよう。皮膚は甲冑のように黒光りしていた。
「……見せてあげる、進化した夜の力を!」
獣じみた咆哮と共に、奴は群衆を襲った。
人々の血が噴き上がる。街は一瞬にして地獄と化す。
3. 戦闘開始
「リリス!」
「言われなくても!」
彼女の血刃が紅に光り、群れの中へ飛び込む。
しなやかな肢体が舞い、影が鞭のように敵を絡め取る。
次の瞬間、アレクシスのアサルトライフルが火を吹いた。
──ダダダッ!
銀粉と聖水を込めた弾丸が、進化種の影装甲を焼き切る。
リリスが血刃で斬り裂き、アレクシスが止めを刺す。
「……悪くない連携ね」
「黙って斬れ」
ふたりの影が、次第に一つの舞踏のように絡み合っていく。
4. 巨獣との死闘
だが、巨大な進化種は容易には倒れなかった。
ビルの壁を殴り砕き、瓦礫を投げつけてくる。
逃げ遅れた子供を掴もうとした瞬間──。
「……させない!」
リリスが影の鞭で腕を絡め取った。だが力の差は圧倒的。
彼女の身体が宙に引き上げられ、壁に叩きつけられる。
「リリス!」
アレクシスは高周波ブレードを抜いた。
青光の刃が唸りを上げ、巨獣の脚を斬り裂く。
だが硬質化した肉体は容易に切断されず、火花を散らすのみだった。
「まだ足りない……!」
彼は叫び、二丁マグナムを抜いた。
至近距離から放たれた銀弾が、巨獣の眼窩を撃ち抜く。
絶叫と共に、奴はのけぞった。
5. 三人の絆
「アレクシス! 左側、心臓に類似する器官を確認!」
セシリアの声が無線越しに響く。
「そこを同時に狙って!」
リリスが血刃を握り直し、彼に並ぶ。
「なら、私が刺し貫く。あなたは……光で焼いて」
「合わせろ。遅れるな」
「ふふ、あなたこそ」
二人が同時に跳ぶ。
リリスの血刃が巨獣の胸を貫き、アレクシスのマグナムが銀光を放つ。
──轟音。
巨獣の体内で、血と銀が交わり爆ぜた。
怪物は断末魔を上げ、崩れ落ちる。
6. 夜の余韻
広場は瓦礫と血の海と化していた。
逃げ惑う人々の中、三人だけが静かに立ち尽くしていた。
セシリアが通信越しに小さく息を吐く。
「……やったのね。でも、これは始まりにすぎない。進化種はもう“街を喰らう存在”になりつつある」
アレクシスは冷たい灰色の瞳でリリスを見た。
彼女は血に濡れた頬を拭い、薄く笑う。
「私たち……思ったより、いいコンビかもしれない」
彼は答えず、ただマグナムを収める。だがその沈黙が、無言の肯定だった。
──進化は胎動し、都市は地獄に変わりつつある。
銀の刃と紅の影、その血盟が試される夜は、まだ終わらない。
第二章 完
第三章「血戦の街角」
1. 炎上する都市
ロンドン市街──石畳とガス灯が残る古い街並みに、夜の悲鳴が轟いた。
建物が炎に包まれ、群衆は四散する。空を覆うのは、数十体に及ぶ進化種の群れ。
NCB特殊作戦班は既に現場に展開していた。
アレクシスは灰色の瞳で燃える街角を見渡し、ライフルを構える。
「数が多すぎるわ……進化種が群れを組んで動いてる」
セシリアの声は冷静だったが、その指先は震えていた。
「単なる襲撃じゃない、組織的行動よ」
その隣でリリスが笑う。
黒赤の髪が炎に照らされ、赤紫の瞳が狂気めいて光る。
「いいじゃない。街全体が血に染まる夜なんて……私には最高の舞台」
「黙れ。守るのは人間だ」
アレクシスの声は鋭く冷たい。
2. 騎士団の出現
そのとき、鐘の音が響いた。
炎上する大聖堂の尖塔の上から、白と赤のマントを翻し、銀の甲冑を纏った者たちが降り立つ。
「──聖血騎士団!」
セシリアが息を呑む。
彼らは聖句を唱えながら銀の大剣を抜き、進化種の群れへと突撃した。
聖水爆弾が投げ込まれ、炎と共に夜空を照らす。
騎士団の部隊長がアレクシスを睨みつけた。
「NCB……そして、その隣に立つのは何だ? 吸血鬼か!」
リリスの笑みが深まる。
「おや、見覚えがある顔ね。私を“裏切り者”と呼んでいた騎士団の犬じゃない」
部隊長の瞳が怒りに燃えた。
「貴様……やはり生き延びていたか、《真女》リリス! 血族を裏切り、今度は人間に媚びるか!」
その言葉に、一瞬空気が張り詰めた。
セシリアは目を見開き、アレクシスは瞳を細める。
3. 衝突と混乱
「裏切り者……?」
セシリアの声は震えていた。
「リリス、あなた……」
リリスはただ妖艶に笑った。
「フフ……今さら何を。私は裏切り者でも、処刑者でも、何にだってなれる」
部隊長が剣を構え、叫ぶ。
「その女を今すぐ処分しろ! でなければ我らは共闘できん!」
アレクシスは無言でマグナムを抜き、銀の刃を突きつけるように構える。
だが、その銃口はリリスではなく、迫り来る進化種に向けられていた。
「──今は敵を狩る時だ」
その一言に、騎士団の部隊長は歯噛みし、剣を振り下ろした。
炎と血にまみれた市街で、NCBと聖血騎士団の共闘が始まる。
4. 市街戦の激闘
進化種は数十体。
騎士団は祈りを叫びながら斬り伏せ、NCBは銃火で影を焼き払う。
リリスは血刃を操り、狂気の舞を踊るように敵を切り裂いた。
「ふふ……血が、楽しい……!」
その姿は敵にも味方にも畏怖を与えた。
アレクシスは冷徹に敵を撃ち抜き、リリスの隙を埋めるように動く。
セシリアは無線越しに情報を飛ばし続けた。
「左側の建物、屋上に三体! 影に潜んでる!」
「進化反応、急速上昇! 中心部に“指揮個体”がいる!」
群れを率いていたのは、細身の進化種だった。
影を自在に操り、群れを統率する知能派。
奴が片手を振ると、無数の影が槍となって街を貫いた。
騎士団の兵が串刺しにされ、血の雨を撒き散らす。
5. 共闘の決断
「アレクシス!」
セシリアの声が焦燥を帯びる。
「指揮個体を倒さない限り、群れは止まらない!」
リリスが血刃を握りしめ、彼に囁く。
「私を信じなさい。私の血なら、影を裂ける」
部隊長が怒鳴る。
「その女を使う気か!? 裏切り者に背中を預けるとは!」
だがアレクシスは振り返らず、低く言い放った。
「結果だけが真実だ」
灰色の瞳がリリスを見据える。
「行け。俺が援護する」
リリスの口元が笑みに歪んだ。
「……血盟の誓い、破らないでよ」
6. 指揮個体との決戦
二人が同時に飛び出す。
影の槍が襲いかかるが、リリスの血鞭がそれを弾き、アレクシスのライフルが影の核を焼き払う。
接近戦、指揮個体の動きは速い。だがリリスの血刃が腕を貫き、アレクシスのブレードが心臓を突いた。
閃光と共に、指揮個体は絶叫を上げて崩れ落ちる。
残った群れは統率を失い、次々と騎士団とNCBに討ち取られた。
7. 戦いの後
炎に包まれた街角。
瓦礫の上で立ち尽くす三人と騎士団。
部隊長は剣を下ろし、唇を噛みしめる。
「……裏切り者を抱えた刃など認められん。だが、今夜の勝利は認めよう」
リリスはただ嗤い、アレクシスは冷徹に答えた。
「俺は敵を狩る。それだけだ」
セシリアの声が静かに響いた。
「でも、この戦いで分かったわ……進化種はもう“都市規模”で行動してる。これは、嵐の前触れに過ぎない」
夜風が吹き、血と炎の匂いを街に広げた。
──銀の刃と紅の影、その血盟はさらに深く試されていく。
第三章 完
幕間 ―紅の記憶―
(リリスの回想)
夜霧の中、炎に包まれた街を見つめながら、リリスはふと目を閉じた。
その瞳の奥に浮かんだのは、過去の記憶──血と聖句に縛られた“古き夜”の残響。
1. 聖堂の檻
まだ人の姿を保っていた頃。
彼女は修道女の装いをして、聖堂に囚われていた。
“純血の娘”として生まれながら、吸血衝動を抑え込むため、聖血騎士団の監視下に置かれていたのだ。
彼女の首に巻かれた銀の首輪は、今も残る拘束の象徴。
司祭たちは彼女を「救うべき魂」と呼んだが、騎士団の眼差しは冷たかった。
「お前は“夜の女”だ。いずれ闇に堕ちる。だから我らの剣は、お前の命を常に狙っている」
その声に、リリスは笑った。
幼いながらも、己が人間ではないことを直感で知っていたから。
2. 血族の招き
やがて彼女は夜に攫われた。
迎えに来たのは、吸血鬼組織の貴族たち。
絢爛な夜会、紅い杯、血の香り──。
「お前は我らの“真女”。血統を継ぐ者。人間に縛られる必要はない」
彼らは甘美な言葉で彼女を包み、夜の力を解放させた。
血を刃に変える異能が目覚めたのは、その頃だった。
リリスは舞うように血刃を操り、次々と人間を斬った。
笑みの裏で、どこか空虚を感じながらも。
3. 裏切りの烙印
しかし、血の宴の果てに彼女は目撃した。
組織の真祖たちが「人類殲滅の計画」を語る姿を。
その瞳に宿ったのは、期待でも歓喜でもなく、冷たい絶望。
「人間を家畜に……? そんな世界、面白くもなんともない」
彼女はその場で組織の幹部を斬り捨て、夜会を血の海に変えた。
その瞬間、彼女は“裏切り者”として追われる存在となる。
騎士団は彼女を捕えようとし、組織は抹殺を命じた。
両陣営から狙われる孤独な存在──それが“真女バンパイア”リリス。
4. 現在へ
回想が終わり、リリスは炎上する街角に目を戻した。
首に残る銀の首輪を指で撫で、かすかに笑う。
「人間にも吸血鬼にも、私は居場所を持てなかった……。でも」
灰色の瞳が脳裏に浮かぶ。冷徹でありながら、自分を利用価値として残した男。
「……あなたとなら、血に意味を持たせられるかもしれない」
炎に照らされる横顔は、妖艶でありながら、ほんの少しだけ寂しげだった。
幕間(リリス回想) 完
幕間 ―セシリアの視点―
(主人公とリリスの絆を見て)
指令室に一人、セシリア・ハーヴェイは静かにモニターを見つめていた。
映し出されるのは、炎に包まれた都市で共闘する二人──アレクシスとリリス。
銀の刃と紅の影。
その連携は、冷酷なはずの戦場に奇妙な調和を生んでいた。
リリスの血刃が影を裂き、アレクシスの銀弾が核を撃ち抜く。
彼らの動きは、長年訓練を積んだ熟練の戦友にも似ていた。
セシリアは唇を噛む。
「……まるで、運命みたいじゃない」
1. 科学者としての視点
リリスの存在は危険だ。
彼女は進化したバンパイア──科学的に見ても、人類の脅威そのもの。
血液サンプルには未知の因子があり、それが急速な再生力と異能を生み出している。
本来なら即刻、隔離し、解剖し、徹底的に解析すべき存在。
セシリア自身、それを望んでいたはずだった。
だが今の彼女は、モニターの中で笑うリリスを見つめ、言葉を失っていた。
2. 女としての感情
アレクシスの冷徹な灰色の瞳が、リリスを見るときだけ微かに揺れる。
その揺らぎを、セシリアは見逃さなかった。
──彼が人間として唯一心を許していたのは、自分だったはず。
研究者として、作戦オペレーターとして、彼を支えてきたのは私。
だが、戦場に現れたリリスは、わずか数日のうちに彼の隣を奪っていった。
血と影を操る女。裏切り者の烙印を押されながらも、彼女は彼に並ぶ。
「……私じゃ、あの場所には立てないのね」
呟きは、誰にも届かない。
3. 心の葛藤
科学者としての理性が囁く。
──リリスは危険だ。アレクシスを蝕み、いずれ裏切る。
しかし、女としての心が否定する。
──彼女は本気だ。アレクシスに並び、戦うことを望んでいる。
セシリアの指先は震え、データパッドを握りしめた。
画面にはリリスの生体データ。心拍は異常に速く、それでいて彼女の瞳は幸福そうに輝いていた。
セシリアは目を伏せ、胸の奥に押し込めるように息を吐いた。
「……いいわ。あなたたちが血に縛られるのなら、私は理性で支える」
4. 静かな決意
彼女の青い瞳は決して涙を零さなかった。
だが、心の奥底で燃えたのは嫉妬と焦燥。
アレクシスの隣に立つことはできない。
だからこそ、自分にできるのは別の役割──科学と理性で彼を支え続けること。
彼女は静かにモニターを閉じ、決意を胸に刻んだ。
──銀の刃と紅の影。
その血盟がどれほど強くとも、彼を守る知恵と技術は私のもの。
セシリア・ハーヴェイは、彼女なりの“誓い”を抱いて夜に挑む。
幕間(セシリア視点) 完
第四章「裏切りの聖堂」
1. 聖堂への召集
戦火に包まれたロンドンの混乱が収束しない中、アレクシスたちは聖血騎士団本部の大聖堂へと召集された。
石造りの荘厳な聖堂、天井から吊るされた無数の燭台、そして響き渡るパイプオルガンの低音。
祭壇前には騎士団の上層が並び、銀の鎧に身を包んだ団員たちが壁際を固めていた。
その空気は、信仰と正義よりも──裁きと疑念に満ちていた。
アレクシスの隣にはリリス。
首輪の銀が燭光を反射し、彼女は薄い笑みを浮かべる。
セシリアは彼女を睨みつけながらも、背筋を正し、科学者として冷徹な眼差しを保っていた。
2. 裁きの言葉
聖血騎士団の部隊長が一歩前に出る。
その声は聖堂全体に響き渡った。
「──夜闇抑止局の者ども。我らと共に戦ったことは認めよう。だが……その女を抱え込んだことは、断じて許されぬ」
彼の指先はリリスを指し示す。
周囲の騎士たちがざわめき、聖句を唱える声が低く重なる。
「《真女》リリス。かつて血族を裏切り、我ら聖堂を血で汚した存在。裏切り者を仲間とするなど、神の名においても断罪すべきこと!」
アレクシスは一歩前に出て、冷徹な声で返した。
「敵を狩れるならば、それでいい。お前たちの信仰も、俺の刃も、目的は同じはずだ」
「違う!」
部隊長の怒号が響く。
「目的のために手段を選ばぬ者は、やがて自ら闇に呑まれる!」
3. 裏切りの影
その時だった。
聖堂の奥、騎士団の一人が突然叫び声を上げ、仲間の背中を剣で貫いた。
「……ぐッ……!」
銀の鎧が崩れ落ち、鮮血が石畳を濡らす。
「な……裏切り者だ!」
「騎士団の中に進化種が紛れ込んでいる!」
悲鳴と混乱が走る。
裏切った騎士は、その肉体を異形化させていく。
銀の甲冑を引き裂き、影を纏った吸血鬼の姿へ──。
リリスの赤紫の瞳が妖しく光る。
「フフ……やっぱり。あなたたちの“聖堂”にも、夜の影は入り込むのね」
アレクシスは即座にブレードを抜いた。
「全員下がれ! 敵は内部にいる!」
4. 聖堂内の戦闘
荘厳な聖堂が、瞬く間に血戦の舞台へと変わった。
裏切り者と化した騎士は影を操り、次々と仲間を串刺しにする。
聖水が蒸発し、銀の剣が砕ける。
「セシリア! 敵の弱点を!」
「心臓が二つある! 片方は胸腔、もう一つは背中に寄生してる!」
アレクシスが影を斬り裂き、リリスが血刃で背中を貫く。
紅と銀の閃光が交差し、裏切り者は絶叫を上げて崩れ落ちた。
聖堂は静寂を取り戻したが、騎士たちの視線はリリスに突き刺さる。
5. 疑念と決裂
部隊長の声が怒りに震えていた。
「見ただろう! 裏切り者の姿を! あの女と同じ血が流れている! いずれ彼女も……!」
リリスは微笑み、挑発するように首輪を指で弾いた。
「なら今すぐ斬ればいい。だけど……あなたたち、私がいなければ勝てなかったでしょう?」
沈黙。
その沈黙は、騎士団の誇りを打ち砕く刃だった。
セシリアが唇を噛む。
「……アレクシス、これ以上ここに留まるべきじゃない」
アレクシスは灰色の瞳を細め、冷たく言い放った。
「信仰に溺れる者は、敵より危うい。──行くぞ、リリス」
背を向ける二人。
騎士団の怒号が響く中、セシリアも迷いを抱えながら彼らの後を追った。
6. 夜の誓い
聖堂を出た夜気は冷たく澄んでいた。
リリスは笑みを浮かべ、アレクシスに囁く。
「ねぇ……あなたは本当に、私を信じてるの?」
「信じてはいない。ただ……必要だから隣に置いている」
その答えに、リリスは微笑を深める。
「それで十分。必要とされるなら、私は裏切らない」
セシリアはその会話を背後で聞き、胸の奥を締め付けられる。
──信じないと言いながら、彼は確かに彼女を選んでいる。
月明かりの下、銀の刃と紅の影の絆はさらに深まり、やがて来る最大の戦いに向けて強固なものとなっていく。
第四章 完
幕間 ―アレクシスの内面―
(なぜ彼はリリスを選んだのか)
1. 灰色の瞳の孤独
アレクシス・ヴァレンタイン──NCBのエージェントとして、人間でありながら吸血鬼と同じ夜を歩む男。
彼の瞳は常に冷たく灰色に曇り、感情の揺らぎを見せることはない。
その瞳の奥には、かつての記憶が刻まれていた。
──幼いころ、吸血鬼に家族を奪われた夜。
赤く染まった寝室、母の絶叫、血に濡れた弟の手。
その時、彼の中に「夜を狩る」という唯一の生きる目的が芽生えた。
彼にとって任務は復讐ではなく、呼吸と同じ行為。
夜を狩ることが、自分の存在証明であり続けた。
2. 人間への不信
NCBに所属してからも、彼の心は孤独のままだった。
同僚は彼を「怪物と同じ目をしている」と恐れ、上層部は「使い捨ての刃」として扱った。
アレクシスは知っていた。
人間は口では正義を叫びながら、闇に怯え、利権に縛られ、そして裏切る。
だから彼は誰も信じず、誰の隣にも立たなかった。
仲間を持つことは弱さを意味し、弱さは死を呼ぶ──そう信じていた。
3. リリスとの邂逅
その彼が、リリスを斬らなかったのはなぜか。
初めて出会った夜。
彼女は孤立種を凌駕する力を見せつけ、なおかつ“異形”の中に人間らしい笑みを浮かべていた。
──斬るべき存在。
そう思った瞬間、灰色の瞳は赤紫の瞳とぶつかった。
そこに映っていたのは、獲物を嘲る怪物ではなかった。
人間にも、吸血鬼にも居場所を持てず、それでも抗う孤独。
その姿は、彼自身の鏡像だった。
「……お前は敵にしては強すぎる。だが、孤立している」
その言葉は、彼が彼女を「利用する」という仮面を被せながらも、心の奥で感じた“同類への直感”だった。
4. 利用と誓約の狭間で
アレクシスは信じていない。
リリスが裏切れば、即座に斬る覚悟はある。
だが同時に、彼は理解している。
──彼女がいなければ届かない敵がいる。
──彼女となら、夜を越えられる。
それは合理的な判断であり、同時に彼自身が初めて抱いた“必要とする感情”だった。
彼は言葉では否定し続ける。
「信じない」「利用する」と。
だが、その刃が彼女の隣でしか真に光らないことを、誰よりも彼自身が知っていた。
5. 揺らぐ灰色
セシリアの忠告も理解している。
リリスの血は危険であり、彼女の存在は不安定だ。
だがそれでも、彼女を斬るよりも隣に置くことを選んだのは──。
孤高を生きる彼にとって、初めて“同じ闇を歩ける者”に出会ったからだ。
アレクシスは冷徹なまま、だが確かに心の奥底で揺らいでいた。
リリスは彼にとって“刃としての価値”以上の存在に変わりつつある。
それを自覚することを、彼は恐れていた。
6. 静かな誓い
月明かりの下、アレクシスは一人ブレードを磨きながら思う。
「裏切れば斬る。それだけだ……」
だが、その言葉に自らを縛りつけながらも、彼の灰色の瞳には微かな光が宿っていた。
──銀の刃と紅の影。
利用ではなく、誓約へ。
その変化を彼自身が認める日は、そう遠くない。
幕間(アレクシス内面) 完
第五章「紅蓮の進化」
1. 科学の産物
夜闇抑止局(NCB)の情報網が捉えたのは、廃工場跡地に隠された実験施設。
そこには血の匂いではなく、薬品と機械油の匂いが満ちていた。
アレクシスは灰色の瞳で周囲を警戒し、ライフルを構える。
セシリアの声が無線から低く響いた。
「……解析結果が出たわ。ここで造られているのは“科学融合種”。吸血鬼の因子を取り込み、人為的に進化させた兵器よ」
リリスが赤紫の瞳を細め、唇を吊り上げる。
「人間が……私たちを造り直す? 滑稽ね」
「滑稽でも、脅威だ」
アレクシスは冷徹に答えた。
2. 科学融合種の出現
次の瞬間、鉄扉を破って異形が姿を現した。
──それは吸血鬼でありながら、機械仕掛けの甲殻に覆われた怪物だった。
血管に流れるのは赤黒い液体ではなく、銀色の冷却液。
胸部には心臓を模した装置が脈動している。
「……実験体コード:Ω(オメガ)。推定戦闘能力、進化種上位個体を超える」
セシリアの声がかすかに震えた。
科学融合種は咆哮を上げ、金属の爪を振りかざした。
3. 開戦
アレクシスのライフルが火を噴く。
銀弾が装甲を叩くが、表面を弾かれ火花を散らす。
高周波ブレードを突き込んでも、甲殻は深く裂けない。
「硬すぎる……!」
アレクシスの額に汗が滲む。
リリスが血刃を振り下ろし、影の鞭を絡める。だが、融合種は鋼鉄の腕で血流を引き裂いた。
「私の血が……効かない?」
融合種の反撃。
その爪がリリスを吹き飛ばし、彼女の白い肌に赤黒い裂傷を刻んだ。
「リリス!」
アレクシスが駆け寄る。
4. セシリアの指示
無線からセシリアの声が響く。
「待って、観測データに異常が……! あの装置、心臓に似せて造られているけど、本当の核は“吸血鬼の血因子”よ。
──リリス、あなたの血なら共鳴して破壊できる!」
リリスは荒い息をつき、血に濡れた頬で笑った。
「やっと、私の出番ってわけね」
アレクシスが彼女の前に立ち、灰色の瞳で告げる。
「暴走するな。俺が支える」
その一言に、リリスの瞳が微かに震えた。
5. 覚醒
リリスは胸元を爪で切り裂き、自らの血を溢れさせる。
それはただの血液ではなかった。紅蓮の光を帯び、炎のように揺らめき始める。
「……紅蓮の影よ、私に力を」
彼女の背中から血の翼が広がった。
影と血液が融合し、紅の炎を帯びた鎧となる。
その姿は妖艶でありながら神聖ですらあった。
アレクシスがマグナムを抜き、彼女と並ぶ。
「行くぞ──リリス」
「ええ、アレクシス」
6. 決戦
二人が同時に突撃した。
融合種の爪が振り下ろされる。
アレクシスがブレードで受け止め、その隙にリリスの紅蓮の血刃が胸部装置を貫く。
「今よ!」
セシリアの声が響いた。
アレクシスがマグナムを撃ち込み、リリスの血因子と共鳴させる。
──轟音と閃光。
融合種の装置が暴走し、内部から爆散した。
紅蓮の光が工場を染め、怪物は断末魔の叫びを上げて崩れ落ちた。
7. 戦いの後
静寂。
リリスの翼は霧のように消え、彼女は膝をついた。
アレクシスが肩を支えると、彼女は微笑んだ。
「見た? これが……私の“進化”。」
「制御できるのか」
「あなたが隣にいるなら、きっと」
セシリアは遠隔映像の向こうで、その光景を見つめていた。
科学者としての興奮と、女としての苦悩が入り混じり、胸が締め付けられる。
「……紅蓮の進化。これが、彼女の真の姿」
8. 次なる影
その瞬間、通信にノイズが走った。
『──次は我らが出向こう。紅の裏切り者と、銀の刃よ』
低く響いたのは、バンパイア組織の幹部の声。
次なる戦いの幕が、静かに開こうとしていた。
第五章 完
幕間 ―リリスの独白―
(進化の恐怖)
深夜。
戦いの後の静けさが訪れた廃工場の片隅で、リリスはひとり影に身を潜めていた。
赤黒く乾いた血の匂いが漂い、月光が割れた窓から差し込んでいる。
アレクシスもセシリアも、今は休息を取っている。
だからこそ、彼女は自分の中に湧き上がるものから逃げられなかった。
1. 血の熱
彼女は自分の胸に手を当てる。
そこにはまだ、紅蓮の進化を解放したときの熱が残っていた。
──あの瞬間、私は人ではなかった。
血が燃え、影が形を変え、私の身体は何か別のものに侵食されていくようだった。
指先を見つめれば、薄皮の下で血が震えている。
まるで、別の意思が自分の中で蠢いているかのように。
「……私は、本当にまだ“私”なの?」
2. 失う恐怖
リリスは笑みを浮かべることが多い。
挑発の仮面、妖艶な微笑、それが彼女の武器でもあった。
だがその仮面の下に隠されているのは、誰にも言えない恐怖だった。
──もしこの力が暴走したら?
──もし私が、進化種以上の怪物になってしまったら?
──もし……アレクシスを、自分の手で殺してしまったら?
思考がそこに至った瞬間、胸の奥が冷たく凍る。
紅蓮の熱と矛盾するように、心臓が締め付けられた。
「……嫌。あの人を失うくらいなら、進化なんていらない」
3. 自分への問い
彼女は壁に背を預け、膝を抱いた。
血族を裏切り、騎士団からも追われ、人間にも拒まれてきた自分。
そんな自分に初めて「隣に立て」と言ったのは、あの冷たい灰色の瞳だった。
彼は言った。
「信じてはいない。ただ、必要だから隣に置いている」
それでもよかった。
利用でもいい、斬る覚悟を突きつけられてもいい。
ただ、彼の隣にいることが自分の存在理由になっていた。
「だから……お願い。私を怪物にしないで」
リリスの声は震え、赤紫の瞳がかすかに潤んだ。
4. 隠された涙
誰にも見せない涙が、一滴だけ頬を伝う。
その雫は床に落ちて、影に吸い込まれて消えた。
リリスは再び笑みを作った。
だがその笑みは、いつもの妖艶なものではなく、どこか弱々しいものだった。
「……明日も笑ってみせるわ。あの人の前では」
彼女の孤独と恐怖は、誰にも語られぬまま、夜の闇に溶けていった。
幕間(リリスの独白) 完
第六章「真祖の影」
1. 黒き集会
燃え落ちた都市を見下ろす高層ビルの屋上。
夜霧に覆われた空の下、複数の人影が集まっていた。
その中心に立つのは──黒い外套に身を包んだ四人の幹部たち。
その背後に広がる闇は、ただの影ではなく、血と呪いが混ざった異形の瘴気だった。
「……また一つ都市が潰えたな」
冷徹な声が響く。鋭い銀髪の男は《策略家ノア》、バンパイア組織の参謀。
「孤立種や進化種での実験は成功した。だが……次はもっと大きな舞台が必要だ」
妖艶な女の声。《黒薔薇のイザベル》が扇を開き、血で描かれた地図を示す。
「真祖様はすでに動かれている。──“夜明け計画”を始める時だ」
2. 夜明け計画
その言葉に、重苦しい沈黙が落ちた。
やがて、影の奥から深い声が響く。
「人間は夜に抗えぬ。ならば、永遠に夜を支配すればいい」
空気が震える。
現れたのは、バンパイアの王とも呼ぶべき存在──真祖ヴァルハルド。
白銀の髪、血のごとく赤い瞳。その一歩ごとに、空気が凍りつく。
「夜明け計画──それは太陽そのものを封じ、人間の文明を終わらせる。
新たな世界では我らが覇者となり、すべての血は我らのものとなる」
幹部たちは一斉に跪き、その言葉に応じた。
3. NCBの影
一方、NCB本部の暗い会議室。
アレクシスとリリス、セシリアは、盗聴された映像データを前にしていた。
真祖の姿がホログラムに映し出され、その威圧感だけで室内の空気が重く沈む。
「……これが、“真祖”」
セシリアが震える声で呟いた。
リリスは赤紫の瞳を細め、口元を硬く結ぶ。
「……奴は私たちの始まりであり、終わり。
血族に属していた頃、何度もその名を聞いたわ。けれど……実際に目にするのは初めて」
「夜明け計画……太陽を封じる、だと?」
アレクシスの声は冷たかったが、灰色の瞳には僅かな怒りが灯っていた。
4. 絆の揺らぎ
リリスはアレクシスを見やる。
「あなた、まだ私を信じてないでしょう? でも……真祖に抗えるのは、私の血だけ」
「危険すぎる。お前の力は制御できない」
「それでも必要なのよ。あなたが私を選んだ時点で、もう後戻りはできない」
セシリアはそのやり取りを見つめ、胸の奥を締め付けられる。
科学者としては否定すべき存在、女としては嫉妬すべき存在。
それでも──彼女の直感は告げていた。
リリスなしでは、この戦いに勝てない。
5. 真祖の影、迫る
映像の中で、真祖ヴァルハルドが振り返る。
その赤い瞳がまるで映像越しにこちらを射抜いたように見えた。
「……銀の刃と紅の影。我が眷属を裏切り、夜に刃向かう者ども。
お前たちもまた、夜明けの祭壇に捧げてやろう」
通信が途切れた瞬間、室内に冷気が残った。
アレクシスはブレードを強く握り、低く呟いた。
「……この刃は夜を斬るためにある。たとえ相手が真祖でも」
リリスは微笑んだ。
「なら、私の血を貸してあげる。紅蓮の進化も、闇も、すべて……あなたとなら使いこなせる」
セシリアは静かに息を吐いた。
「……夜明け計画を阻止する。どんな犠牲を払っても」
6. 次なる舞台へ
こうして、三人は決意を新たにした。
だが同時に、彼らは知っていた。
これまでの孤立種や進化種とは比べ物にならない“本当の戦い”が始まろうとしていることを。
──銀の刃と紅の影は、真祖の影に挑む。
その誓いが、やがて血と炎の未来を切り裂くことになる。
第六章 完
幕間「章ボス戦 ―幹部との前哨戦―」
1. 邂逅
古い地下鉄の廃駅。
照明は途切れ、暗闇と冷気が支配するその空間に、アレクシスたちは足を踏み入れた。
セシリアのホロ投影が周囲をスキャンする。
「……反応あり。三体。普通の進化種じゃない、これは──」
その瞬間、重い足音が響いた。
霧を割って現れたのは、バンパイア組織の幹部のひとり、《策略家ノア》。
銀の髪を背に流し、冷笑を浮かべる。
「ようこそ、“夜明け”の前哨へ。銀の刃と紅の影……そして哀れな科学者」
その背後から、さらに二人の幹部が現れる。
──《黒薔薇のイザベル》。妖艶な美女、影の花弁で敵を切り裂く。
──《処刑人カイム》。巨躯の戦士、腕には鉄杭を模した銀殺しの武器。
幹部三人が揃い立ち、地下鉄の空気は一気に張り詰めた。
2. 戦端
「アレクシス……」
リリスが血刃を握り、赤紫の瞳を光らせる。
「下がるな。俺と共に斬れ」
次の瞬間、戦端が開かれた。
カイムの腕が振り下ろされ、鉄杭が床を砕く。
アレクシスはギリギリで跳び退き、マグナムで反撃。
だが弾丸は杭に弾かれ、火花を散らすだけだった。
一方で、イザベルは花びらのような影の刃を撒き散らし、リリスに迫る。
影と影の衝突。紅と黒が交わり、地下鉄の壁を切り裂いた。
「あなたは裏切り者。……同じ女でも、私は許さない」
「フフ……なら、美しく散ってもらうわ」
3. 策略家ノアの罠
だが最も恐ろしいのはノアだった。
彼は一歩も動かず、ただ指を鳴らす。
すると周囲の空間そのものが歪み、幻影の迷宮が広がった。
アレクシスは気づく。
──位置感覚が狂っている。リリスの姿もセシリアの声も、遠くに聞こえる。
「冷静でいられるかな? 孤高の狩人よ」
ノアの声が四方から響く。
アレクシスは灰色の瞳を細め、ブレードを構えた。
「幻影ごとき、斬り払うまでだ」
しかし斬り払うたびに、新たな影が立ち現れる。
幻影は次々と彼を翻弄し、徐々に体力を削っていく。
4. リリスの覚醒の兆し
リリスは影の刃でイザベルと互角に渡り合うが、次第に押され始める。
黒薔薇の花弁は鋭利で、彼女の肌を裂き、血が滴り落ちる。
「力を解き放ちなさい……あなたもまた、私たちと同じ夜の花」
イザベルの囁きが、リリスの耳を揺らす。
リリスは歯を食いしばる。
紅蓮の力を解放すれば、再びあの“進化の熱”に呑まれる。
だが……アレクシスが苦戦している。
「……私が怖いのは、力じゃない。
──彼を、失うこと」
その瞬間、彼女の血刃は再び紅蓮の光を帯び、影を灼く炎となった。
5. 連携
「リリス!」
アレクシスの声が迷宮の中で響く。
「聞こえるわ、アレクシス!」
幻影の迷宮を灼き払うように、リリスの紅蓮の翼が広がる。
その光に導かれ、アレクシスは灰色の瞳で真実の道を見抜いた。
ブレードが閃き、ノアの幻影を斬り裂く。
「……チッ、面倒な女を連れているな」
ノアの冷笑が崩れた。
一方でカイムが再び突進してくるが、セシリアの声が響いた。
「アレクシス、右膝の装甲が甘い! 狙って!」
彼は即座にマグナムを撃ち込み、膝を砕く。
その隙にリリスの血刃が貫き、巨体が倒れ込んだ。
6. 撤退
幹部たちは決して全力を出してはいなかった。
ノアが冷笑を取り戻し、手を叩く。
「ここまでか。だが我らはただの前哨。真祖様の御前に立つとき……お前たちは絶望を知るだろう」
影が揺らぎ、三人の幹部の姿は霧のように消えた。
残されたのは、崩れ落ちた地下鉄の瓦礫と、疲弊した三人の息遣いだけ。
7. 絆の確認
リリスは荒い呼吸を整え、微笑んだ。
「……ほら、やっぱり私は必要だったでしょう?」
アレクシスは冷徹にブレードを収める。
「まだ信じてはいない。ただ──共に戦うしかない」
セシリアは二人を見つめ、心を締め付けられながらも静かに頷いた。
「これが、血盟の意味……ね」
夜の闇はさらに深く、真祖の影が確実に近づいていた。
幕間「幹部前哨戦」 完
幕間 ―夜明け前の誓い―
(死を覚悟した絆の確認)
1. 焦げた夜気の中で
燃え落ちた地下鉄跡から地上に出ると、夜風が頬を撫でた。
煙の匂いに混ざって、微かに潮の香りがする。
壊れた街灯の下、三人は廃ビルの屋上に腰を下ろしていた。
沈黙が続いた。
誰も言葉を選べず、ただ遠くの炎を見つめていた。
やがて、セシリアが静かに口を開く。
「……この街、昔は子どもの頃に来たことがあるの。
夜景を見ながら、母に“夜は怖くない”って言われたわ」
彼女は微笑んだが、その瞳はわずかに潤んでいた。
「今ならわかる。夜が怖いんじゃない。夜に“失う”ことが、怖いのね」
アレクシスは答えなかった。ただ、冷たい灰色の瞳で月を見上げた。
2. リリスの言葉
「あなたたち、人間は不思議ね」
リリスが静かに呟いた。
風に揺れる黒赤の髪が月光に光る。
「死ぬことを恐れながら、それでも愛して、生きて、また何かを守ろうとする。
……私には、ずっとそれが理解できなかった」
彼女は膝を抱え、うつむいた。
「でも今は少しだけ分かる気がする。
アレクシスと戦って、セシリアと話して……あなたたちは“痛み”を力に変えるのね」
リリスの赤紫の瞳が揺れる。
その瞳に、今はもうあの挑発的な光はなかった。
「ねぇ、もし私が次に暴走したら──あなたは、ちゃんと私を斬ってくれる?」
その声は、恐怖を隠さない素直な問いだった。
アレクシスはゆっくりと息を吐く。
「……その時は、お前の隣で終わる」
リリスは目を見開き、そして静かに笑った。
「……ずるい言い方」
3. セシリアの想い
セシリアは黙って二人を見つめていた。
科学者として、任務のためにここにいるはずだった。
けれど今、この場に立つのは一人の人間としてだった。
「もし誰かが生き残れるなら、あなたたち二人に生きてほしい」
彼女はデータパッドを閉じ、微笑んだ。
「私は……研究者だから。自分の生を“結果”で残す人間。
でもあなたたちは、“生きて結果を作る人たち”よ」
リリスが首を傾げ、少し照れたように微笑む。
「あなた、ずるいわね。そう言われたら、死ねなくなるじゃない」
セシリアは肩をすくめた。
「そのために言ってるのよ」
4. 三人の誓い
夜風が止み、街が一瞬だけ静寂に包まれた。
遠くで燃える炎が、まるで朝焼けのように見える。
アレクシスは腰からブレードを抜き、その刃を三人の間に立てた。
青白く光る刃が、三人の影を照らす。
「……これが、俺たちの誓いだ」
リリスは自らの指を噛み、赤い血をその刃に落とした。
セシリアは指先で血を拭い、静かに同じように触れる。
アレクシスも手袋を外し、刃に触れた。
三つの血が、青白い光の中で重なり合う。
銀、紅、そして淡い青。
「どんな夜が来ても、共に立つ。
たとえ……夜明けが訪れなくても」
アレクシスの言葉に、リリスが微笑み、セシリアが静かに頷く。
5. 夜明けの予兆
雲の切れ間から、わずかに光が差し込む。
それはまだ夜の名残を残した、淡い暁。
リリスがその光に手を伸ばす。
「ねぇ……もし夜が終わるなら、
その時、あなたは何を見るの?」
アレクシスは少しだけ微笑んだ。
「約束の証だ」
セシリアがそっと呟く。
「……なら、私も一緒に見届ける」
夜は静かに明けようとしていた。
けれどその夜明けは、まだ血と炎に染まった未来への道標にすぎなかった。
──彼らの血盟は、光を迎えるための“闇の誓約”である。
幕間「夜明け前の誓い」 完
最終章「Noctis Blood Oath」
(真祖ヴァルハルドとの最終決戦)
1. 黒の空、沈む太陽
世界が夜に呑まれ始めていた。
真祖ヴァルハルドの「夜明け計画」により、人工太陽が封じられ、空そのものが闇の膜に覆われていく。
黒い空は血を吸うように光を奪い、街灯のひとつひとつが不吉な赤へと変わる。
NCB本部は機能を停止し、通信は寸断された。
アレクシス、リリス、セシリアの三人は、封印都市の中心「カテドラル・オブ・ノクティス」へと向かっていた。
そこが、すべての闇の源──真祖が鎮座する聖域だった。
2. 黒き聖堂
聖堂の扉を押し開くと、血と香の匂いが押し寄せた。
大理石の柱には血脈のような紋様が走り、天井からは無数の血晶が垂れ下がっている。
中央には巨大な玉座。
──そこにいた。
真祖ヴァルハルド。
白銀の髪を垂らし、赤い瞳を細めて三人を見下ろす。
その存在は静謐でありながら、万物を支配する威圧感を放っていた。
「……愚かなる人の子よ。闇は光を赦さぬ。
お前たちは夜に生まれながら、夜を拒むのか」
アレクシスは一歩前に出る。
「お前の夜は支配だ。俺たちの夜は、生きるための戦いだ」
リリスの影が紅に染まり、血の刃が形を成す。
「あなたが“母”だというなら──私はその血を否定する」
セシリアは端末を操作し、真祖の力を封じるための装置を起動させた。
「……これが人間の抵抗よ。あなたの夜明けは、ここで終わらせる」
3. 開戦 ―血の天蓋―
ヴァルハルドが立ち上がると、聖堂全体が揺れた。
天井の血晶が砕け、紅の雨が降る。
リリスが翼を広げ、紅蓮の刃を振るう。
アレクシスが高周波ブレードで応戦。
二人の連携が一瞬の閃光を生み、真祖へと迫る。
だが──その刃は届かない。
空間が歪み、二人の身体が弾き飛ばされた。
真祖の掌が軽く動いただけだった。
「力を持たぬ者が神に触れようとする愚かさよ」
セシリアが叫ぶ。
「アレクシス! 左胸の装甲の奥──核反応が高まってる! あそこが弱点よ!」
アレクシスはマグナムを構えた。
「リリス、合わせろ!」
「了解!」
二人の動きが重なる。
銀と紅、二つの閃光が螺旋を描き、真祖の胸を狙う。
撃鉄が落ちる。
──だが、次の瞬間。
紅の雷が迸り、セシリアの装置ごと弾き飛ばされた。
4. セシリアの決断
瓦礫に倒れたセシリアは、血を吐きながらも端末を握り締めていた。
「まだよ……こんなところで、終われるものですか……!」
通信が途切れる中、彼女は最後の手段を起動する。
装置内部に封じていた“リリスの血因子”を増幅し、空気中に拡散させる。
「リリス! 今しかない……! あなたの血を、解き放って!」
リリスは目を見開く。
「セシリア、あなた──それじゃ命が──!」
セシリアは微笑んだ。
「あなたたちが未来を繋げるなら、それでいいの」
光が彼女を包み込み、装置は爆発的に輝いた。
5. 血盟、解放
その光に呼応するように、リリスの全身を紅蓮の炎が包む。
彼女の影はもはや翼ではなく、紅の天使のような形を成していた。
血と魂が融合し、彼女の声が空気を震わせる。
「これが、私たちの夜明け……!」
アレクシスがその光の中でブレードを構える。
「行くぞ、リリス。──“血盟起動”!」
二人の身体が重なり合い、銀と紅の輝きが螺旋を描いた。
高周波ブレードの刃が紅蓮の血と融合し、一本の“銀紅の剣”となる。
その剣は、夜そのものを切り裂く光だった。
6. 終焉
真祖ヴァルハルドが微笑む。
「……ようやく、我が血を超える者が現れたか」
アレクシスとリリスは同時に飛び込む。
紅蓮の軌跡が闇を焼き、銀の刃が中心を貫いた。
ヴァルハルドの胸が裂け、紅の光が爆ぜる。
その瞳が、ほんの一瞬、穏やかに揺れた。
「夜は……終わるのか」
彼の身体は崩れ、光となって霧散した。
聖堂を包んでいた闇が溶け、初めて“本物の朝日”が差し込んだ。
7. 夜明け
廃墟の屋上。
リリスは静かにアレクシスの腕に寄り添っていた。
彼のブレードは折れ、彼女の翼も消えていた。
遠くで鳥が鳴く。
それは、永い夜の終わりを告げる音だった。
「……これが、朝」
リリスの声は震えていた。
アレクシスは小さく頷き、灰色の瞳で空を見上げる。
「そうだ。お前の血が、夜を終わらせた」
彼女は微笑み、そっと彼の頬に触れた。
「ねぇ、アレクシス。夜が終わったら……私たちは、どこへ行けばいいの?」
彼は答えなかった。
ただその手を取り、強く握り返した。
沈黙の中で、二人の影が朝の光に溶けていく。
8. エピローグ ―Noctis Blood Oath―
──夜は終わった。
だが、夜に生きた者たちはその光に溶けるように消えていく。
セシリアの残した記録データには、こう刻まれていた。
> 「彼らの誓いは、滅びではなく始まりだった。
> 血と夜に支配された世界で、彼らは“選んで生きた”。」
朝の空に、銀と紅の光が一筋、流れた。
それは誰も知らぬ血盟の証。
──“Noctis Blood Oath”
物語は、静かに幕を下ろした。
完 ―『Noctis Blood Oath ―銀の刃と紅の影―』
『黎明の記録』
(セシリアのログと、伝説となった二つの影)
1. 失われた記録
NCBの地下データバンク。
廃墟となった基地の奥で、ひとつの端末が微かに点滅していた。
焦げたコード、割れたスクリーン。
それでもなお、その装置はわずかな信号を宇宙へと発信し続けている。
――送信ログ:セシリア・ハーヴェイ。
――記録コード:Noctis Archive 01。
画面が点灯し、最後の映像が再生される。
2. セシリアの音声記録
映像の中の彼女は白衣の裾を焦がし、傷を負いながらも微笑んでいた。
背後では、瓦礫の向こうに広がる紅と銀の光。
> 「……これが、彼らの最期の戦いだった。
> 科学者として、私は証人でありたかった。
> けれど今はただの“目撃者”として、言葉を残す。」
彼女の声は穏やかだった。
かつての冷徹な研究者の声音ではなく、静かに祈る人の声。
> 「アレクシス・ヴァレンタイン。
> あなたは誰よりも孤独で、誰よりも人間だった。
> リリス。
> あなたは誰よりも闇に近く、誰よりも光を求めた。」
セシリアは一瞬だけ目を閉じ、微笑んだ。
> 「彼らの誓い──“Noctis Blood Oath”──は終焉ではない。
> それは、夜に抗ったすべての者への希望の印。
> もしこの記録が未来の誰かに届くなら、
> どうか覚えていてほしい。
> 闇を越える力は、武器ではなく“絆”だということを。」
映像が静かに途切れる。
3. 時の流れ
それから、数十年。
夜闇抑止局は解体され、吸血鬼と人類の戦争は終結した。
太陽は完全ではないが、再び空を照らしている。
だが、時折その光の中に“紅と銀の残光”が差し込むと、人々はこう呼ぶ。
──“夜を越えたふたり”
誰も彼らの墓を知らない。
だが、旧カテドラル跡の地下には、今もなお青白く光る刃と、紅の結晶が並んで封印されている。
訪れる者は皆、思わず息を呑む。
まるで、彼らが今も寄り添っているかのように。
4. 最後の通信
その夜、再びひとつの信号が宇宙の闇へと送信された。
送信者不明。
だが、内容は短く、そして美しかった。
> 『──こちら、NCB局外記録端末。
> コード“紅と銀の誓約”。
> 夜明けは、確かに存在した。』
信号は光粒となって夜空を駆け、やがて星に紛れて消えていく。
夜は、もう恐怖ではない。
それは、彼らの生きた証を静かに包む場所となった。
5. 終の刻
風が吹く。
旧カテドラル跡の廃墟に、一本の白い花が咲いた。
その花弁は、紅と銀の光を宿して揺れている。
まるで、再び出会えた二人の魂が微笑んでいるかのように。
そして、どこからともなく、囁きが聞こえた。
> 「夜は終わった。
> だが、血盟は永遠に続く。」
空には、黎明。
世界はようやく、新しい一日を迎えていた。
終 ―『Noctis Blood Oath ―銀の刃と紅の影―』
“彼らの誓いは、闇を越えて光となる。”
終章補遺「黎明の余韻 ― After the Oath ―」
(記録・手紙・残響)
一、セシリア・ハーヴェイ博士の最終研究記録
ファイルコード:N-EX.LOG_013
時期:夜明け計画終結より9年後
研究対象:紅蓮因子(Lilith strain)の安定化に関する観察。
概要:
リリスの血因子は消滅していない。
大気中に拡散した微量の分子構造が、未だ反応を続けている。
人類の遺伝子に“夜への耐性”を残した形跡を確認。
考察:
彼女たちは死んでいない。
少なくとも、生物学的な意味では。
“存在”そのものが、世界に溶けた。
それが彼女の願いだったのか、
彼の誓いだったのか……私はまだ答えを出せない。
追記:
私は彼らを“殉教者”とは呼ばない。
彼らは、夜を愛した。
そして、その夜を人に返した。
― セシリア・ハーヴェイ
二、手紙 ―差出人不明/宛先:アレクシス・ヴァレンタイン
あなたがもし、この世界のどこかで生きているなら。
もう戦わなくてもいい。
太陽はまた昇るから。
けれど、もしあなたがまだ夜を歩いているなら――
その闇の先で、私を見つけて。
たとえ姿を変えても、
あなたが刃で、私が影である限り、
きっとまた出会える。
― リリス
(この手紙は、旧カテドラル跡の石碑の下から発見されたと記録されている)
三、NCB再興局覚書(国家資料庁記録より)
件名:夜闇抑止局再興計画(Noctis Renaissance Program)
目的:
吸血種および進化種による再感染リスクの監視・制御。
特記事項:
・創設理念は初代局員アレクシス・ヴァレンタインの行動理念を踏襲。
・初代オペレーション・シンボルを「銀紅の剣」と命名。
・標語:“The Night Remembers.”(夜は記憶する)
局章には、銀と紅の翼が描かれている。
四、セシリアの日誌断片(未送信データ)
……あの夜から九年。
私は夢を見る。
あの屋上で交わした約束の続きを。
彼らが見上げた空の、その先を。
そしていつも、夢の終わりに声がする。
「夜は終わらない。
でも、もう怖がらなくていい。」
私はそれを、“科学では証明できない真理”と呼ぶことにした。
― セシリア
五、都市伝説 “Noctisの誓い”
都市の外れに、古い鉄塔がある。
夜明け前、その頂上に二つの影が見えるという。
一つは銀の剣を持ち、もう一つは紅の光を纏う。
彼らは互いに頷き合い、やがて消える。
見た者は皆、翌朝には不思議と心の痛みが薄れているという。
それを人々はこう呼ぶ。
“Noctis Blood Oath(夜の誓い)の守人”。
六、終の記録(自動送信ログ:NCB黎明監視衛星)
受信信号:未登録個体
パターン:赤紫 × 青白
強度:安定
コメント:
解析不能。だが、これは……“生体共鳴”。
結論:
二つの光、依然として存在。
終信。
― Epilogue:黎明の余韻 完 ―
“夜を越えた者たちは、今も世界のどこかで光を見ている。”
夜は終わらない。
けれど、闇の中にも光はあった。
それは剣ではなく、
ただ一人を想う心の熱。
リリスが遺したもの。
ルシアが求めたもの。
そしてアレクシスが抱き続けた祈り。
「滅びても、まだ人であれ」
――銀の刃が再び抜かれる時、
世界はもう一度、夜明けを見る。




