4話 女神の影 ― 永遠の誓い ―
人の心とは、果てのない迷宮のようなものだ。
愛し、憎み、許し、そしてまた迷い込む。
前回、悠真たちは千年前の封印を解き、
この世界の根源――女神アルメリアの名に辿り着いた。
けれどその真実は、救いではなく“再びの試練”だった。
彼らを待つのは、運命の輪廻。
愛する者を救えば、世界が滅ぶ。
世界を救えば、愛する者を失う。
リィナの剣が、何を断ち切るのか。
悠真の心が、何を守り抜くのか。
そして、彼らが見上げる空に“夜明け”は訪れるのか――?
光の奔流が収まったとき、俺たちは地上にいた。
けれどそこは、もはや“地上”と呼ぶにはあまりに異様だった。
空は裂け、太陽はひび割れ、光と闇が絡み合うように揺らめいていた。
リィナが剣を杖のように突き立て、膝をつく。
「……王は、消えたのよね?」
「封印は解かれた。けれど、それで何かが終わったわけじゃない」
セリアが風の流れを感じ取るように目を閉じた。
「むしろ、ここからが“本当の始まり”よ」
地の底から、どこか懐かしい旋律が響く。
女神の詩。
千年前、王国が滅ぶ直前に歌われた祈りの歌。
その歌声が、空から降りてきた。
柔らかな光が形を成し、白い衣の女が現れる。
その微笑は、まるで慈母のように優しい。
だが、瞳の奥には凍てつくような冷たさが宿っていた。
「ようやく、ここまで辿り着いたのね――我が“勇者”たち」
リィナが顔を上げた瞬間、身体が硬直する。
「……あなたは……まさか……!」
セリアが唇を噛み、低く呟いた。
「創世の女神アルメリア。
すべての命を創り、すべてを終わらせる存在。」
アルメリアは微笑んだ。
「千年前もそうしていたわ。
人が滅びるたび、私が彼らを救い、再び試練を与える。
この世界はそうして循環してきたの。」
「試練だと?」俺は声を荒げた。
「お前が何度も世界を滅ぼしてきたっていうのか!」
「違うわ、勇者よ。私は“救って”きたのよ。
滅びの中にしか、純粋な魂は生まれないから。」
光が一瞬で強くなり、俺たちの足元に“過去の幻影”が広がる。
燃え落ちる王都。
血に染まった聖堂。
そして――少女勇者が王を抱きしめ、泣いている姿。
アルメリアの声が、その情景の上から降る。
「彼女はあなたの前世。
王を殺し、自らの命を封印と引き換えにした勇者。
それが、あなたの魂の原型。
そして……王を愛した少女。」
リィナが震える声で言う。
「じゃあ……悠真が千年前の勇者なら……
私は……?」
女神の微笑が、さらに深くなる。
「あなたは、その“勇者を愛した者”の再誕。
ふたりは再び出会い、同じ選択を迫られる運命にある。
愛する者を救うか、世界を救うか――」
その瞬間、リィナの瞳から光が失われた。
剣を落とし、静かに地面を見つめる。
「そんな運命……もうたくさんよ」
「リィナ……」
俺が近づこうとしたとき、セリアが腕を伸ばして制した。
「待って。彼女の中に、別の力が動いてる」
光がリィナの身体を包み、まるで炎のように燃え上がる。
その中から、もうひとりの“声”が響いた。
――我は、かつて王を討った勇者。
――再び、運命の剣を振るう者。
「やめろっ、リィナ!」
「……ごめんね、悠真」
リィナの表情が一瞬だけ優しくなった。
けれど次の瞬間、その剣が俺の胸を貫いた。
世界が音を失う。
女神の笑みだけが、どこまでも静かに揺れていた。
「そう。それが“永遠の誓い”。
愛する者を殺すことで、世界は均衡を保つ。
それが、あなたたちの宿命。」
血の気が引いていく。
リィナの顔が、涙で歪む。
「嫌だ……こんなの、違う……!
私は……守りたかっただけなのに!」
女神の声が鋭く響いた。
「違わない。あなたたちはいつも同じ。
愛し、裏切り、殺し、そして再び出会う。
それが“命”という儚い奇跡なのよ」
その瞬間、フィリアが女神に矢を放った。
「そんな奇跡、いらないッ!」
光の矢は女神の額に突き刺さったが、
アルメリアはまるで何事もなかったように笑った。
「愚かね。でも、美しいわ。
あなたたちがいる限り、私は永遠に存在できる。」
セリアが杖を構え、詠唱を始めた。
ノワも影の刃を展開し、全員が一斉に動いた。
リィナは震える手で剣を握り直す。
「今度こそ……この輪廻を断ち切る!」
リィナの叫びと共に、俺の胸の中にあった光が再び輝いた。
心臓を貫いた剣が溶け、逆に光を放つ。
その光がリィナと繋がり、二人の魂が重なる。
《魂の同調率:100%》
俺とリィナの身体が、ひとつの光の軌跡となって女神へ突き進む。
「これが俺たちの答えだ!」
アルメリアが目を見開いた。
「まさか、融合するなんて……!」
リィナの声と俺の声が重なる。
「愛は、滅びの理由じゃない。
愛こそ、再生の力だ!」
剣が光を裂き、女神の胸を貫いた。
女神は静かに笑った。
「……やはり、あなたたちは……私の創った奇跡……」
そのまま、身体が崩れ、光の粉となって消えた。
静寂が訪れる。
リィナが俺の胸に手を当て、震える声で囁く。
「……ごめんね……殺してしまった時の感覚、まだ残ってるの……」
「いいさ。俺も、お前を信じられなかったことがある。
でも、今は分かる。俺たちは同じ痛みを背負ってる。」
リィナは涙を拭い、微笑んだ。
「なら……約束しよう。
次に生まれ変わっても、またあなたを見つけるって。」
「……ああ。約束だ。」
ふたりの手が触れた瞬間、
遠くの空に、新しい朝が訪れた。
崩れたはずの太陽が、再び光を取り戻す。
それはまるで、滅びの果てに咲いた花のようだった。
――だがその光の裏で、
女神の欠片が静かに大地の底へ沈んでいく。
微かな声が、地の奥から囁いた。
「まだ終わってはいない……永遠の輪は、再び廻る……」
女神との邂逅。
それは、彼らが「自分たちの物語」を終わらせるための儀式だった。
リィナが流した涙、悠真が流した血。
それは滅びでも絶望でもなく――確かな希望の証だった。
この章では、“愛と破壊”という矛盾が描かれた。
女神アルメリアはその象徴であり、
彼らが超えるべき“心の神”でもあったのだ。
けれど、物語はここで終わらない。
滅びの中に残された女神の欠片が、
再び世界を動かし始める。
次章、「第五話 再誕の刻 ― 女神の欠片 ―」では、
悠真とリィナが見た“新しい朝”の裏側で、
もう一つの魂が目覚める――。
彼らの戦いは、まだ終わっていない。
それは、永遠の輪の中で“愛”を問う物語の続き。
次の記事までお待ち下さい




