7話 契約の口づけ ― 真実の封印 ―
第七話は「愛の契約」と「真実の封印」が交錯する章。
千年前の記憶と、今の仲間への想いが衝突する。
カイが“レオン”として覚醒することで、物語は過去と現在がひとつに繋がっていく。
しかし彼の選択は、また新たな悲劇を呼び起こす。
迷宮の第十二層――“黎明の間”。
光が崩れ、聖域が震えていた。
リリアとセレナがぶつかり合う魔力の衝突は、まるで嵐だった。
剣閃が空を裂き、聖なる水面が波打つ。
その中心で、俺はただ――動けなかった。
「やめろ、二人とも!」
「やめられるわけないでしょ!」リリアが叫ぶ。
「この女はあなたを奪おうとしてる!」
「違う! 私は……彼を守るために――!」
互いの声が悲鳴に変わる。
だが、二人の剣と魔法が交わる瞬間――。
「もういい」
聖域の中央、封印の繭が砕けた。
光が弾け、そこから現れたのは――“女神”だった。
金の髪が水面に流れ、裸足で立つその姿は、神聖でありながらどこか人間的な艶を帯びている。
「千年の封印……ようやく終わるのね」
その瞳が、まっすぐ俺を見た。
言葉ではなく、心の奥に直接響く声。
『カイ……いいえ、“レオン”。貴方は私と契約を交わした。覚えている?』
その名を聞いた瞬間、胸が焼けるように痛んだ。
忘れていた記憶が、一気に溢れ出す。
千年前――俺は、女神アリエルと契約を交わした“黎明の継承者”。
この迷宮を創った、最初の人間。
「……なんで、俺がそんな――」
言いかけた瞬間、アリエルが歩み寄り、俺の頬に指を触れた。
その指先から光が流れ込み、体中の血が沸き立つ。
「思い出して。貴方が私を封印した理由を」
視界が白に染まる。
過去の光景――
戦火の中、女神を守るために剣を振るう男。
だが、女神の愛が世界を狂わせた。
その力はあまりにも強く、世界が滅びかけた。
俺は彼女を封印した。
“愛”という名の呪いを止めるために。
「……アリエル、俺は……」
「封じたあなたを、私は恨まないわ」
女神は静かに微笑んだ。
そして――唇を重ねた。
その瞬間、全ての記憶が蘇る。
千年前の誓い、愛、そして裏切り。
この迷宮そのものが、二人の“契約の証”だった。
リリアとセレナが駆け寄る。
「やめて! カイ!」
だが、女神の光が二人を押し返す。
「貴方たちは選ばれなかった者たち。
この男は、世界を再び創る者――」
アリエルの声が響く。
リリアは泣きながら剣を振るい、セレナは魔力を放つ。
だが、どちらも女神には届かない。
「もう……嫌だ……!」
セレナの涙が光に溶ける。
その姿を見て、俺は気づいた。
このままでは、また同じことを繰り返す。
“愛する者を守るために、他を犠牲にする”――そんな過ちを。
「アリエル……俺はもう、同じ契約はしない」
俺は女神の腕を掴み、強く言い放つ。
「今度こそ、誰も失わない世界を選ぶ!」
アリエルの瞳が驚きに揺れた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「それが……貴方の答えなのね」
彼女はそっと俺の唇に、もう一度触れた。
だが今度は、熱ではなく――冷たい光。
「――ならば、この契約を封印する。私の愛ごと、貴方の記憶から」
女神の体が光に溶けていく。
世界が静かに崩れ始めた。
リリアが俺の名を呼び、セレナが手を伸ばす。
だが、俺の意識はもう薄れていた。
最後に聞こえたのは、女神の声。
『いつかまた、愛が呪いでなくなる時代に――』
光が消え、迷宮の扉が閉ざされた。
再び、長い眠りの中へ…
愛と呪いの狭間で、彼は「封印」を選んだ。
だが、女神が残した“欠片”はまだ迷宮の奥に眠っている。
リリアとセレナ、そしてカイ――三人の運命は再び交錯する。




